114 手紙
昼食は王妃様主催。
王家専用の庭園の中でいただくんだって。ソラがとっても楽しみにしているよ!だけどジロウとプルちゃんはお部屋でお留守番。ソラはペット扱いだけど、2匹は魔獣扱いだ。
「コウタ様、お手紙が……」
オレを呼びにきてくれたサンが、ドアの下に差し込んであった小さな封筒を渡してくれた。
わあ、お手紙なんて初めてだ! 誰がくれたんだろう?
封筒の面には黒髪の子供の絵。確かにオレ宛だ。妖精さん達かな? ワクワクして中身を取り出した。
二つに折り畳まれた紙の端っこにはオレンジ色で狼の絵。 うふふ、きっとニコルだ! 喜んで紙を開く。
ーーーー白紙?!
中身は何も書かれていない。おかしいな? 書くのを忘れちゃったの? それとも魔法?
オレは気になって光に透かしたり、手のひらで温めたり冷やしたりした。
「コウタ、何してるの?」
オレの動きに吹き出したクライス兄さん。 オレ、そんなに変な動きしていないよ。 紙をのぞいて今度は苦笑いだ。
「あー、そういう……。 まぁ分かるけど、これはねぇ……」
意味深だ。えっ? 兄さんは分かったの?
何だ何だとディック様とサーシャ様。手紙を覗いたディック様が真っ赤な顔で怒り出した。
「アイファの野郎!! 勘付きやがったな? おい、タイト! アイツらの首根っこ捕まえて引っ張ってこい! くっそう、自分ばっか逃げやがって」
どういうこと? 困った顔をしているサーシャ様に向かってこちんと首を傾げた。
「あのね、コウちゃん。オレンジ色の狼はニコルでしょう? 分かる?」
オレはこくりと大きく頷いた。
「ニコルがここに手紙を置いたってことは、アイちゃんたちは王都に、つまりここまで来ているってこと」
ここまで……?
眉尻を下げ、目配せするサーシャ様。 えっとここまでって、お城の中のオレたちの部屋の前まで? それってそれって……。
ーーーーフガッ!!
不法侵入。思わず言いそうになったオレの口をタイトさんがサッと塞いだ。
「ご内密に」
小さく囁かれ、心臓を高ならせながらブンブンと首を縦に振る。
「そうそう。中が白紙だろう? 何も無し。 つまり、何もするな、こちらも何もしない。そういうこと」
「何もするな? 何もしない? 」
やっぱり分からず瞳を合わせるとクライス兄さんが含み笑い。小さな声で教えてくれた。
「僕たちが王宮にいることは分かってる。兄さんたちも王都に入ったから心配するな。ほとぼりが覚めたら顔を出すから、面倒なことに巻き込むな。探すなよ、声をかけるなよ、自由にさせてもらうぜってこと」
えっ、えっ、えーーーーーー?!
確かに。アイファ兄さんはディック様と似ているから、堅苦しいのはごめんだって嫌がるのは分かるけど。王都のお家にも帰ってこないのかな?
▪️▪️▪️▪️
「さあ、皆様、召し上がれ」
麗らかな日差しの中、見渡す限りの美しい花々が咲き誇る庭園。その中央に置かれた大きなテーブルの一席にオレ達はいる。
遥か彼方向こうに見える塀には、おそらく近衛兵達がこちらの様子を伺っていることだろう。
空にはシールドが張られていて、まるで鳥籠の中にいるようだとソラが不満を訴えた。
中央に鎮座した王様と王妃様。
昼食会は面倒な挨拶が要らないように、多少お行儀が悪くても気にしなくていいように庭園で行われた。
王様と王妃様、そしてオレ達だけの少人数。何を警戒しているのか、されているのか厳重な警備だ。
王宮にはもうすぐ王位を継ぐ王子様と王女様も住んでいるのだけれど、万が一のためにここにはいないらしい。
万が一の事態とは? “連行” 、“軟禁”という言葉がよぎるのはオレだけだろうか?
