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149  煽る


 夜も更けたころ、ニコルを見張りに残し、俺達はテントの中で休んだ。普段は野営地に着くとすぐに休むのがニコルだ。索敵などで一番疲労するからだ。だが、今日はコウタをゆっくり寝かすために俺が先にテントに入ることにした。まぁ、寝ていても敵が来たら気配で起きる。それがAランクってものだが。


 疲れたのか、みじろぎもせずに俺の腕の中でぐっすりと眠るコウタ。規則的な寝息が、温かな体温が、守るべきものが手の中にある喜びを感じさせてくれる。話だけ聞いてりゃ、まさかこんな幼子だとは思わない思考の奴だが、無防備な寝顔はふにゃふにゃな身体そのままで、なんとも頼りない。


「リーダー、いいか?」

 声を潜めてニコルが入ってきた。交替の時間にはまだ早い。何かあったのかと顔を上げると、ううんと身じろぎをしたコウタの頬を一筋の涙がつたった。


「あっ……。起こすか?」

 気まずそうな瞳に、俺はそっと首を振る。

「同郷のクマのせいじゃねぇか? きっと山の夢でも見てるんだ。夢ん中でしか帰れねえなら、どんな夢だっていいじゃねぇか。起きたら……、そん時が俺らの出番だよ。話を聞きゃいいし、話したくなきゃ護りゃいい」

「そんなもんか?」

「ああ、そんなもんだ。 それより、何かあったか?」


 コウタを見つめた視線をそのままに、低い声を聴く。


「遠くだが……。選択肢は3つ。 動くのはたぶん明け方。そこまで待つのが1つ。奇襲をかけるのが1つ。」

「……めんどくせぇな。 盗賊か、賞金首かぁ? 残りは……? 」

 魔物なら、明け方まで待つなんてことはしない。だが、人となれば、殺害する場面をコウタに見せるわけにはいかない。盗賊ならどんな手段を使うかも分からない。やっかいだ。


(あお)って手を出させるのが1つ。 おそらく、相手はどっかの組織か冒険者崩れ。賞金はアタシ達さ」

「チッ、めんどくせぇ。 手練れは居そうか?」

「遠すぎて分からん。 でも、アタシ達を襲おうって奴だ。用意周到に策を練ってくるのは確かだね。 出方を探るなら煽りがいいけど、コウタがいるからさ。どうしたって感づくだろう?」


 俺はコウタをそっと置き、腹を上にしてグースカ寝入る青い鳥に目をやった。呑気な奴だ。だが、今は危険はないってことだな。

「キールは起きてっか?」

「ああ。焚火の傍で仮眠中だ。だけど、今日は大技を使ったから、まだ休ませたいんだけど」


「恐らく、クマ公が一緒にいるのは計算外だろう? 煽り一択だ。キールにはシールドを張らせる。俺とクマで迎え撃つから、煽ってくれ」

「わかった。だけど、あのクマ、手を貸してくれるのか?」


 馴染みの剣を握る手に力が入る。俺達の寝首を掻ききろうなんて輩だ。クマの手は、あってもなくても手加減不要。ランクを上げたとはいえ、俺は重傷を負ったあとで体調が十分でないとデマを流している。俺達を踏み台にしようって奴が、この絶好の機会を逃すはずはないと思っていたぜ。それに……。俺達に何かあろうって時には、ソラもクマ公も黙っちゃいない。残念ながら出来レースなんだよ。だったら、一刻も早い方がいい。


 自然に上がる口角に、ニコルが追従する。

「じゃぁ、どうやって煽る? アイファが(かわや)にでも行って、一人になるか?」

「採用! じゃぁ、見張りは交替だ。 半時後。 俺は腹をくだして一人、森に入るからな」


 ■■■■



「あーくそ痛てぇ。 酒も飲みすぎたし、ついてねえ」


 ニコルの「棒読みだ」とでもいう冷たい視線をかわし、俺はすでに2回ほどテントを離れている。今回は自慢の剣も置いてきたから、丸腰に見えるだろう。初動から一刻。ぼちぼちくらいついてきてもいい頃だ。


 静寂の中に小さく響いた枝音。瞬時に避けた俺は、敢えて地面にうつ伏せる。拘束しつつ拘束されたように見せかけるために。


「やったな。案外、簡単だった」

「シッ! 油断すんな。面倒なのは魔法使いだ」

「アイツは気配には疎い。だが従魔は面倒だ。薬が効くまでもう少し待て」


 先行部隊の奴らが嬉しそうにはしゃいでいる。本隊はどうやら広い草原を囲むようにジリジリと近づいているのだろう。かなりの人数だ。そして統率が取れている。頭はどんな奴だ? 全貌を把握する前に動いちまったが。だが、やはり薬を使うというのは、キールの読み通り。黙って拘束されるんは無理だったが、まぁ、こっちの作戦は順調だろう。ニヤル唇が土の香りを濃く含んだ。


 しんと静まり返る森。

 キールのシールドで薬は阻まれているだろう。だが、彼らはぐっすりと寝入るふりをして動かない。


「いつまで寝てる? おい、行くぞ。 !!! コイツ、相打ちか? 気を失ってるぜ」

 俺を移動させようと声をかけた奴が、小さくあざ笑う。間もなくザンっと彼らを一蹴し、地に沈めた。気取られたか? ならば手を出してくるだろう。


 胸の収納袋に片手を突っ込み、出方をさぐる。ひゅんと飛び出した矢をジロウが蹴り落とし、薬と共に風魔法で空気を吹き飛ばす。


 ざわわわわわわわ    ぼっ!


 同心円に広がる風波。ニコルもドッコイも臨戦態勢に入った。さぁ、どっからでも来い! だが、事態は想定外の方に動いた。


「おい、火の手だ!」

「ばかな? 俺達がいるんだぞ?」

「く、くそう! 裏切りやがったか」


 森の奥から火柱が吹きあがったのだ。ジロウが巻き起こした突風が瞬時に火の手を大きく煽る。草原を中心に広がる炎は、周囲に隠れていた野盗らをあぶり出した。

 火の回りの速さから、いくつもの仕掛けがあり、初めは魔法を使ったかもしれないが、今はただ自然の力でただ燃え広がっている。熱せられた空気が、逃げ場を探すかのようにこちらに向かってくるのが分かる。まずい! このままじゃ、全員焼け死ぬ!


 白銀のクマがテントをなぎ倒し、コウタを連れ出した。呆然とする表情。だが、どうやって逃げる? 考える間もなく、自棄になった野盗らが俺を襲った。明らかな雑魚。対峙するなんざ問題じゃない奴らだが、構ってられっかよ。

 収納から取り出した剣で、ざんざと首を刎ねながらテントに急いだ。


 考えろ! 脱出の術を!


 





 

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