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134 秘密に



 雑多な商業区の大通りから数本路地に入る。細い道の両側に木の板や大きな岩が転がって、真っ直ぐに歩けない。

 さらに奥に進めば、小さな空き地があり、古井戸や釜戸、物干し場が作られていて、破れたボロ布が雫を落とし続けていた。


 斜めになった柱木、古い扉や木板で継ぎまとめられた一角。その塊が家らしき形を作り、数軒ずつまとまって大きな建物の壁にもたれていた。

 よく見れば大きな建物も窓が壊れ、ヒビが入り、とても人が住んでいるとは思えない状態だ。だけど打ち付けられた板や隙間から小さな灯りが漏れている。


「スラムって言うんだ。ここにはまともな奴はいない。家を追われた者、病人、施設に馴染めない子供。弱者だけれど這いつくばって生き抜きたい奴らのすみかだ。あんたにゃ似合わない場所さ」

 冷たい目で立つニコルに、オレはコクリ生唾を飲む。


「きっとアイツは秘密にしたいだろうよ」

 ぽんと頭を叩いたニコルに、オレはジロウの漆黒をぎゅっと握った。


隠蔽(いんぺい)、使えんのはだれ? ソラ? ジロウ? それとも……?」

「あっ……、ソ、ソラ」

 消えるような声で言うと、ソラの魔力がふわりとオレ達を包んだ。


 今にも崩れそうな、雨風を凌げるだけの小屋。壁を背にそっと窓の下に行く。明るい楽しげな声が聞こえてきた。



「ーーで、坊ちゃんは俺を気に入ってくれたんだ。給金も弾んでくれたから、もうすぐ薬が買えるよ」

「ありがとう。でもいいのよ? レイ。あなたがお腹いっぱいご飯を食べるのに使ってちょうだい」


「言っただろう? 坊ちゃんの話し相手になったって。食事の勉強にも付き合わされて。ほら、こんな柔らかなパンもたくさん食べたんだよ。さぁ、これは姉さんの分」


 聞いたこともない弾んだレイの言葉に、オレは心の底からホッとした。そして、レイがギガイルの店に執着する理由も知った。


「エンデアベルトの奥様がお戻りになったから、きっとまた新しいデザインの注文が入るよ。奥様の要望に応えられるのは姉さんだけだから。早く元気になって戻ろうよ。こう見えて、俺、結構役に立つからさ、旦那様にお願いしておくよ」



 よかった。確かにレイは無事だ。

 レイはお姉さんの居場所を失わないためにギガイルの店に居たいんだね。優しそうなお姉さんの声。顔は見えなかったけど、きっといい人だ。


 ニコルと瞳を合わせて笑う。ニコルもいつも通りの瞳を寄越した。



◾️◾️◾️◾️


「はっ、はっ、はっ、ハッグション!」


「風邪だ」

「風邪だね」

「風邪ですね」


 昨日、オレとニコルが家に帰ると大騒ぎになっていた。


 オレがいなくなったのに気が付いて、館だけでなく、王城で訓練を受けている私兵さん達を呼び戻し、捜索隊が組まれるところだったらしい。


 いつ連絡したのかな? ニコルの従魔からの知らせで無事を知り、一安心をしたんだって!


 どこにいたのか、どうやって家を出たのか根掘り葉掘り聞かれて、ドギマギしたよ。レイを追って貴族街の外れまで行ったことは話したけど、レイの家に行ったことはニコルとオレの秘密。

 水溜りの跳ね上がりで、ぐっしょり濡れていたオレは、その後すぐにお風呂に入って温まったけれど、翌朝、見事に風邪をひいていた。


「はっ、はっ、ハックション」

 ズビズビと鼻水が糸を引く。

「ゴホッ、ゴホッ、コンコン」

 ゴロゴロとまとわりつくような喉の痛み。


「おいおい、明日までに治るか〜?」

 ディック様が言った。

「治っても治らなくても行けません」

 サーシャ様が反対している。 あれ? 何処かに行くの?


「だって、コイツ、留守番させたら拗ねるぞ?」

「黙っていれば分かりません」


 拗ねるから。怒るから! もう聞いちゃったもん! 黙ってたって駄目だよ! オレに秘密でどこに行こうと言うの?


「い、行きゅ……」

 重い瞼をこじ開けて、半目になりながらディック様の袖を掴む。眉尻の下がった薄茶の瞳に申し訳なさが募る。


「鼻垂れのコウタも可愛いけど、辛そうだね。あぁ、魔法で回復出来れば簡単なんだけど」

 ディック様の腕に抱かれたオレをよしよしと慰めるクライス兄さん。そうか、オレ、回復魔法が使えるんだった。


「うわっ、クラ! また余計なことを……」

 慌てるアイファ兄さんにニッと悪い笑みを送り、そっとお祈りする。鼻水、お咳、治りますように。


 ふわりオレを包む金の光。やり過ぎるんじゃねぇと(おのの)く外野の声はきっと気のせい!


「グエックジョン! あじぇ? 治っでない」

 お願いしたのに、金の魔力が飛んだのに。相変わらずの半目にグジュグジュの鼻だ。ついでに頭もボーッとして回らない。


『身体が弱ってるんだから魔力も弱ってるんだよ。いつもの金の魔力が今日は全然飛んでない』


 冷たい鼻を押し付けてジロウが言った。ひんやり冷たくて気持ちがいいな。


「まじょぐ、よわっでゆかや、治れないっでジヨウがゆっでゆ」


「「「 ぷ……。ふふふふ 」」」


 みんなの頬がパンパンに膨れている。何で? プルプルと震えて、クライス兄さんなんかはうずくまってしまった。


「ほ……ぷぷぷ。ほら、ほら。チーンだ。チーンてかめ」

 アイファ兄さんが差し出したチーフに鼻を押し付けてチーンとかむ。


「あは、……いや、誰も笑ってないぞ。何もおかしくねぇ」


「ひじょい! オエ、おがじぐない! なんじぇわあうの?」

 顔を背けて笑いを堪えるディック様。唇と尖らせて抗議すると、無理やりベッドに押し込められてしまった。


「かわ、可愛いんだけど、あぁ可笑しい」

「いいえ、おか、可笑しくないわよ。本来、四つってこんな風よ。でもコウちゃんが言うとねぇ」


 サーシャ様もキールさんも涙を拭いている。

「まぁ熱は高くなさそうだから、今日一日は大人しくしとけ! 後は明日考えりゃいい」

 トントンと胸を叩く大きな手。サーシャ様の温かな指もオレの拳を包んだ。


「いやじゃ。ねじゃい。あじだも行ぐじ、ぎょうばジェイじ会いじ行ぐんら」


「あー、可笑しい。何言ってるんだか分かんねー」

 いつまでも鼻下を触って笑っている兄さん達をギロと睨む。


「ヘ、ハッ、ハッグジョン!」

 ズビーっと飛び出した鼻水にみんなの視線が集まって、オレは再び盛大に笑われたのだった。



今日も読んでくださってありがとうございました。


 ちょっと苦しむコウタが続いていて申し訳ないです。でもコウタは嬉しいことを見つける天才。もやもやしつつもちゃんとみんなとの生活を楽しんでいます。


 今日の1日が皆様にとって温かで居心地のよい1日となりますように。

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