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113 盛大な勘違い


 甲冑を身に付けた騎士達に連れて来られたのはどう見ても玉座に繋がる大扉。


 調度品や柱、廊下の床でさえさすが王宮、一級品ではあるが、この扉は群を抜いて豪華絢爛。この先に王が鎮座していることは間違いない。


 ここまで来ても嫌がって不貞腐れ、隙あらば逃亡を図る辺境の領主。妻がガッチリと腕を組み、執事が逃げ道を塞ぎ、騎士達が周囲を取り囲む。


 『連行』

 思わず浮かんだ言葉をプルプルと首を振って消し去る。


 大丈夫なはず。だってオレ達、悪いことはしていない。昨日だって勲章を貰ったのだから。あの歓喜のパレードが嘘だったなんて思えない。


 そう、タイトさんは確かに謁見って言った。オレの勘違いでなければ、謁見は王様に会うこと。捕まることではない筈だ。




 ギギギと重厚な音を響かせて扉が開いた。

 ガツン!

 鈍い音をさせて頭を抑えられたディック様。今度はカッコよく傅くことができたオレ。しばし頭を下げれば、前に来いという合図。静々と王の御前に行く。


 得意の、いや、やっと来るべき時が来た挨拶を完璧にこなして、玉座に座る王様と王妃様をまじまじと見た。



 左右には大臣なのか神官なのか兵長なのか、列を作ってオレ達を迎えてくれていた。


「其方の予定に合わせたのじゃ。まず王に礼を尽くすべきでは?」

 大臣らしき1人がこちらを睨みながら言った。ディック様は明後日の方を向き、無視を決め込む。



「まあ良い良い。奴はこうしてここにおる。それでよい。楽にせよ」

 王は嬉しそうにディック様を見つめ、蓄えた口髭を撫でていた。


 王様の御前にずいと赴き、うやうやしく礼をしたのはクライス兄さん。側近の人に発言を求めて許可を貰う。さすが、エンデアベルト家の貴族人だ。



「陛下、昨晩よりのパレード・受勲をはじめ、手厚いもてなし、ありがとう存じます。ですが、我々にとっては盛大なもてなしという名の拉致監禁同様の所業でございます。どうか説明をお願いいたします」


 眉尻を下げ、愉快そうにふぁふぁと笑う王様を横目に一番偉そうな大臣が勿体ぶって答えた。


「卿が王都に来たからだ。久しく王都に顔を出さぬ男が来たとなれば絶好の機会。今までの貯金を使い切ったまで。文句は言わさぬ」

「それはどのような……?」


「チッ……フガッ! 」


 舌打ちをしたディック様の口に胸元のたなびいていたチーフを突っ込んだタイトさん。

 未だに訳がわからないオレ達に、長々とことの経緯を説明してくれたのは、王の盾となる若き男。その目は憧れに満ちて輝いていた。




 ディック様が敵国の兵を退けた時から幾度となくその武勲を讃えたいと王は申し出たそうだ。だが堅苦しいのは嫌だと断られた。

 エンデアベルト家には先代からの “領土自治の盟約” があり、基本的に王宮は手を出せない。ディック様にとっては領地にいさえすれば手を出されない。


 だからと言って偉大なる成果を上げた者に何の褒美も賞賛も無しとは、王の威厳が許さない。

 代理をたてよう、王族が出向こうなど、様々な方法を打診をするも、全て拒否されてきた。


 その間にも、ドラゴンとの死闘や盗賊団の壊滅、軍を率いるような魔物でもあっという間に討伐してしまうという噂。功績はどんどん積み上げられた。



 ただの面倒くさがりなのだ。

 ただの討伐狂なのだ。


 だが、謙虚な英雄、最強の男、現代の勇者など、会ったことのない者の妄想によって人物像が脚色されていく。


 そこにクライス兄さんの王子様キャラと有能さ、サーシャ様の美しさや社交力が加わった。あの素晴らしき人々を生み出した家系だ。まだ見ぬ英雄はなんと謙虚なことか! ああ、一目会いたいものだ! 王都の人にとってディック様は憧れのスター的存在になってしまった。