王妃様主催の昼食会。オレ、すっごく期待したんだ。だって王妃様だよ。王様の奥さんだよ。宮廷料理だよ。見て! このテーブルの料理たち。
様々な種類のチーズが薄く切って並べられ、その隣には小皿に入ったナッツとドライフルーツ。
大きな葉野菜がそのままのサラダは、薄いニンジンがかろうじて色を演出しているだけ。確かに数種類の葉っぱが入っているけど、緑の世界。
数種類の肉がゴロゴロ入ったスープはもはや肉の煮物だし、あとは肉塊ステーキ数種類、肉のスライス数種類、丸ごと肉のロースト数種類、半身の塩漬け肉の香草焼き数種類。腸詰は大中小、特大、超長。
もちろんカラフルなソースや溶かしたチーズをかけて食べるのだけれど、肉肉肉肉、茶、茶、茶のオンパレード。
デザートのフルーツだけが彩り豊かで美しく盛り付けられていた。だけど細工の美しさや食べやすさはショットさんの方が数段上だ。
なんか、なんか……。
オレは山で母様と王様をもてなした時のことを思い出した。
数日前から魔物の骨を煮てスープを取り、たくさんの根菜を裏漉して作ったポタージュスープ。彩りにカラフルな豆を砕いて乗せればアクセントも色彩もバッチリだ。
透けるほどに薄く切った大根の間に入れるのはトマトチーズ。葉野菜と卵黄の塩漬け。塩漬けハムとりんごのコンポート。
透けるほどに上品で、パリリと瑞々しい大根かと思えば酸味に甘味、いろんな味が楽しめて美味しくて楽しい前菜に。
葉野菜のサラダは食べやすく千切り、ニンジンの酢漬け、ドライトマトと生のトマト、歯ごたえのあるキュウリや根菜の薄切り、ベビーコーンにカリカリのオニオン、そしてクルトン。
マヨネーズソースと粉チーズをふりかけてどこを食べても味も食感も違うように工夫した。
ミンチ肉を焼いたハンバーグはカリリと焼き目をつけて塩胡椒で。たっぷりの香味野菜で作ったブラウンソースは煮込みハンバーグ。小さく作ったハンバーグは野菜と一緒にピックに刺して。
お腹に合わせて大きさも味も変化をつけたよ。
茹でた野菜やパンを串に刺し、チーズに浸したチーズフォンデュ。
野菜とステーキを挟んだサンドウィッチ。一口おにぎりには焼き魚や梅干し、カリカリの海藻を入れて。
山菜の天ぷらも卵で作ったお豆腐も、お醤油や胡麻、ナッツで和えたお野菜も、食べやすさや美しさ、器までこだわった。
数々のデザートはキラキラ光って、クリームが優しさを、コーヒーがほろ苦さを演出して、来てくれてありがとうの気持ちを伝えたんだよ。
そう、お料理はおもてなしの心を綴った手紙のよう。丁寧に愛情深く、細部まで相手を思って。
油でギトギトしたスープにスプーンを入れ、べっとしたい気持ちに蓋をした。
ディック様はいつものことだけど、サーシャ様はこれでいいの?
サラダの葉っぱが大きくて口からはみ出させながら、顔を上げた。困ったように眉尻を下げたサーシャ様。
『エンデアベルトのお料理は美味しいでしょ? うちは特別なの』
後で聞いたことだけど、この肉肉祭りの原因はアイファ兄さんにあるらしい。砦の有志一行が王都でも名を馳せたのは頷ける。そして王様の目に留まったことも。どうやらその時に肉、肉、肉と肉ばかり欲したそうだ。
うん、よかった。これが最上の料理でなくて。もてなしでなくて。
確かにディック様はこの肉肉肉メニューで満足なんだもの。ディック様の食欲の機嫌を損ねれば、万が一の事態だってあり得るかも。ある意味正解だ。
よし、帰ったら美味しい料理を作ってもらおう。山で母様達と作った、とっておきの料理。覚えているところだけでも料理長に伝えて、みんなに食べてもらうんだ。
そう決意するとホッと心が軽くなった。
ひとしきり食い尽くしたディック様がサッと席を立ち、王様の近くに歩み寄った。
カチャカチャ、ガッチャン。
テーブルの下から、花壇の陰から、遠くの門からわんさと衛兵が出てきて王様を取り囲んだ。
そうか、やっぱり……。 この警戒はディック様に対してだ。
「で? 目的は何だ?」
睨みを効かせたディック様が言うと、衛兵達の剣先がぶるると震えた。
「あいかわらずよのぅ。そんなに怒るなって。 ディッ君」
「「「「 ディッ君?!」」」」
一堂で顔を見合わせる。
「ケッ、裏を出さねぇオッ君のが気持ち悪りぃんだよ」
「「「「 オッ君?! 」」」」
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