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148  留守の家


 モルケル村の領主館。


 ディック達が出立して間もなく、使用人たちに休暇を申請された執事は、深くため息をついた。王都までは通常十日。領主は数年ぶりの王都であるから、早く見積もっても一ヶ月は滞在するだろう。当面は主なき館である。

 使用人達に、この際だから休暇をとって羽根を伸ばしたり、故郷に帰省したりするのもよいであろうと声をかけた。その結果、ほとんどのメイドたちが休暇を申請したのである。

「「「「 最新の流行を学んでまいります~ 」」」」


 どこに行こうというのか? まあ、休暇なのだから良いかと許可を出せば、メイド頭のメリルが涙を流して悔しそうにしていた。


 ふぅ。何かとやりにくい。


 行先は分かっている。メイドたちは仕事を辞めた訳ではないのだから、運営に支障はない。それどころか、ただ飯を与える輩が減って、経費が削減される。いいことではないか。メリルの視線さえ我慢すれば。


「セガ様。私も休暇を・・・」

「あなたまで行ってどうするのですか? さすがにこれ以上、人の手が減ったのでは、領地運営や私兵団の生活に支障が出てきます。行くのでしたら、イチマツを呼び寄せなさい」

「そ、そんな~」


■■■■■■■■


「これで全員か?」


 コウタが『砦の有志』と出掛けたことを確認した主人は、館の者をホールに集めた。普段は交替で仕事をする使用人も全て集められた。

 執事であるタイトは、使用人たちを勤務歴や繋がりや身分など、事前に決めた順番に並べ替え、仕事ごとにグループを作った。そして、グループごとに応接室に呼び寄せた。


 不安がる使用人たち。王都の館は長く主人が来ることはなかった。また、冬には婦人であるサーシャと子息のクライスは村に帰るため、残されるのは最低限の使用人である。裕福な貴族出身のメイドなどは帰省するが、それはほんの一握りで、残りの使用人は冬の間、別の働き口を探して過ごすことがほとんどである。

 そのため、今、館で働く者たちの多くは、(あるじ)達の帰還に合わせて復帰した者や急遽雇われた者たちである。


 主であるディックは奇妙な感覚に囚われていた。数年ぶりの王都である。尾ひれがついた噂も想定内。多少のトラブルがあることは承知の上のはずだったが、予定していた手続きや業務が思うように進まない。それどころか、館のそこかしこで、コウタが行く先々で不穏な動きや予想外の問題が勃発しているからであった。


「ご家族の安全が最優先です。見知った顔がいなくなればコウタ様が悲しまれるでしょうが、対応は早いに越したことがありません」

「ああ、分かっている。面倒なコウタがいない間に、さっさと片づけちまおうぜ」


 主と執事が珍しく意見をすり合わせ、使用人との面談が行われているのだった。


 応接室に入ったメイドの集団は、おいおいと泣きながら出てきた。サーシャは優しくなだめながら、丁寧に礼を尽くす。この者たちは本日付で解雇する者だ。十分な給金と新たな働き口を準備したので路頭に迷うことはないだろう。泣くほどに親しんでくれていたのかと、サーシャは自身も涙を拭くが、その瞳は油断なく鋭かった。


 次に庭師や小間使いの使用人。

 出入り業者と交渉する者などが解雇された。ギガイルの店の若旦那に好き勝手に振舞わせたこと、先日、レイリッチとコウタを会わせないように(ことづ)けたのに、裏扉を開けてレイリッチを招き入れたことなどが理由になった。不思議なことにその日は古くから館に仕えるものがいなかったのだ。何かがおかしい。こちらもより好待遇な仕事を紹介したために、ほくそ笑んで館を去るものが多かった。


 料理人にも不穏な動きをする者がいた。コウタが好んだサンドイッチがあっという間に屋台で広まったのだ。ただ具材を挟んだだけの食べ物だ。すでに開発されていてもおかしくはないが、このタイミングで「英雄が食べた食事」と銘打って売り出されたのだ。誰かがレシピを売ったのは明白である。新たに雇われた者の中から数人を残して、その多くを懇意の館や騎士団などに出向させた。


 通常、貴族の使用人には守秘義務が生じる。

 貴族は立場や派閥で腹の探り合いをしながら生きている。家には家の守るべき誇りがあり、それをわきまえるのが使用人の務めである。秘密が漏れるような家と誰が付き合おうというのか? 上位貴族ほど、情報の管理を徹底している。だが、今回の事態は、「英雄の家」=「エンデアベルト家」の情報が売られたということである。では誰が売ったのか?

 慎重な尋問とタイトの絶妙な駆け引きで、疑わしき者たちをできるかぎり穏便に手放すことにした。厨房はコウタを慕うものが多くいて特に難儀をした。



「ディック様。後は古くからこの館に仕える者と、忠誠心の高い者ばかりになりました。使用人が随分減ってしまいましたので、ご自身のことはご自身でやっていただく必要がありますが、致し方ありませんね」

 そういうと、タイトはいくつもの書類の束をディックに持たせて、執務室に押し込めた。イチマツ、ミルカをはじめ、残った数人の使用人達から笑い声が聞こえる。


 その矢先だった。裏戸口からイチマツに会いたいと訪ねて来た者が数名。こんな日にと、警戒をしてメイドの支度部屋に通した。


「「イチマツ様~、お久しぶりです~」」

 見知ったメイドが数人。

「「初めまして~。 モルケル村の領主館で働いておりました」」

 エンデアベルト家の紋章を見せて、笑顔を絶やさない女性。


「「「「 私たち、しばらくこちらで働きたいのです~ 」」」」


 目を丸くするイチマツ。どうやら、コウタ成分が足りなくなったと追いかけて来たようだ。


「セガ様が休暇をとってよいとおっしゃってくれて~」

「でも~、王都っていろいろ高いじゃないですか~。つつがなく滞在するためには~働きたくて~」

「どうせだったら、慣れた仕事がよいではないですか~」

「そうそう。慣れた主人(コウタ様限定)がいいではないですか~」

「ほら、見てください! この肌荒れ! コウタ様が頬ずりしてくだされば一発で治るんですよ~」

「私、心配で心配で。食事も喉に通らなくなってしまったわ~」

「何言ってるの? さっきサンドイッチとやらを食べていたじゃない」



 こめかみを押えたタイトとイチマツは、呆れつつも信頼できるスタッフが増えたことに安堵し、コウタがどんな顔をするのかと頬を緩ませて考えるのだった。

 張り詰めていた糸が、ほんの少し緩み、柔らかな風がキラと館を吹き抜けたのだった。




「「「 やっほー? あれれー? どこにいるの? 」」」









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