143 金のプレート
「じゃじゃーん! どうだ、かっこいいだろう?」
首元から金のプレートを覗かせたアイファ兄さん。つやを消した品のあるプレートには『 RANK A 』と刻まれていた。
「わぁ! すごい! Aランクになったの? おめでとう、兄さん! かっこいいよ! すごいよ」
レイと別れて数日。すっかりしぼんだオレを元気づけようと、今日はアイファ兄さんが冒険者ギルドに連れてきてくれたんだ。
王都のギルドはランドよりずっと大きくて、歴史がある。掲示板も大きくて、昼だと言うのにたくさんの依頼が残っている。
「コウタ、どれがいい?」
兄さんの肩に乗せて貰ったオレは幾つもの依頼を見せて貰った。薬草取りに郵便配達。鉱石探しに魔獣の素材取り。どれも魅力的。だけど昼に残っている依頼は常設のものか割に合わないもの、受け手がない難しいものが多いんだって。
あった! あったよ! キャンディロップ。 レイが教えてくれた魔物だ。でも依頼は飴でなくて生け取り。幻の魔獣の研究なんだって。「想像図」としてウサギみたいなネコみたいな姿が描かれている。(ラビと似てるな〜)
「ああん? なんだ? あぁ、キャンディってとこに惹かれたか? だが、これは無理だ。 キャンディロップは弱っちい魔物だ。強い俺らには近づいてこねぇよ」
「魔物って人の強さが分かるの?」
「ああ、あったり前だ。相手も死活問題だぞ? 餌を食う為に自分が捕まるわけにはいかねぇだろう? 弱い魔物こそ気配を探るぞ」
「ねぇ? どうして研究する魔物がキャンディロップなの?」
「珍しいし、この辺りにいるって噂だからさ。たまーに市場に出るんだよ。奴の飴玉。奴の飴玉は僅かな酸味があって美味いんだ。だが、掴んだ飴は残るが、地面に落ちると不思議と消えちまうらしい。幻だって言われっが、ちゃんと居るのさ。でもな、臆病で慎重な奴だから冒険者の前には出てこねぇからな〜」
残念そうに天を仰ぐ兄さん。オレなら出てくる? でも……、レイに秘密だって言われたし。
少し迷ったけれど、オレは赤い果実採取の依頼を受けてもらうことにした。小さくて赤いチェーリッシュの実の採取。傷がつかないようにそっと収穫して欲しいって書いてある。
下から二番目のEランクの依頼だ。この時期は常設されていて、依頼料が安いから、みんな依頼を受けないんだって。採取には森に入ることになるし、運搬で傷んでしまうし、割に合わないから。でも、今日はオレと一緒のお遊びみたいなもんだから受けてくれたよ。兄さん達みたいな高ランクの人の申し出にびっくりした受付のお姉さんが、オレの姿を見てにっこり笑っていいよって言ってくれた。
門の前で待っっていた乗り合い馬車に乗って森まで行く。一頭引きの荷車みたいな馬車で、すごい振動だ。ずっと頭が揺さぶられているし、お尻は痛い。コロコロと馬車の中を転がされた気分。他のお客さん達はよく平気だなぁ。うちの馬車と全然違ってびっくりしたよ!
森の入り口で下ろしてもらったら、しばらく歩いて行く。
兄さん達は低ランクの冒険者が採取し辛い所まで行くんだって。流石だね。
オレはジロウに乗せて貰ってついて行く。道具屋で買った肩掛けカバンに入れたプルちゃんは、驚いて転移しちゃうと困るからって、ニコルが持ってくれたよ。
森の浅いところは冒険者達が入るからか馬車のわだちや草道ができているけれど、徐々に木々の間につくられた獣道に入って行く。大木の葉が茂って森が暗くなり始めると、ソラはオレの肩に留まってついてきてくれていた。
先頭を行くニコルが道案内だ。ジロウもすんすん鼻を鳴らして頷いている。ふふふ。とってもいいコンビだね。チェーリッシュの実はソラも大好きだから、チチピピルルルって鼻歌が混ざる。
「いやあーよ? 俺、結構、お前と出歩いてる気がするが……?」
首を傾げるアイファ兄さんに笑いを抑えきれないキールさん。オレだって、こんなことは初めてだよ。
『ピピ、そうかしら?』
ソラの突っ込みに心が痛い。
パラララ、パラパラ。
茂みから飛び出してオレの手に入ってきたのはキャンディ。一粒が小さくて、オレの指の関節くらいの大きさだ。兄さんが瞬時にコートを広げてくれたから十数粒は掴まえられた。うふふ。甘くて酸っぱくて。レイの味。
ポトリ、ポトトト。ポトン、ポトン。
木の上から降ってくるのは薄緑色の小さな木林檎。拳くらいの大きさで芳香な匂いを放つ完熟の山蜜柑。濃い紫の山ベリーは額に当たってちょっと潰れた。
幻獣達がオレの姿を追ってついてきて、時々木の実や果物を落としてくれる。オレは手に入れた物を瞬時に空間収納に入れる。だって次から次へと落ちてくるし、兄さん達が受け取った物も手渡されるしで大忙し。
「おい、ニコル。あっちじゃねぇ?」
不意に兄さんが足を止める。何処かにあてでもあるのだろうか? ニコルはピイと指笛を鳴らして猛禽を呼び寄せた。
「大丈夫、こっちでいい。なんか、荒らされた跡があったから迂回して進んでるんだ。どうも最近だね。ちょっと大型の魔獣同士でやり合った感じ」
猛禽に木の実を与えて再び空に放ったニコルが、不味そうな顔をした。
「こん辺りには大型なんて居ねぇんじゃなかったか?」
兄さんが腕組みをしている。こんな時は話しかけちゃ駄目なんだ。
太い木の幹を確かめ、足元の落ち葉をザッと蹴り上げた兄さんは、オレと目を合わせるとくしゅくしゅと髪を撫で回した。それからジロウの尻をちょっと前に押して急ぐように促す。
「大事にはならんと思うがーーーーコイツが居っから何が起こるか分からん。急ぐぞ」
コイツ? それってオレのこと?
撫でられた頭に手をやると、ニコルもキールさんも笑いを堪えて頷いている。 ひどい! それってオレが何かやらかすってこと?
ピピピ、ご機嫌なソラの歌声に励まされていると、突然森が開けてポッカリと丸い草原に出た。草丈はオレの膝下で、さわさわと黄緑の風を起こすように揺れている。凄い! 気持ちがいい! 街道の休憩所のように開けたそこは、鬱蒼とした葉を茂らせた深い森の奥とは思えないほど。そう、まるで緑の湖みたいな場所だ。
「ちょっとは人の手が入ってくれたか?」
「どうだろう? くくく。 キールの魔法の威力のおかげだな」
兄さんとキールさんの意味深な言葉にキョトンと首を傾げれば、プルちゃんを渡し受けた時に、ニコルがこっそり教えてくれた。
数年前、やっぱりチェーリッシュの実を探しにきた時に、兄さん達が内輪揉めの喧嘩をしたんだそう。兄さんの剣技とキールさんの魔法で一面が焦土と化した跡だそうだ。あの時は、チェーリッシュの実が不作の年で、王宮の料理人さんの護衛で森の奥まで来たんだって。
ほら、オレより兄さんの方がやらかしている!随分経っているみたいなのに、まだこんな低い草しか茂らないくらいに地面をえぐったんだね。オレは兄さんとキールさんの胸元から覗く金のプレートに繋がる鎖を見て、クスリと笑った。