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011 コウタと執事


 生まれた時から一緒だというソラが来てから、コウタの表情は一変した。元々人懐こく物おじしない性格なのだと思うのだが、親を亡くした悲しさや憂いが薄らぎ、本来の姿を取り戻した様だ。


 肩や頭にソラを留まらせてはおしゃべりし、飛び回るソラを追いかけては息を弾ませる。キャキャと跳ねる笑い声、パタパタと走り回る足音が太陽の光と共に館に輝きをもたらしていく。子供の声というものは、こうも活気をもたらすものなのだろうか? 心なしか館の連中も、顔に生気がみなぎっている。


「コウタ様、本日は私もお散歩にお連れくださいませ」

 執事が声をかけると、コウタは満面の笑みで頷き、早く早くとカサついた手を引っ張る。


 馬屋に寄れば馬達がコウタに擦り寄り、馬場を覗けばヒヒン、ヒヒンと馬が嘶く。

「坊ちゃんが覗かれた後は、馬も元気がみなぎる様です。不思議ですねぇ」

 馬番が仕事の手を止めて挨拶をする。


「本当にコウタ様は馬達に気に入られていますね」

「うん、オレも馬が大好きだから。早く大きくなって、馬に乗れる様になりたいの」

 えへへと笑うコウタに、皆、目を細める。


 ベリーを採った場所、見つけた木の鱗、落ち葉の溜まり場。コウタは次々とお気に入りの場所を案内する。


「あっ、庭師さん」

 庭端で作業をしていた庭師を見つけ、人懐こい笑顔でとてとてと走り出して丸い背中に飛びついた。年老いた庭師は広大な荒地の端に小さな花壇や畑を作っている。

 足を引きずり手指が数本欠けていることに気づいているだろうに、怖がることなく話しかける様に執事はほうとコウタの懐の深さを伺う。

 硬い土をシャベルで掘りおこし水をかけるとドロドロになってしまうのだが、庭師の動かない手を助けるかのようにそっと添えられた小さい指がいかんとも愛おしい。

 空に向かってぱぁと向けられた笑顔にキラリと光が差すのを見下ろし、ふふふと笑う。

 使用人たちが最近体調が良いのだと漏れ聞こえる雑談にそうであろうと静かに納得する。


 ひとしきり歩くと、荒れた裏庭の隅でキョロキョロと地面を調べる。今日はこの辺りで石を拾う様だ。山での習慣なのだろう。メリルと一日1つと決めて、加工した石は宝物にするらしい。形を見、重さを確かめ、転がして、光にかざす。石選びはかなりのこだわりだ。


「コウタ様、その石の加工を私にお教え願えませんか?」

 執事が頼むとコウタは素直に頷いて、大きな石の上に腰掛けると足をぶらつかせながら見本を見せる。

「こうして、手のひらで石を包むでしょう。」

ふむふむ、と執事も真似る。

「手の中でコロコロって転がして、中から出ておいでって言うの。出ておいで、綺麗になって出ておいで!」


 コウタの言うことはさっぱり分からない。だからこそ、魔法使いである執事の目が、眩しいように険しくなり、何一つ見逃すまいと集中する。


 コウタの手の中が、淡い光を放ち、ゆっくりと石自身が回転している様だ。動きに合わせて指や甲が柔らかく上下する。コロコロ、コロコロ。


 くすぐったいのか、コウタは無邪気にきゃっきゃと笑うと、ゆっくりと手のひらを開いた。そこには小さな石粒と砕けた石の中から取り出された艶やかに光る小さな宝石が1つ。


「ほら、きれいでしょう? ツルツルになってピカってなる石は珍しいんだよ。本当は、土の深いところにあるの。でも不思議だけどここにはたくさん落ちてるの。凄いねぇ」


 ああそうか、と執事には心辺りがあった。この庭は代々エンデアベルト家の面々が鍛錬をする度に吹き飛ばしたり穴をあけたり。確かに地中深くあるものが外に押し出されているのだろう。


 自身の失敗すら思い出し、執事は思わず、ふふと笑う。そしてただの石ころのままの乾いた手の中の石を見る。

「コウタ様、それはどの様な魔法でしょうか? 私の石はそのままです」

コウタは執事の質問に首を振って答える。


「魔法じゃないよ。石にお願いするの。出ておいでって!」


「いや、ですが……。そうです! 先ほどコウタ様のお手が淡く淡く輝いたではありませんか?」

「そうだよ! お願いしたら、普通、光るでしょう? いいですようって」

「…………。普通、光りませんが……。だからこそ魔法だと思うのです……」


 執事の呟きを聞いてか聞かずか、コウタはキラリと光る宝石をソラに見せて、満足気だ。

 

「執事さんももうちょっとお願いしてみる?」

 小さな柔らかい手が大きな手に添えられる。そしてコウタはそっと目を閉じる。

「中から出ておいで……。綺麗になって出ておいで……」


 コウタの呪文の様なお願いに、体の芯がじわりと温まる感覚。清らかな温風が執事の中の魔力を練り上げ、ふわふわと湧き上がっていく。そして包まれた手の中で石が服を脱ぐかの様に分厚い皮を剥ぎ取りながら転がった。


「ね? 石が答えてくれるでしょう?」

 上目使いに灰色の瞳を覗かれ、呆けていた自身に気がつく。

ーーーーやはり魔法だ。

 確信を得た執事だが、もう追求しようとは思わなかった。発動を補助する杖も、そもそもの詠唱もない。自身の常識には全く当てはまらない魔法なのだから。


「普通とは何なのでしょう? 私の普通とコウタ様のそれは随分違うようです」


 手の中でコロリと輝く小さな塊を光にかざすと、なるほど。艶やかな光が空に溶けていった。


 特別な景色に、冬の風を感じると、そこには小さなお日様が満面の笑みを湛えていた。

ーーーーあぁ、私もこの光に魅入られてしまった様だ。

 大きな魔法使いはそっと目を伏せた。






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