146 ドッコイと
見たこともない生き物。
その見た目から動物か魔物だろう。人語を操るのだから、賢く高位であることは確からしいが、威厳は全く感じられない。
大人の手の平に乗るサイズ。
くちばしと水掻きのついた足は黄色で、丸い甲羅は翡翠色。亀かと問えば、甲羅以外片鱗もなく、アヒルかと問えば白い腹に小さな黒い羽根で似ても似つかない。寸胴短足。不恰好なくせにくちばしと大きな瞳が妙に愛嬌を漂わせる。そんな生き物だ。(簡単に言えば甲羅を背負ったペンギンであるが……、誰も見たことがないため彼らにはこんなふうに映っている)
「けっ! やっと俺様に気づきやがったな? この唐変木! 俺様はな、わわわわわわっ!」
その不思議な生き物が言いかけたところで、ニコルの猛禽がくちばしでスッと背中を釣り上げてしまった。残念、もっとよく見たかったのに。
「わわわー-! すみません、すみません。猛禽のお兄さん、その美しき翼で私目をどうか、地上に下ろしてくださいませ。生意気な口をききまして申し訳ございません」
器用だね。釣り上げられながら揉み手で猛禽に媚びを売っている。ニコルが叫んだ。
「おーい、そいつメスだぞ?」
「そうでございましたか。いやー、お姉さま、美しき瞳で。そのお手入れの行き届いた美しき翼に見惚れて間違えてしまいまして。相、すみません。ああ、なんという美しさ・・・」
ギロリ。鋭い視線を寄越した猛禽が、ニコルに向かって滑空してきた。
「悪いって! オス、オスだ! その・・・トリ! アンタはかっこいいよ! すごい奴だ! 頼りにしてんだから! 」
「えっ?! どっちなんだよ? てめぇー、俺様を怒らせると・・・・! いえいえ、あなた様はご立派でございますから、どうぞ安全に、一刻も早く私を下ろし、・・・いやー-! やめてー---! ぎゃぁあああああああ」
逃げるニコルに、猛スピードで追う猛禽。よほど気に入らないのだろう。上下左右宙返りと、速度を落とさずにあらぬ方向からもニコルを襲う。そして・・・、媚びへつらいながら毒舌を吐いた後、泣き叫んでいる変な生き物。オレ達はあっけにとられて佇んでいた。
「ねぇ、ドッコイ。あれ・・・なに・・・?」
クウンと小さく鳴いたドッコイは大きな手を器用につぶして己を指したかと思うと、上に挙げ、こちらも右に左に腕を動かし、ごろんと転がり、身振り手振りで説明をしてくれた。
「えっと、ドッコイが戦いで守っていたところに飛んできて? 違うの? えっと、転がってきて? 首のふかふかの毛に巻き付いて隠れてたの? 一人?(一匹)にすると、ピーピー泣いてうるさかったから、仕方なく一緒にいた?」
ドッコイはソラやジロウと違って、人語は話さない。だけどオレとおそろいの漆黒の瞳と柔軟で表現力豊かな肢体で気持ちを伝えてくれるんだ。友達だから分かり合えてるって気がするよ。
ストンとドッコイの手に落とされた生き物はぐるぐると目を回していたから、オレは元気がでるようにじわわと回復の魔力を送った。すると奴はくらくらと身体を起こし、ソラが落としたチェーリッシュの実を頭にかぶり、じゅるる滴った汁をすすった。
「ひぃー、くっそ! ひどい目にあったぜ」
相変わらずの口の悪さにドッコイが大きな舌で、ベロンとたしなめた。生き物は美味しそうに実を頬張ると、その種をオレに向かって投げつけてからペチと肉球の上に座り込んだ。
「俺様はスカイルミナス・タマタマジェスティックだ! これでも女神さまの遣いさ」
小さな生き物の上方で、ドッコイが首を横に振っている。うん、きっと嘘だね。
「俺様は臆病なコイツを守りながら世界の行く末を見守ってきたのさ! お前たち、ここで会ったのは運がいいぞ! 俺を敬え! 俺に傅け! 王のもとに俺を連れて行くのだ―ー」
ピシリ、指差しポーズを決めた奴の姿に、ドッコイは、がっくし肩を落とすと、とても残念そうにふうとため息をついて座り込んだ。その姿を見て、アイファ兄さんが奴の甲羅を掴んで鼻先でふうと息を吹きかけたんだ。
「お前、やけに偉そうだな? 何が世界の行く末だ? 何でテメエを敬う必要がある? お前、弱っちいだろう。俺の強さが分からねえほどに」
語気に威圧を込めた兄さんにつままれたスカ・・・・は、ブルブル震えだして、再び揉み手で兄さんを褒めたたえ始めた。
「いやぁ、こんなところに世界の救世主様がいらっしゃったとは! お目にかかれて光栄に存じます。 敬うのは私目でございます。 貴殿の強さは、はい、存じております。もう、全力をもって敬わさせていただきます。 よっ、世界の強者! 最強! かっちょいい! 素敵! 男前」
ピン!
「いやぁああああああああああああ」
兄さんが指ではじくと、奴は空の彼方に飛ばされた。けれど・・・、プルちゃんの機転でオレの足元にシュンと転移させられた。だけど、うん。腰が抜けているね。
「あの、スカ? ・・・タマ? 君? 大丈夫?」
そっと声を掛けたら、白い顔を真っ赤に染めて怒ってきた。
「スカ? タマ? てめえに軽々しく呼ばれる筋合いはねえよ! このスットコドッコイ! 大丈夫なわけねえだろう? さっさとさっきみてぇに回復させろや!」
「ああん? 俺の弟だぞ? 口を慎め」
兄さんがひと睨みすれば、生き物は冷や汗をかきながら、態度を一変する。
「いやぁ、アニキの弟様でいらっしゃいますか? どおりで利発そうで! スカで結構! タマで結構でございます! いやぁ、ほら、愛称で呼んでいただくほど、俺達、打ち解けたんで。 俺、決めました! 強い兄貴にどこまでもついていきます」
「えっ? ついて、くるの?」
びっくりして思わず聞き返したのはオレ。
その瞬間、ふわり大きな魔法陣が周りに浮かぶと、カチリ、機械的な乾いた音が聞こえた。えっ? オレ、何もしてないけれど・・・。
「はぁ? テメェ、何で勝手に契約してんだよう」
ペチペチ、痛くもないキックが飛んできたけれど、オレだって分かんない。
オレも、スカも、兄さんもニコルもキールさんも、もちろんソラもドッコイも、みんなでがっくし肩を落としたのは言うまでもない。プルちゃんだけがぴょんと飛び上がって、きらり傾いたお日様を浴びて光ったんだ。