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115 お座り


 オットー・フリードリッヒ・フォン・ホフムング。


 王にしては穏やかで平和主義。家臣の意見を聞き、かつ受け入れるばかりではない男。

 二男一女に恵まれ、間もなく長男が跡を継ぎ、国としては益々繁栄を約束される安泰の時代を築く。


 程よくふくふくとした肢体に王冠がフィットする巻髪、蓄えた顎鬚。

 ただそこに立つだけでバイオリンの演奏が聞こえてくるような雰囲気、トランペットのファンファーレが限りなく似合う正に王たるに相応しき風貌。


 かたや、美しく櫛付けられたはずの癖毛は、一心不乱に肉を食べたことで見事に乱れ、幾重にも脂が飛び散っている。かろうじて残った編み込みが手入れをされた痕跡だ。

 顔の至る所に飛び散ったソース。貴族然とした勲章付きの上着は既に脱ぎ捨てられ、襟元のチーフはもはやスタイとしての役割を全うした跡である。


 ディック・エンデアベルト辺境伯。国の英雄と表された男であり、入都する際に布団を被って駄々をこねたその人である。



 王妃様による人払いでやっと近づけた二人。


「まぁディッ君、こっちに座って飲もうじゃないか。わしは昔話がしたいんじゃ」

「ケッ、胡散臭いやつだ。裏を言えってんだ」


「ん? 勲章の名前、随分悩んだんだが……。気に入らんのか?」

「あったり前ェだ。 何だありゃ、まんまじゃねぇか」


「そうかのぅ。だったらやっぱり、サ……」

「ワァーーーー、オッ、オッ君。最高だぜ。最高! ささっ飲もうぜ、飲もう」

 

 隣同士に座り、肩を寄せ合い、懐かしいと密談を始めた二人。王盾とされる護衛すら追い出したとあって「ディッ君」「オッ君」と互いに少年のような顔だ。 

 でも、もしかして、ディック様は弱みを握られているかのかも。


 ふふふ。なんだかんだと二人は仲良しだったんだね。オレはディック様が王様に襲い掛からなくて良かったとホッとした。


 

▪️▪️▪️▪️


 報告や事情聴取が残るディック様とクライス兄さんを王宮に残し、オレはサーシャ様と王都の家に帰ってきた。


 さあ、王都のお家だよ。どんなお家なんだろう。


 王宮から延びる豪華な吊り橋を渡って緩やかな坂を下る。お城のような大きな建物が幾つもあって、それが全部貴族のお家なんだって。


 しばらく坂を下るとぐるりと大通りから外れてまた坂を登る。塀の上から森のように木々が垣間見えてきた。色とりどりの花が咲き乱れる花壇に石畳の前庭を持つこぢんまりとした邸宅。

 彫刻が施された石柱の門をくぐり抜けるとカタンと馬車が停まった。着いた。


 大扉には稲妻を纏った剣に海の波が描かれたエンデアベルト家の紋章。

 扉の前にはずらり十数人のメイドさんや使用人さん達。ナンブルタルで見たのと同じ光景にどきりとする。


「サーシャ様、お疲れ様でした」

 馬車の扉をスマートに開けるタイトさん。あれ? さっき王宮で見たはずだったのに。


「コウタ様でいらっしゃいますね」

 確認するように手を伸ばすメイドさん。オレはこくんと頷いてサンを見上げてから手を伸ばす。


ーーーーヒィ、キャァ!!!!


 伸ばした手を引っ込めたメイドさん。オレは馬車から転げ落ちそうになった。続け様にガチャチャと金属音を鳴らした警備兵が走ってきた。


 何事?!


 狭い馬車からシュタと飛び降りたジロウ。プルルと身体を震わせ光を浴びたプルちゃん。


 オレより早く馬車を降りたから?


 剣に槍、ジロウとプルちゃんの周囲を兵達が取り囲んで緊張が走る。


「は、離れろ! 魔物め」

「いつの間に近づいた」


 後方の兵の杖が徐々に光を纏い、周囲から何かを集めているようだ。これって魔法?!


