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013 春まで


 コウタが保護されてから10日程たったであろうか。思案げに1組の夫婦が館を訪れた。保護された子どもに会いたいと。村一番の農場で下働きをしている夫婦だ。いつも仲睦まじく真面目な二人だが、そういえば結婚してから暫く経つ。確かあいつらは子宝に恵まれていない。


 従来、孤児は教会の孤児院に預けられる。この村には孤児院がないから隣町に連れて行くことになる。その前に子どもを引き取りたいという話なのだろう。俺はメイドにコウタを近づけるなよと念を押し、応接室で夫婦を迎えた。


 あいつは駄目だ。見目が良すぎる。外に出れば目立ち、すぐに攫われて売られるだろう。しかも訳の分からん魔法まで使う。この夫婦では到底守りきれない。それどころか危険に晒すことになる。


 俺は一言一言、慎重に言葉を選んで夫婦を諭す。冷静に、胸の内を晒さないように。説得は苦手だが、折れる訳にはいかない。夫婦は瞳に浮かぶ光を強くさせながら、震えを帯びた声を淡々と響かせる。真剣さと固い意志が伺える。


 夫婦と話せば話すほど、あいつを手放したくない気持ちが募る。理屈じゃない私念の我儘だ。その卑怯さが腹立たしいが、どうしてもどうしても譲れねぇ。


 だが夫婦も相当な覚悟で来ている。一歩も引かない。俺は自分の身勝手さも相まって、苛立ちが爆発しそうになっていた。


 その時、キィと小さく扉が開いた。


 一瞬のメイドの隙をついた奴が、押し戻すセガの手を足を振り切って入ってきた。


 まずい!会わせるのはまずい。あいつを一目見てしまったら、夫婦は諦められなくなる!


 狼狽える大人達を気にする風もなく、見目麗しい幼子は夫婦と向かい合おうと俺の膝に飛び乗った。


「こんにちは。ちょっとお行儀悪くてごめんなさい。」


 コウタは俺の膝の上で背筋を伸ばして座り直すと、さほど若くもない夫婦にペコリと頭を下げた。そして俺の顎を押し除けるようにして仰ぎ見ると、小さな口を尖らせて不満気に話し始めた。


「オレの話をしてるんでしょう。それなのにオレを呼ばないって酷いよ。大人ってずるいって思っちゃうよ。こう言うのって……、しん、よう?うーん、しんら、い?って言うんだっけ。」


 己の発する言葉にいちいち首を傾げ、ちんまい指で頬を押さえる可愛い仕草に、深刻な雰囲気が一掃される。


「おま、お前。いいから戻れ!」


 一刻も早くこの場から離したい俺の気を知ってか知らずか、コウタはクスクスと笑って俺の膝から飛び降りると、呆気に取られている婦人の前に回り込んだ。


「おばさん?お姉さん?」

そう呼びかけて、婦人の膝に向き合うように身体を預ける。そして小さな小鳥を包んでいた時と同じように両の手でそっと婦人の手を握った。


「オレ、母様達がお仕事で居ないときね、色んな人に預かって貰ったの。何処でもたくさん可愛がって貰ってね。だから……。お姉さんの家でも仲良くやれると思うんだ」


 夫婦は目を見開き、喜びの表情になると、見上げる漆黒の瞳を食い入るように見つめている。ついでコウタは無骨な若者の膝によじよじと登り座ると男の手を自分の頭の上に置かせた。


「オレ、三歳だからこんな、ちっちゃいでしょう?一人で何でもやれると思うんだけど、でも、やっぱりお世話がいるじゃない……。ねっ?」


 誰に同意を求めている?お前、何が言いたい?そいつらのところに行こうとでも?グッと握った拳にジワリと汗を感じる。


 男の膝の上で、近くなった女の顔を覗いてニパッと笑うコウタに、俺の喉はカラカラに渇いてゴクリと唾を飲む。

 すると奴は急に眉を寄せて俯き、言いにくそうに話を続けた。


「だからね、オレと赤ちゃんと急に二人の世話をするって……、大変だと思うんだ。オレ、たくさん手伝うけど……。赤ちゃんだって、本当のお兄ちゃんじゃないのに、お母さんとお父さんを取られちゃったら嫌でしょう?」


「赤ちゃん……?それは何のことです?」


 夫婦と俺は混乱する。赤ちゃんといえば、この場合どっちかと言うとお前だぞ?子どもがいないから欲しいって話なんだが……。


男の膝からぴょんと飛び降りたコウタは婦人にぎゅっと抱きつくと、婦人の腹の辺りにそっと手を添える。


「赤ちゃん、ここにいるよ!うん、いるって言ってる。ねっ、ソラ!」

「ピピ!」


 気がつくとコウタの肩に青い小鳥が止まっていた。信じられないという表情で夫婦は顔を見合わせる。


「お姉さん、いつも無理するでしょう?身体は丈夫でもお姉さんのお腹って赤ちゃんが掴まりにくいみたいなの。赤ちゃん、なるべく動かないでって言ってるよ。えっとね、うーん、ずっとずっと、ずっと前?ほら仔牛にドンってなった時、あの時からだよ、赤ちゃんが掴まりにくくなったの。だから、お姉さん、春までね、動いちゃ駄目だよ。」


コウタとソラは、短い腕と小さな翼を仕切りに動かして、どこかで聞いてきたかの様に話した。


仔牛……。女は思い出す。

 あれは結婚前の出来事だ。新しく生まれた仔牛に不用意に近づき、後ろ足で蹴られた。飛ばされた場所が悪くて大怪我だった。けれどその時、この人が献身的に看病をしてくれて……。その縁で私達は結婚した。あの時の怪我……。なぜその事を知っているの?

では……、本当に、赤ちゃんがい……る……?


 呆然とする夫婦は、ゆっくりと手をとった。信じられない。だが、何故だか信じてしまう、そんな表情だった。


 夫婦はしばらく小さな光を宿した瞳をじっと合わせたまま動くことができなかった。


 俺の手の中に戻ってきたコウタがちょっと恥ずかしそうに膝に抱きつく。


「それにね、オレ、まだちゃんとディック様に甘えてないから。まだ甘える準備してるとこだから……。ごめんね。お手伝いには行くけど、その……、子どもにはなってあげられないの!」


 パァと破顔した幼子が俺の膝に顔を突っ込んでキャッキャと声を出した。


 俺は天井を見上げて両手で顔を覆うと、ゆっくりと息を吐きながら顔を取り繕う。

 この野郎!覚えていやがれ。



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