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012 お返し


「ーーーー執事さんはね、きちんとしてるでしょ? だからトンネルとか、草の中とか、教えなかったんだけど、やっぱり知りたかったかなぁ?」

「クックック、そうだなぁ。次は案内してやれ。喜ぶんじゃねぇか」

「でも汚れちゃうよ? あー、ディック様、それ、悪い顔だよ」


 わっぷ!ゴッホ!


 ディック様の何か企んだ悪い顔を指摘すると、突然、頭からお湯をかけられ鼻の奥がツンとなる。


「もう、急にお湯をかけないーーーー」

今度は頭をガシガシ泡立てられ、慌てて目を瞑る。


「がははは、やるこたぁ分かってるだろ? 油断大敵ってやつだ。すぐ終わる…ちょっとは黙ってろ」


 乱暴に洗われ、ガシリと身体が宙に浮くとディック様はオレごとザブンと湯船に浸かった。オレは飛沫をがっつり浴び、再びコンコンとむせる。そっと目を開けて不満気な顔をするのに、ディック様は一層楽し気に笑う。するとつられてオレの頬も緩む。


 タプン。

 温かいお湯の中でディック様に身体を預けると、どうしようもない安心感でふわりと瞼が閉じる。


「おい、寝るんじゃねぇぞ。お前、なかなか起きねぇからな。」

「分かってるよ。ねな……い……」


 温かくてゆらりと揺れる浮遊感に意識が遠のきそうだ。

「はぁ〜、残念だなぁ。今日はこの後、お楽しみがあるのになぁ。飯も食べずに寝るかぁ?」

 ん? お楽しみ……? 今、お楽しみって言った? 急に意識が引き戻された。


「お楽しみ?お 楽しみって何? 寝ない! 今日は寝ないよ! やったぁ」

 嬉しさで目が覚めたオレは湯船のお湯で噴水の雨を降らした。

「・・・・・・・・・・」



 お楽しみと言われても、サロンでラビのサラサラの毛を抱きしめれば、うとうと瞼が閉じそうになる。ソラがピピと頬や頭を突いて起こしてくれるけど、そろそろ限界だ。


「おっ偉いぞ! ちゃんと起きてるな? 飯の前にお楽しみだぞ」

 ディック様がニヤニヤしながら入って来た。執事さんも何だかご機嫌だ。


 ディック様が来い来いとオレを呼ぶ仕草をしたので、ソファーから降りてトテトテと扉の近くに行く。


ふわり


 オレの身体に掛けられたのは、肌触りのよい小さめの毛布。

「あぁ、何だ。これは俺の上着を潰して作った毛布だ。上着はな、暖かいし軽いから気に入ってたんだが……。お前にちょうどいいだろう?」


 オレの目線に合わせてしゃがんだディック様。低い声が心地よく、きょとんとする漆黒の瞳を見つめている。


「これは、昔冒険者として宿の依頼を受けた時に頂いた帽子なのですが、しっかりとした生地ですし、大きさも形もピッタリかと。ひっくり返して中にスカーフをこう入れますと……」

 執事さんが小さな緑の帽子を差し出す。

「ソラ殿のベットとして使って頂けると嬉しゅうございます」

 オレの手を優しくいざない、艶のあるリボンがあしらわれた帽子を持たせてくれた。


「あ……、ありがとうござ…い…ます」

 何だか胸の奥が熱くなって、かろうじてお礼を伝える。


 メリルさんとサンが車輪のついた木箱を引いて部屋に入ってくる。

「メイドと兵士さん達からです。積み木と積み木を入れる箱ですよ。兵士さんとか、庭師さんとか、みんなで端材を集めて磨いて色をつけました」

メリルさんが言うとサンが続ける。

「館の者、みんなで1文字ずつ、文字を書きました。あんまり上手じゃない人もいるけど……。コウタ様、これで遊びもお勉強も出来ますよ」


 これって、これって……。お楽しみって……。うるっとした目でディック様を見る。


「お前は、買った物とか新しい物とか、きっと遠慮するだろう? でも、これなら、受け取れるな?」

 強い薄茶の瞳、ちょっと照れた執事さん、ニコニコ笑顔のメリルさんとサン。扉の向こうにも、あっちにもこっちにも、たくさんの人が見つめる気配。じゅわわとする瞳でこくんと頷くと大きな力強い手のひらがオレの頬を優しく包む。


「これでもう、身ひとつじゃなくなったな?」

 ポロポロとたくさん涙がこぼれ落ちる。嬉しいのに胸がいっぱいで言葉が出ない。

「オレ……、オレ……。こんなにして貰って……。嬉しい……です。オレ……、何にもかえせないのに……」


「お前って奴は、やっぱりか……? 素直に受けとらねぇんだな。だからな……、しっかり礼を返して貰うことにするぞ? いいな?」

ーーーーお礼? オレが返せるお礼なんて……何も無い……そう思った途端、ぐいと身体が引き上げられた。


「お前はこれから、この積み木を使って遊べ。毛布を巻き付けて、ソラと一緒に寝ろ。俺たちの前で。そして、何があったかたくさん話せ。俺たちが聞いてやる。笑ってやる。……まぁ、何だ、思い出って奴だ。それを俺たちに寄越せ。それが礼だ。俺たちが、館の奴らが望んでるお返しってやつだ。できるな?」


こくん。


 ぎゅっと目を瞑ったまま、精一杯に頷くと、ディック様のチクチクする頬に顔を埋める。止めどなく溢れる涙で声も出ない。ただひたすらにしがみつくオレの背中を、優しくて大きな手がそっと撫でてくれる。

ーーねぇ母様、オレ、今、幸せを抱きしめてるよ。









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