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116 オレの部屋


「うわぁぁ、す、すごい」


 ずらりと並んだメイドさんに使用人達。ついさっきまで館の前で大騒ぎがあったというのに、中央階段まで続く静かで盛大な出迎えの列に口をあんぐり開けてしまう。


 ピカと磨かれたロビーテーブル、繊細に編まれたレースのカーテン。重厚なシャンデリアに年代を感じさせる大時計。ナンブルタルのフリオサさんのところで見たような豪華さに加えて磨かれた洗練さ。まさに上流階級とも言えるホールに圧倒されている。



 ツカツカとオレの目の前にしゃがみ込み、そっと目を合わせた老女がにっこりと微笑んだ。

「王都邸のメイド頭、イチマツと申します。コウタ様、どうぞよろしくお願い申し上げます」

「えっと……、はい」


 圧倒されてとりあえず返事をする。イチマツさんは、にっこり笑顔を見せたあと、ササとサーシャ様の方に行ってしまった。


「サン様はあちらに。コウタ様は私とお部屋に参りましょう。私はミルカと申します」

「ミユカ……、あれ? ミリュカ、ミュユカ……?」

 あれれ? 頭では分かっているのに、ちゃんと言えない。オレは焦って目を白黒させる。


「ふふふふふふ。メリル様からの勅命でコウタ様担当になりましたの」


「聞いておりません。コウタ様のことは私、サンがお世話致します」

 ずいと前に出てオレを隠したサン。ミルカさんは困ったように首を傾げた。


「あのぅ、サン様には王都のメイド教育を受けるよう通達があったようで……。タイト様にご確認いただければ……。」


「えぇ?! そ、そんなぁ……」



▪️▪️▪️▪️



「……で? サンは泣く泣くイチマツに連れて行かれたんだ」

「うん、そう。サン、大丈夫かなぁ」


 オレはクライス兄さんの部屋でお片付けを手伝っている。

 夕方を過ぎて王宮から戻ってきたクライス兄さん。その部屋はモルケル村から持ってきた荷物が入らないほどに散らかっていて、明日からの学校の準備に支障があるから手伝って欲しいとオレが呼ばれたんだ。


「ねぇ、この骨は?」

「あぁ、それは古代ネズミの肋骨。隣の部屋の骨置き場に持って行って」


「この岩の塊は?」

「それは……、なんだっけ? ああ、古代遺産だと思って持ってきたけど、ただの石だったやつ。あっちの部屋の隅に置いておいて!」


・・・それって絶対いらないよね。


 そんなこんなで、明日の学校に持って行きたい古代遺産はまだまだ出てきそうもない。オレはふぁぁとあくびをする。だってそろそろ寝る時間だ。


「ごめん、ごめん。今日は一緒に寝る約束だったのに。でも当分片づきそうもないなぁ」

 頭を掻いて済まなそうに笑っているけど、綺麗な金髪がボッサボサ。勲章を貰った時のかっこいい兄さんはどこに行ったのだろう?


「いいよ。オレにはジロウとソラとプルちゃんがいる。今日から一人で寝るよ」

「そうかい? でもまだ慣れないだろう? まぁ何かあれば呼んでおくれよ。向かいの部屋だからね。間違えないでよ」



▪️▪️▪️▪️


 オレの部屋はクライス兄さんのお向かいの部屋だ。兄さんの部屋は裏庭に面していてバルコニー付きの窓がある。オレの部屋は通り側に面しているからバルコニーがないのが残念だ。でもとっても広いし、前庭がすぐ下にあって馬車が通るのが見えるんだよ。


 村と比べるとずいぶん大きい部屋は、中央に天蓋付きのこれもまた大きなベッドがある。ソファーに勉強机。絵本や図鑑でぎっちり埋められた本棚。柱時計までついていてとっても豪華だ。

 ベッドの下にお気に入りの毛布を敷けば、ほら、ジロウのベッドの出来上がり。龍爺に教えて貰った空間収納からソラのベッドを取り出して、枕の隣に置く。

 見上げれば青い空に白い雲が描かれた天蓋で、白く透き通った薄布がカーテンとしてひらひらと揺らめいている。オレはプルちゃんを枕にしてみんなにおやすみのあいさつをした。


「おやすみ、ジロウ。おやすみ、ソラ。おやすみ、プルちゃん」

 プルル応えるプルちゃんを枕に、オレはそっと瞼を閉じた。



ヒュウ、ピピ、ヒュウ、ピピ。

 聞きなれたソラの寝息が気になって、閉じかけた瞼がそっと開く。

プルルルル、プルルルル。

 いつもは心地いいプルちゃんの振動が、今日は頭を揺さぶってくる。

シュー、フンガ。ピュー、フンゴ。

 ジロウの鼻息でカーテンが揺れる。ゆらゆら、ゆらゆら、規則正しい寝息なのに揺らめきは不規則で薄白く発光するカーテンに不安が襲ってきた。


「ジロウ、ジロウ。ベッドが広すぎて、カーテンが揺れて怖い。オレの隣に来て」

 半分閉じた瞼から金の光を覗かせたジロウは面倒臭そうにベッドに乗るとくるんと丸まった。


シュー、フゴゴゴ。ピューフゴゴゴ。

 いつもは気にならないジロウの寝息で寝付けない。揺れるカーテンは相変わらず白く透明で、ベッドの半分は空いている。


「ソラ、ソラ。ベッドが広すぎて落ち着かないの。猛禽になれる? 猛禽の姿で寝てほしい」

『ん、ん? 困った甘えん坊さんね』


 ふわり白く発光して猛禽になったソラ。布団に潜り込んで一緒に寝てくれたけれど、残光がいつまでも目に焼き付いて、広がった白いカーテンをちかちかと照らす。プルちゃんの感触が頭を冷やし、オレの目はどんどん冴えていく。


