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127 夜の雨


「コウタ、遅い! 心配したぞ」

 帰宅するなり、オレを掴んで食堂まで運んだのはクライス兄さん。学校から疲れて帰ってきたのに、誰もいなくて夕食も始まらなくて、イライラしながら待っていてくれたらしい。


 オレはアイファ兄さんと目を合わせて、おとなしくクライス兄さんに抱かれることにした。食事がそろうまでの時間、兄さんは頬を摺り寄せて癒されている。くすぐったいけれど、オレのことを好きでいてくれてとっても嬉しい。


「さぁ、いただきましょう」

 今夜はディック様がまだ帰宅していないからサーシャ様のあいさつで食事をするよ。お野菜もスープも優しい味付けで、マアマと同じようにオレの皿は花形の人参だったりステーキが一口サイズになっていたりと嬉しい工夫がいっぱいだ。ご飯っていいね。疲れた心にじんと染み込むね!


 食事のときに、やっぱりギガイルの店の話になった。

「社会的に抹殺してくる・・・」

 クライス兄さんも物騒なことを言う。


「じゃぁ、お前がアイツらの地位を落として、俺が皆殺しにするってぇのはどうだ?」

「いいですね。王都に居られないよう徹底的に陥れましょう、兄さん。互いに腕がなります」


 いや、駄目だから。キールさんもオレもちょっと困った顔をした。


 そういえば、プルちゃんとジロウはどこだろう? 外は雨だ。濡れてなければいいけれど。


「イチマツさん、ジロウ達、帰ってない?」

 首を傾げて聞いてみると、知らないとの返事。どきり。外に追い出しちゃったから、オレのこと嫌になっちゃったのかも。

 今日は落ち込むことばかりだ。胸がチクリと痛んだ。


ー---シュン!

    ガチャン! バキバキ! ガラガラ、ドシン。

「わぁ!」

「きゃぁ」

「ー-げぇ?!」


 俯いた瞬間、テーブルの上に閃光が走る。きゅっと目を閉じれば、ご馳走の上にプルちゃんとジロウ。

 さすが、プルちゃん。スープをかぶったキールさんの頭の上に乗っかってしゅわしゅわと舐めている。ジロウは足元の塊肉をフンガと口に入れ、オレに飛びついてきた。


「あはは、ジロウ! プルちゃん! よかった! お帰り~」

「「「 コウター- 」」」


 はっ! 

「ごめんなさ~い」


 従魔のことは主人の責任。

 お風呂に担がれたオレは、アイファ兄さんとクライス兄さんにたくさん叱られた。だけど、たくさん抱きしめてもらったんだ。

 王都の館のお風呂はとっても広くって、ジロウが一緒に入っても余裕。

 泡で大きくなったジロウに笑って、お湯で細くなったジロウを慰め、ジロウとアイファ兄さんの筋肉自慢をオレとクライス兄さんで審査した。

 うふふ。みんなと入るお風呂は幸せだ。昼間のちょっと苦しい出来事を忘れて、オレは、うつらうつらと夢の中。


■■■■■■■■



 ポツポツとまばらだった雨がザーザーと音を立てて始めた頃、ディックは館へと夜道を急ぐ。

 近隣の柔らかな家明かりや、くすくすと漏れる笑い声に、濡れた外套を引き寄せる。


ーーーー

「しばらく走らせますか?」


 馬車に同乗していたタイトの訝しげな問いかけに、ディックはギリと唇を噛んだ。


「そのようなお顔では、皆様がご心配されるかと」

「ーーいや、いい。 お前たちも濡れているだろう。早く休め」

「お心遣い、感謝します」


 車内の声に注視していた御者は、魔道具のライトを前方に飛ばし、変わらぬ速度で屋敷に向かった。


 背もたれに身体を預けたディックは珍しく思案げだ。

「お前はどう感じた?」


 タイトはチラと御者を気にしつつ、主人に視線を戻す。律儀に姿勢を正し、声を落として話し始めた。


「一点を除いて、概ね予想通りかと。ただ、気になることはあります」

「……ああ。 俺もそうだ。ーーで?」


「処理が早すぎます。旦那様が王都に着いてまだ数日。先触れが出されていたこと、セガ様の書類に不備がないことを加味したとしても、結論を出すには早過ぎるかと」


「……だな。あの馬鹿ガメの後始末だってまだだろうに……」


「ええ。カスティルムも被害が少なかったとはいえ、混乱しましたから。調査も街の復興も十分でないのに討伐報酬が完了するとは、(にわか)に信じがたいことです」


 ディックは脚と腕を組み替えて、深いため息を吐く。


「ーー()が残って?」


 一層潜められた声に手を挙げて制するディック。タイトはゴホンと咳払いをした。


「学校区で焼け落ちたアイファ様の装備は、こちらで手配致しますか?」


 片眉をあげたディックに、タイトは頷いて車窓に目を向けた。

 雨が街灯のオレンジを滲ませ分散させている。大きな屋敷が続くこの道は、門扉の街灯が途切れれば漆黒に飲まれ、御者が照らす前方から流れる光が雨を映し出すのみである。


「コートも武器の一つだ。特にアイツは繊細だからな。それより……()()の負担の方がデカい」


「承知致しております。万全のサポートを致します」


「…………ああ。頼む」


 再び沈黙に包まれた車内。タイトはチラと懐中時計を確認した。





「お帰りなさいませ」

 出迎えたイチマツの姿にディックは胸を撫で下ろす。コウタはもう寝たのだろうかと中央階段に目を移せば、察したメイド頭が穏やかな笑みで頷いた。


「幾つか報告がございますが……。皆様を呼んで参ります」

「ああ。頼む……」


 できたメイドはそのまま執務室に向かうディックの意を察する。各部屋を回ってディックの帰宅を告げるが……。サーシャの部屋でぐっすりと寝入っている幼子を一人にする訳にはいかないと思考を巡らせた。


 今日は辛い体験をしたのだ。ふと目覚めた時に心細くならないよう近しい者を側に置いてやりたい。……が、おそらく主人の話は彼にまつわることだろう。

 下手なメイドでは、寝ぼけたコウタに対応出来まいと思案する。


 しばし雨音に耳を傾けた老女は、柔らかく頷いて呟いた。

「たまには役得も悪くないでしょう。しばし、この老婆を慰めてくださいまし」

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