150 見捨てないよ
「なっ? どうしたの? 何があったの?」
ドッコイに乱暴に起こされたオレは、周囲が真っ赤な炎に包まれていることを知って、呆然とした。楽しいキャンプだったのに、どうしてこんなことになったの?
森からの炎がどんどんこちらに迫ってくる。空気が熱い。ソラとキールさんのシールドで何とか息も吸えているけれど、シールドの外にいるアイファ兄さんやジロウはとても苦しそうだ。
「キールさん! 一緒に魔法を」
言いかけた瞬間にきつい目で制された。
「馬鹿野郎! 魔法なんかでなんとかなる範囲じゃねぇ」
確かに。雨を降らせたって、この広範囲。ううん。雨なんて降らせられる筈がない。全力で水を降らせたって、火を消せるほどにはならない。
「コウタ! プルだ! みんな集まれ! 転移すっぞ」
アイファ兄さんがオレに抱き着いてきて、プルちゃんをカバンから取り出した。そうだ。転移なら逃げられる。 だけど……。
「兄さん、キャンディロップは? 森の魔物や動物たちは?」
「はぁ? 何言ってんだ。この緊急事態に! 連れてけれる訳ねえだろう? 俺達が逃げるんで必死だ! さぁ、プル! すまんが、お前だけが頼みだ」
兄さんは煤だらけになって俺達をひとまとめにすると、ぎゅっと肩を抱き寄せた。でも、ドッコイもジロウも大きい。さすがのプルちゃんも、うにょんうにょんと伸び縮み、包み切れずにシュンといつもの大きさになった。
「兄貴! 急いでくれよ。焼け死んじまう。 こんなスライム、火に弱い奴だ。頼るなんて無理ですよ。 せめで俺様だけでも、炎の届かない遠い場所まで飛ばしてください」
目を白黒させながら、涙を流して懇願するスカだけど、言ってることは最低だ。ニコルがぎゅっと身体を掴むと、ぎゃー-と雑巾が破れたような声を出してへなへなと気を失った。
「森は全部燃えちゃうの?」
ちかちかと赤く染まる炎に不安が募り、兄さんのコートを掴んだ。
「賊がいたんだよ。奴ら、仲間や俺らごと、燃やすつもりだ。この森は対して大きくない。森ごと焼き払うつもりだ。くそう!」
「リーダー! 決断だ! コウタだけでも転移させな。急げ! シールドが持たん」
キールさんの声が響いた。ニコルがオレにプルちゃんを押し付け、プルちゃんが困ったようにプルプル震えている。
駄目だ! オレ、一人で転移するなんて! だって、オレなら一人だけでも転移できる。プルちゃんの力は兄さんたちにこそ必要だ。だけど、だけど。森の仲間を見捨てることなんてできない。どうすればいい? どうしたらいい?
水、水、水があれば。森全体にいきわたるくらいたくさんの水。違う!水は無理なんだ。もし、上から水をかけたって、すごい熱で蒸しあがるだけ。だったら・・・。
「兄さん! 下だ! 下にもぐるよ。ソラ、もう少し、シールドをがんばって。 ニコル、お願い。一緒に手伝って!」
そういうとオレは地面に手をついて穴をあけ始めた。ドッコイが通れればみんなも通れる。最小限で言い。浅くても、熱くなければいいんだ。
ずずずずず
思った通り。地面はまだ熱くない。オレはニコルに方向を聞いて、ずんず、ずんずと穴を掘っていく。途中途中、水場や木の根の下に空気穴を開けて。動物が丸くなって困っていたら、ニコルのヘビが教えてくれる。オレはそこにも横穴を掘り上げて進んでいった。最後尾のドッコイが動物や小さな魔物たちを招き入れてくれるから一緒に避難。みんな一緒だよ。誰一人だって、一匹だって見捨てたりしない。
「あれ? わわわ………。わー-----」
突然、足場が崩れ、ぽっかりと開いた広場のような場所に出た。龍爺の洞窟みたいな場所だけれど、そんなに深いところではない。周囲の岩肌が薄ぼんやりと発光していて、真っ暗で怖かった地面の穴とは対照的な安心できる場所。ひんやりとした風を感じた。クンクンと鼻を鳴らしたジロウが、どこかから空気が入ってきているみたいと教えてくれた。
ああよかった。夢中で掘って、ひたすら前進。気がづくと魔力が切れそうになっていて、身体がとっても重い。オレは這いずって岩に背を預けた。空間魔法からチェーリッシュのかごを取り出して、1つ頬張る。甘い。美味しい。じゅわじゅわと果汁と一緒にふうと長く息を吐く。そんなオレを見て、ニコルが魔力回復薬を飲ませてくれた。あんまり美味しくないけれど、疲れた身体にしみわたるね。
動物や小さな魔物に混ざって、真っ黒にすすけた人や何か所も火傷をしている人たちも歩いてきた。その人たちは兄さんの前にひざまずくと、おいおいと泣き始めたんだ。
「悪かった。俺達は雑魚だ。アイツに騙されたんだ」
「実力がないのにAランクにのし上がった奴らだって。ちょっとだけ痛い目に合わせれば、楽な仕事を優遇してくれるって」
「なっ? 俺は……力を誇示して裏で不正な取引をしている賞金首だって聞いたんだ。まさか、英雄のご子息だったなんて知らなかった」
兄さんは冷ややかな威圧を込めた瞳で見下していたけれど、その人達とニコルを連れて来た道を戻っていってしまった。キールさんが首頭の情報を聞くためだって教えてくれたけれど、ジロウとドッコイがキュイキュイグルルと甘えて来たし、目を覚ましたスカがうるさく文句を言っていたから、何をしているか分からなかったんだ。
森はどうなってしまったんだろう。
不安なオレを察してか、周囲を囲んで眠っていく動物たち。いつの間にかオレもモフモフ達に包まれてぐっすりと眠ってしまった。