チッ、チッ、チッ、チッ。


 村にはなかった大時計の秒針がくっきりと聞こえ、ひたひたと廊下を見回る足音、ガラゴロと外を通る馬車とおそらくランタンだろう光が天井を移動して、ドクンドクンとオレの鼓動が高まっていく。


 もう、駄目だ!


 きっとこのカーテンが怖い原因。オレは思い切ってカーテンを縛ることにした。そのためにはー---


「ライト」


 普段は声に出さないライトの呪文を唱え、光を最大に灯す。


カッー---


『きゃぁ、まぶしい』

 照らされた光にソラが驚いてパタタと飛び立った。

「ギャン!」

 滅多に鳴かないジロウもベッドから飛び出して、ブヒュンと猛禽のソラにぶつかった。

 プルルルル!


「あっ!」


ガタン、バキッ、ドゴゴ、ガコン!

ッピ!

 バキバキ、メキメキ、ドカンドガン!

ウォ!

ズズーーン! ドドーーン!

プルルルル!


「コ、コウタ? 」


「「 どうした? 」」

「「「 コウタ様! 大丈夫ですか? 」」」


 慌てて駆けつけた館の人々。


「 ぎゃぁ、なんだ、この光? 」

「 ま、まぶしい! コウタ、コウタはそこにいるか? 」

「「「 まぶしくて、何も見えません。賊でしょうか? 罠でしょうか? 」」」


 目を覆い、身もだえし、手探りでオレを探す人々。


「あ、あの、オレ。ここにいる。 ご、ごめんなさい」

「いいから、消せ! その明かりだ。く、くそう、まぶしくてなんも見えん」


 ディック様に言われて、ひゅんと明かりを消すと今度は真っ暗だ。


「馬鹿! いきなり消す奴があるか! ちょっとだ。ちょっと残せ」


 

 さっきのソラの残光同様、目をちかちかさせたディック様に首根っこを押さえられ、オレは顔をゆがませながらそっと小さな明かりを灯す。


 ふぅ、大事件だ。


「おやぁ? ()()()()()、これはどういうことかなぁ?」


 よく見ると湯に入っていたところだったろうディック様。腰に一枚のタオルを巻き付け、最高に不機嫌な顔をしてオレと目を合わせた。


 タタタと駆けてきたタイトさんにガウンを着せてもらい、再びオレと共に部屋を見回す。


 シュンと小さくうつむいたジロウ。プルプルと震えてジロウの頭にのっかったプルちゃん。


 その周囲にはバキバキに砕け散った天蓋とベットの柱。足元にはびりびりに破れた薄白いカーテンが巻き付いていた。ぐるぐると目を回した瑠璃色の鳥がお気に入りの毛布に横たわっていて、木片がそこかしこに飛び散っていた。


「わぁ、ソラ! 大丈夫? ごめんね 」

『ふぅ、コウタ。びっくりしたわ』


 ピピピ、チチチと身体を繕う青い小鳥に、ほっと胸をなでおろしす。



▪️▪️▪️▪️


「「「 はぁ? カーテンが怖かった? 」」」


 ことの顛末を正直に話したオレ。天蓋から下ろされたカーテンが怖いなんて恥ずかしかったけど、顔を真っ赤にして正直に言った。


「ごめんなさい」


 消え入るような謝罪の言葉に、サーシャ様がぎゅっと抱き寄せ、クライス兄さんがそっと髪を撫でてくれる。


「もう、だから呼んでって言ったのに」

「ごめんなさい」


「だからって、この惨事か? まぁコウタだから仕方ないっちゃ仕方ないか」

 ディック様は顔を引きつらせて、盛大に笑うのをこらえている顔だ。


 だってオレ、まだ四歳だもん。赤ちゃんみたいだけど怖いものは怖いんだもんしかたないでしょう?

 いつもならぷんと頬を膨らますところだけど、さすがに今回はやりすぎだと自覚があるから口を尖らせてうつむくことしかできなかった。


「あー、分かったか? みんな。これがコウタだ。いいか、目ぇ放すんじゃねぇぞ! やらかすときはこんな風に派手な奴だが・・・」

 ひょいとオレを担ぎ上げ、メイドさんや使用人さんたちに紹介するディック様。いつものようにニッと悪い顔をする。そして、薄茶の瞳いっぱいにオレを映し出すとちょっと伸びてきた髭にオレの頬を押し付けて誇らしげに笑って言った。


「 しかたねぇ、こいつもエンデアベルトだからな。俺の子だ。人外だから簡単に驚くんじゃねえぞ、ガハハハハ 」


 わしゃわしゃと漆黒の髪を撫で回す大きな手は、ゴツゴツとして痛くって、ガシガシと乱暴で、揺るがない頼もしさをくれたから、オレも一緒に大笑いしたんだ。


 


 

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