124 買い物
昼食後、オレとサーシャ様は買い物に出掛けた。サーシャ様、まだ体調が十分でないように見えるけど、大丈夫かな?
一緒に馬車に乗り込んだジロウの毛をギュッと掴む。ジロウの目は優しい金の瞳だ。
付き添いは護衛さんとミルカだ。イチマツさんが付き添えないと残念そうに言った。タイトさんがいないから、館を離れられないんだって。
ガラガラと馬車は緩い坂を下る。受勲式をした中央広場の大通りの一本手前、落ち着いた高級感溢れる店が並んでいる場所が貴族用の商業区。中でも一際大きくて豪華に飾り付けられた店がギガイルの服飾店だ。
店の前の大きなエントランスに馬車を横付けると、さっきの嫌な男と店主らしき男が出迎えた。あぁ何だか気分が良くない。ナンブルタルのフリオサを思い出すよ。
長毛の従魔は毛が飛んで汚れるからと、ジロウは入れて貰えなかった。プルちゃんも不機嫌になって、ジロウと外で待ちたいみたい……。
待機場所として案内された馬車置き場でも、馬が怖がるからと更に奥の裏手に指示されたから、シュンと転移してどこかに行ってしまった。オレはソラを呼び寄せて、一緒に店内に入る。だって、とっても心細い。
「サーシャ様、お久しぶりでございます。デザイナーが首を長くして待っていました。さぁ、こちらに」
ギガイルはオレとミルカを見もしないでサーシャ様に揉み手で話しかけた。サーシャ様は既成のドレスにいつもオリジナルのデザインを施すんだって。それがいつも大人気で流行を作るから、久しぶりの来店をみんな待っていたらしい。若旦那と呼ばれるいやらしい男と紳士風の店員さんがサーシャ様を奥の部屋に連れていく。オレのことを心配して不安げな顔を見せたサーシャ様。オレは大丈夫だとにっこり笑ってミルカの手を握った。
「ミルカ様、先程ご注文いただきましたリネンですが……」
「はい。でも、あの。今、コウタ様がお一人になられますので、後にして……」
下働き風の店員にミルカが断りを入れようとしたけど、何だか困っていて難しそうだ。オレはそっと手を離した。
結局、試着室に行ったのはオレ一人。直ぐに戻るからと二人は言ったけれど、ドクドクと鼓動は不安に弾む。
「痛い!」
「大袈裟です。全く、貴族様になられるなら我慢なさってください」
オレの担当をする若い女性店員は何だか意地悪だ。
寸法を測るからと下着になったオレの肘を抓る。丈を測ると言ってつま先を膝で踏み、そこを退けと手首を払う。オレは眉を寄せてただ我慢した。だってだって……。
「あんた、拾い子だって? 本当に貴族になれると思ってるの? レイのことも知ってるんでしょ。 言ったらレイがどうなるかしら?」
どうして、どうしてこの人はこんなことを言うの?
こんな服欲しくない。
早く帰りたい。
どうして?
どうして、サーシャ様はこんなお店で買い物をするんだろう。
『コウタ、我慢することないわ! やっつけちゃおうよ』
ソラがプンプン怒ってくれた。でもダメだよ。ソラの魔法じゃやり過ぎちゃうし、レイに何かされたら嫌だ……。
「コウタ様、いかがなされましたか? 大丈夫ですか?」
扉の向こうから、ミルカが声をかけてくれた。だけど、オレの返事を遮って、店員が声を上げる。
「大丈夫ですよ〜。僕、お利口さんですね〜。あら、これも欲しいの〜、いいわよ。坊ちゃまがお気に召した物は出しておきますね〜」
猫撫で声の店員にオレは悲しくなってきた。
とにかく選ばないと、ここから出れない。そう思ったオレは、ソラの瑠璃を濃くしたような綺麗な紺の服を手に取った。金糸の刺繍が控えめで、だけど印象的だ。
「あら、それにするの〜。いいわよ、それ。お高いもの! じゃあベルトとリボンはこれで……」
店員が装飾品を幾つも出してくる。
『ダメだよこれは。端の処理が甘いよ』
『こっちは安物だよ。わざと高い値にしてるよ』
小さな声が聞こえてきた。
不思議だ。よくわからないけれど、たくさん味方がいるみたい。服や小物がいいよ、ダメよと教えてくれる。オレはちょっと元気を出す。
「あぁ、このダサい剣帯も買ってもらったら? こっちの帯もなかなか売れないのよね」
いらないと、首を横に振っても、この人は聞いてくれない。
嫌だ、嫌だ。何だか凄く嫌だ。
しゅんしゅんと身体から風が沸き起こってくる。壁に掛けられた服がカタタと揺れ、引き出しが開いて帯やベルト、スカーフが宙を舞う。
店員の後ろでオレの魔力が怒りの渦を巻き始めた。
駄目だ……
そう思って制御しようとするけれど、馬鹿にするような嘲笑うような、店員の言葉を拒否する魔力の渦がどんどん大きくなる。こぼれる涙と力が入る拳。胸からあふれ出るように、オレの魔力が暴走していく。
「な、なに? えぇ? キャァーーーー」
飛び交う服が店員を襲った。大きな布で顔を覆い、ベルトが腕を拘束し、小物がピシピシと店員に体当たりをする。
「だめ! やめて! 傷つけるのは違う」
ああ、どうしよう! 駄目なのに、嫌なのに、止まらない!
「コウタ様ーー」
「コウちゃん!」
気がつくとサーシャ様とミルカがオレを抱きしめてくれていた。腰を抜かしてひっくり返った店員。部屋に服が、装飾品が散らばっていた。
「ば、化け物! この子、おかしいわ」
震える指でオレを指し示す。飛び込んできたギガイルと息子が顔を真っ赤にして驚いていた。
「「何があった?」」
「この子から風が湧き上がって……、気がついたら服が部屋中を飛び交って……」
「こんな小さい子がか? お前、何を言っている? コイツが一体、何をした? 」
ギガイルは真っ青に震える店員の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。オレは怖くて、悲しくて、ブルブル震えた。
「ご、ごめんなさい……、オレ、オレ……」
ミルカの腕の中でポロポロと涙が溢れた。サーシャ様がオレの前に屈み、細くて温かな指で涙を拭う。
「ごめんなさいね。一人にして……。怖かったわね。 コウちゃんは何も心配することはないのよ。大丈夫。私に任せておきなさい」
ミルカに抱かれたオレは細い肩に顔を埋めて、ふわふわと羽根を押し付ける青い小鳥を全身で感じていた。
サーシャ様が冷気を纏い、毅然とした態度でギガイルに抗議する様を居た堪れない気持ちで聞いた。
ギガイルもサーシャ様には頭を下げたけれど、オレのことを鋭い目で睨みつけた。
オレのせい……。
だけど……、あの人が意地悪したんだもの。 オレは、どうしてか言い出せず、暗い気持ちで店を後にした。