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138 ワイバーン怖がる



 太鼓の演奏が聞こえると、招待された人々はサッと広場の隅に寄った。いよいよ式典が始まるよ。

 並ぶのは序列順になっているみたい。こうしてみると、エンデアベルトが本当に上位貴族だって分かる。他貴族よりも一段高い場所に並び、その二つ上は王族たちの列だもの。


 敬礼するディック様の後方で、タイトさんに抱かれるオレは、珍しくてキョロキョロしてしまう。はるか対岸に見えたワイバーンが列をなして歩いてくる。飛んでないのが残念だ。


 代表の五頭のワイバーンが並ぶと王様の入場だ。王様は厳重にシールド部隊に囲まれている。相変わらずディック様はわざとソッポを向いていて、何だか可笑しい。


 隊長さんと代表の騎士さんが言葉を交わし、式典が進行していくけれど、ワイバーンたちの視線がオレに向いているみたいでちょっと困惑している。


 部隊長が乗るワイバーンは紺の巨体に真紅のハーネスの様な魔道具をつけている。明らかに強そうだ。部隊旗を掲げていよいよ出立する様に見える。



 ワイバーン部隊は騎士隊の花形部隊だ。空を飛ぶ魔物の中で、従魔にできる最強の魔物がワイバーン。空中からの制圧力、俊敏性、強靭な体躯、しかもブレスを吐く。寒さに弱い弱点を胸当てで補えば、魔法兵三十人以上の働きができると言われている。


 この国では冬眠から目を覚ますこの時期に、訓練を終えた騎士が従魔契約を結ぶためにワイバーンの住む山に挑むのだそう。毎年、十人の精鋭の騎士が挑んで、実際に契約できるのは半分にも満たないんだって。


「ねぇ、タイトさん。騎士さんはどうやって従魔契約を結ぶの?」

「勉強熱心でいらっしゃいますね。闘うのですよ。闘って勝ち、相手が望めば契約成立です」


 そうなんだ。オレはいつだって闘わないで従魔契約を結んでしまったから知らなかった。あのワイバーンが傅くほどの強さ、契約を維持できるだけの魔力。エリート中のエリートだけがワイバーン部隊に選ばれるんだって。凄いなぁ。


「おい、お前に用がありそうだぞ?」


 熱い眼差しを向けるワイバーンを見て、ディック様が小声で言った。


 用があるも何も、オレに分かるはずもなく……。でも出立を促されたワイバーンのうちの一頭がオレをじっと見て動かない。いや、主人である騎士に逆らって、真っ直ぐに向かってきている。


「チッ。 やらかすなって言ってるだろうに」

 舌打ちをされても、オレじゃない。決してオレのせいでは……。


 騎士だけでなく、隊長や護衛まで前に出てワイバーンの前進を止める。それでも止められないのか、主であろう騎士は真っ青だ。ズンズン近づく大きな一歩に悲鳴すら上がった。


ーーガシッ!


 明らかにオレを狙うオオトカゲの顔を踏みつけて、得意の威圧で目を合わせたのはディック様。


「おい、コウタ。オメェ、コイツに用があるか?」

 怖い。ただ怖い。オレの知らないディック様の鋭い目。オレはブルブル震えて気絶しそうになりながら、ただ首を横に振る。


「……だってよ。テメェ、面倒を起こすなって言ってんだ」

 ワイバーンに言ったのか、オレに言ったのか? 怖いけど離せないディック様とワイバーンの瞳を交互に見る。ほらほら、ディック様、怒ってるから! もう出立した方がいいよ。


 祈りを込めてワイバーンをみれば、あれれ、彼も怯えている。アースカラーの大きな瞳が水滴で膨らんでいるよ。もしかして、動けなくなちゃった? オレは勇気を出して声を出した。


ばんばって(頑張って)て! ばんばっで帰ってぎだらオレと遊ぼう……?」


 乾いた喉がゴロとなって鼻声になってしまったけど、オレの声に反応したワイバーンがピンと背を伸ばした。すかさず大声で怒鳴ったのはディック様だ。


「とっとと行きやがれトカゲ野郎! テメェ従魔のくせに主人の言うことを聞かねぇなんて覚悟が足りん! 従魔なら従魔らしく役に立ってこい」


「ひゃぁ!」

「ピギー」


 慌てて羽ばたかせた翼と真っ青な顔で手綱にぶら下がった騎士。


ギュオン、ズゴーーン、ピギュー、ギャオーーン!


 先に飛び立ったワイバーン隊も、ディック様の声に狼狽えたのか上空でぶつかりそうになったり、ブレスを吐いたりとプチパニックだ。


 地上ではサーシャ様が変わらぬ笑顔で微笑み、ディック様と王様は愉快そうに高笑いをしている。騎士隊長は王様の前で土下座をして許しを乞う。


「申し訳ございません。ワイバーンが言うことを聞かないなどと前代未聞の不始末です! あの者は再教育いたしますので、どうかお許しを」


 真っ青な騎士隊長だけれど、王様は機嫌がいいのか、蓄えた顎鬚を摩って愉快そうに笑っている。


「良い良い。たまにはこんな余興も悪くない。なぁ? 司教殿」

「私は感心致しませんが……、まぁ王が宜しければ口を出す場面ではございません」


 王様の側に仕える司教と呼ばれた司祭帽の老人は、不機嫌そうにディック様を見る。


ーーーーゾクリ!


 この人、嫌だ。すごく嫌だ。怖い。


 サーシャ様や執事さんの周囲を冷やす笑みに慣れているけれど、この人の冷たさは今まで感じたことがない。凍てつく闇を背負っているかの様な、得体の知れない恐怖があった。


 オレの異変を察してくれたのか、ディック様はオレを連れて、そそくさとその場を後にした。身を捩ってオレを笑っているクライス兄さんだけは、エンデアベルト家の代表として近親会まで参加をしていくんだって。


「あはははは。コウタのせいじゃないと思うけど、何で無事に終わらないかな」

 いつまでも笑いが止まらないクライス兄さんにペチャと水滴を送ったオレは、治りきらない鼻水をズビーと啜ってディック様と家路に着くのだった。




 ちなみに任務を終えたワイバーン達はエンデアベルト家に集まってしまった。


 どう言う訳か自分から騎士に近づいて従魔契約を結んだワイバーンが殆どで、なんと全員が契約できたらしい。したり顔でオレの顔をペロペロ舐めたワイバーン達と首を捻って不思議がるエリート騎士達。


 やっぱり笑いが止まらないクライス兄さんに呆れ顔のディック様であった。







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