139 子ども
「ねぇ、今日、レイは来る?」
朝食の席でイチマツさんに尋ねると、老女は残念そうに首を振った。
「坊ちゃんの石は届けましたけど、おそらくもう此処には来ませんよ」
「えぇ? どうして?!」
「前にも言いましたが坊ちゃんとレイは違いすぎます。合いません。もうお忘れなさい」
イチマツさんの言葉に一緒に頷くサーシャ様。オレの心はギュッと重く搾り取られた様だった。
今日はオレにお客様が来る。魔法の先生だ。魔力操作を中心に教えて貰うんだって。お客様は嬉しいけれど、魔力操作は苦手だ。楽しくできるといいな。
裏庭で遊びながら先生を待っていると、きょろきょろと周囲を見回しながら少年が歩いてきた。レイだ! オレは嬉しくなって駆けて行ったんだ。
「レイ! レイ! きてくれたの? よかった」
嬉しいオレとは反対にレイの表情は硬い。どうしたのかな?
レイはシイと指を立てて唇を押さえると、大きな木の裏に隠れてポケットから石を取り出した。
「これ……。お前んだろう?」
「うん。オレがあげたやつ。もうレイのだよ」
にこにこと笑って答える。レイは浮かない顔をして、小さな声で言った。
「普通の石を磨くんだっけ? 俺でもできるのか?」
「うん。きっと。でも此処にはその石があまりないんだ。いろんな石がある場所がわかればそこに行こうよ」
レイはこくんと頷いたけれど、何だか様子がおかしい。どうしたか聞こうとした瞬間、すくと立ち上がってオレを見た。
「売っていいか? 今度、探して返すから。姉さんの薬が欲しいんだ」
オレは驚いてレイの目を見つめる。ゆると潤む瞳にこくんと頷いた。
「兄さんの知り合いのお店で銀貨六枚になったよ。でも普通のお店だと銀貨二枚だって」
「銀貨……」
「悪りぃな」
そう言って駆け出したレイの背中をオレは心細く見送った。どうか、どうかレイのお姉さんが元気になりますように。そう強く願った。
「暗闇と心を照らす、光の粒よ。我を助けよ。世界を導け。焼ける炎より灯火の力を我に宿し給え。エレクトラ・ライト」
ぽわんと指先を光らせた黒服の女は、得意げに微笑んだ。
「魔力が多ければ、杖や指輪などがなくても、ほら、こんなに上手に光を出すことができるのです。凄いでしょう? 誰でもできることではございませんのよ。おほほほほ」
イチマツさん程に年老いた先生は、王城から派遣された人だ。オレは魔力が多く素質があると判断されたみたいで、調査というか、指導というか……。魔力のないエンデアベルト家ではオレに魔法教育は難しいだろうということだ。
こんなの必要?
オレの魔法は詠唱がなくても発動するもので、自分の意思とは関係なくできてしまうから困っている。杖も指輪もいらなくて。ついでに魔法陣とか魔素の効果だとか粗方は本で読んで知識として知っているわけで。
自慢げな先生には申し訳ないけれど、退屈だ。先生の技がどんなに凄いかなんて分からないし、「普通のお子様で」と注文もつけられている。ブラブラと足を揺らして窓を眺めていると、再び裏手に人影が見えた。
「では、ちょっとだけ坊やもやってみましょう」
小さな杖を差し出した。
レイ、来てくれたんだ。でも、何かおかしい。こちらの様子を探っているみたい。一体どうしたの?
オレは異変を感じて一刻も早く飛び出したかった。
「イルミネーション」
ごめんなさい。
ディック様。オレ、普通のお子様には慣れないみたい。チカチカと部屋中にカラフルな灯りを灯して駆け出した。
先生は杖を差し出したまま固まってしまったけれどちょうどいい。しばらくそのままでいてね! 機転を効かせた扉達がふわり金の魔力を纏って、バタンと部屋に閉じ込めてくれた。きっと声も聞こえない。ごめんなさい。
ふうはあと息を切らしてレイの元に走る。木の根にうずくまるレイを見つけて肩にってをかけると、振り向いたレイの頬が真っ黒に腫れ上がっていた。
「レ、レイ。どうしたの? その顔」
固く口を閉ざして目を合わせないレイを、オレは渾身の力で揺さぶった。
「黙ってちゃ、分かんない! 誰が、誰がこんな酷いこと……!」
泣いちゃだめだ。オレが泣いたらレイが話せなくなる。だけど、酷い。許せない。ズズズと垂れ流れる鼻水に涙。くしゃくしゃになったオレの足元につるんと滑らかな石が転がった。
「どこで盗んだって……。俺みたいな子どもがこんな宝石みたいな石を手にするなんて……盗む以外にどうやって……」
悔しそうに振り絞られた言葉。
「そんな……。オレ、オレのせい……? オレはよくって、レイはだめ? そういうこと?」
握った肩の手が乱暴に振り払われて、オレはやっと我に返った。
「坊ちゃん! 一枚でいい。一枚でいいから銀貨、貸してくれ。姉さんに、薬、飲まさないと。お願いだ」
小さなオレに縋りついたレイは、細くて頼りなげで……。形が変わった顔をものともしないで、ただ震えて震えて。
彼もただの無力な子どもだった。
オレはゴソゴソと空間収納から銀貨を出すと、黒く腫れた頬をそっと撫でて金の魔法の粒を降り注いだ。
「お、お前……?」
ポケットから出したチーフでしゅんと鼻を噛んだオレは、精一杯に微笑んでレイの指をきゅっと握った。
「行こう、レイ。 今度はオレも一緒だから。お姉さんの薬、買いに行こう」
手のひらに乗せた銀貨を二人で握りしめ、オレはソラに託けると、レイと一緒に薬屋に向かって走り出した。
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