「だ、駄目! ジロウだよ! プルちゃんだよ! オレの、オレの従魔なの」

 甲冑を着た兵達の前に出てとめる。


「坊ちゃん、さぁ、こちらへ。急いで!」

「ウルフが怯んでいるうちに! 早く!!」


 オレの話なんて誰も聞いちゃいない。

オレは慌ててジロウの首に飛びついて、仲良しアピールだ。


「キャァ! コウタ様ぁ! 誰か、誰か」


 オレがジロウの首にぶら下がった途端、悲鳴が大きくなった。だから大丈夫だって見せているのに。


 ジロウはキョトンとしていたけど、オレが首根っこにぶら下がったものだから喜んで顔をベローン、ペロペロ。もう、くすぐったいなぁ。そんな場合じゃないんだけど。



ーーーーカッ

ーーーーーードドドドド、バッキキキキ


 詠唱を終えた魔法使いが杖を振りかざし、閃光と共に大きな氷槍を叩き込む。


 瞬時にソラのシールドがオレとサンとを包み、ジロウは美しい漆黒に光を反射させて軽々と身をかした。

 わぁ、怖い! オレに当たったらどうするの?!


「なっ?! 怯むな! 子を、坊ちゃんを守れ」


 ガチャガチャと金属音を激しくし、ジロウに向かって突進する兵。剣が飛び、槍が向かってくる。

 サンはオレを抱き抱えたまま馬車の前で腰を抜かしている。


ーーーージロウ! 駄目だ!


 グルルルル……


 珍しく低く喉を鳴らした唸り声にはオレは動けなくなった。そして、次の瞬間、ジロウの心の声が届く。えぇ?!


『遊んでくれるの?! うっれしーい』


「ワォオオオオオオオーーーー」

 シュタとひるがえし、光のもとにさらした肢体は、虹の艶を纏ってキラと輝く。

 

 ガキン! 

 向かってくる剣を弾き返しザクと爪を振るう。


 ヒュン、バキッ!

 飛んでくる槍に、突いてくる槍。だがどれもあっけなく折れていく。


 ダダン、ダダン!

 積み重なるように倒さ飛ばされる兵。キョトンと首を傾げ、振ってくる魔法をふわりと無効化したジロウはまじまじとオレの顔を見た。


『あれ? この人たち、遊んでるの? 違うの?』


「くっ、効かぬか。 誰か気を逸らせ! 俺が突っ込む」

「兵士長。無謀です!」

「止めるな! なんとしても坊ちゃんを!」


 盛り上がる兵士たち。

 だが、ジロウは首を傾げる。遊びにしては雰囲気がおかしい。遊びだったとしても、全然手応えがない。


 それもそうだろう。


 モルケル村での遊びは身体を張っての大乱闘。ガシガシ、ドカーンと結構な ” 戦闘“ が、皆の遊びとして繰り広げられていたのだから。相手は言わずと知れた人外の輩だ。


ーーーーカッ


 再び閃光が走り、周囲が真っ白に包まれた。

 ガッシと掴まれた浮遊感。ざわざわとした喧騒が、呆気に取られていたオレを現実に引き戻した。


「「やりました! 坊ちゃんは無事です」」

「よし、これで全力を出せる。 者どもいくぞ」

「「「「「 ハァツ 」」」」」


 星が舞う瞳をこじ開けると、オレとサンは兵士長らしき人に担がれ、ジロウの周りはぐるり、たくさんの甲冑に囲まれていた。


 ウハウハと尻尾を振るジロウ。駄目だったら、ジロウ!


「「「 全員、総攻撃ーーーー」」」


「ま、待ってぇ!」


 オレは、ブワリ猛禽になったソラに飛び乗り、兵士たちの前に踊り出た。


「みんな、お座り!」


ーーーーグァォ?

ーーーーえぇ?!


 瞬時に止まったグランに兵。


「もう、お座りったらお座り! みんな戦っちゃ駄目だ」


「オオン」

 シュタと背骨を伸ばし、会心のお座りで応える漆黒の狼。


「なっ? お座りとは……」

 戸惑う兵達。

 オレは必死で訴える。闘いを止めないと、このままじゃみんな、兵達が危ない。


「お座りったらお座り! ジロウも兵士さん達も戦っちゃ駄目」


 ふわりキラララ……


 あたりに金の魔力が注がれる。


「むっ?! なんと」

「体が勝手に?」

「どうなっている?」


 次々に兵士さん達がオレの前に傅き始めた。ああ、よかった! これでみんな戦えない。


 ホッと顔を上げると、馬車を囲むようにぐるり人だかり。兵士さんとジロウの戦いを何だ何だと見にきた人までみんなオレに向かって傅いている。


 これって……?


 大扉の向こう。やっぱりオレに向かって座り込んでいるサーシャ様が優しく冷たく微笑んでいた。


 どこに隠れていたのかプルルとオレの頭にジャンプしたプルちゃんだけがご機嫌だ。


「ご、ご、ごめんなさ〜い」



 

 



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