 王宮にとって、いや、王都にとって待ちにまった英雄の帰還。


 ランドから冬の魔物討伐に関わる報告書に「領主が直接報告する」の一文を見つけた担当者達が湧き上がった。本当に英雄が帰還するのか、半信半疑でその動向を探る。


 道中では間違いないディックだろうと思われる冒険譚(全て暇つぶしとコウタの気を引くため)が確認され、この機会を逃すまじと綿密な計画が練られたそうだ。そして追い討ちをかけるようなミツクビガメの討伐。


 事前に打診をしたら謙虚な英雄殿は気を遣う。もしかしたら姿を暗ますかも知れない。なんなら手柄を国兵に譲ると辞退されては申し訳ない。英雄殿が王都を目前に撤退するなどとはあってはならないことで、万が一にもそれが発覚すれば王宮の地位は失墜必死!

 だからこそ、強引に策を打ったのも頷ける。今朝の食事後の火急的速やかな謁見も、かろうじて話くらいさせて欲しいとの最大の譲歩であった。


 オレ達は目つき悪くプイとそっぽを向いている大きな子供をチラと見て盛大なため息をついたのだった。





「陛下、父は災害級の魔物を討伐したことでまだ気が高ぶっておりますゆえ、失礼な態度、どうかお許しいただきたい」

 改めて王の前に傅き、洗礼された所作で兄さんが言った。ナイスフォローだ。



「良い良い。こうして英雄を前にして我も興奮しておる。強き者にはその流儀もあろう。不問とするゆえ、楽に申せ」

「「「なっ……、陛下! 」」」


 あからさまに不機嫌な目付きで王様を制した大臣達。


 うん、この雰囲気。ディック様でなくても嫌だよ。オレはジロウにぎゅっとしがみつく。ペロリと頬を舐めたジロウ。ありがとう、落ち着くよ。




「さて、其方にはまだまだ勲章を与えてやりたい所じゃが、一度にいくつも、という訳にはいかんでな。褒美という形で許せ」

 王様はニヤニヤしながら大臣達の顔色を伺った。王妃様と王盾(おうじゅん)の男だけがにこにこと穏やかに微笑んでいる。


「そうじゃな、ナンブルタルの不正を暴いたのもお前達じゃし、領地拡大はどうじゃ?」

「陛下、あそこには我が国自慢の海軍の拠点、そして南方の貿易港でもありますぞ! そこを暴、いや卿に明け渡すのですか?」


 ん? 今暴君って言いかけた? オレはキョトンとサーシャ様を見上げるとふふふと含み笑いで返された。


「「要らん」」

(領地がデカくなったら仕事が増えるじゃねぇか)

(増えた仕事は僕がやることになる。古代学を研究する時間が削られるなんて許せません)


 二人の即答に王様は眉をしかめ、大臣達はふうと汗を拭いた。


「なんと、謙虚な! では……、私兵を王宮付の特別待遇に置くのはどうじゃ? 予算をつけよう」


「「辞退申し上げます」」

(冗談じゃない。これ以上、父上に兵と遊ばれたんじゃ僕の仕事が増えるだけだ)

(冗談じゃない。私兵の待遇が上がったら面倒くせえに決まってる。それに俺が狩る魔物が減っちまったらつまらねぇ)


「これも駄目か? 欲が無いのう。軍費だけでも数倍は予算がつくが……」

 残念そうな王をよそに、領の力がつきすぎることを恐れた大臣があからさまに頬を緩めた。


「では金一封じゃな。白金貨、どの程度が相応しいかの?」

 周囲の大臣達をぐるりと見渡す。功績に見合った金額を出せとの含みに、サッと顔を青くする。


 例えば、敵国の撃退。

 普通に戦になれば金額は計り知れない。しかもその撃退があってこそ敵国は恐れをなし、国の西側の広範囲に渡って手を出すことができないでいる。もしあの功績がなければ、西側にかける軍事費は相当だ。それが十数年分となれば計算できるものではない。


 例えば先のミツクビガメ。

 対峙した冒険者達が足止めすらできなかった魔物。街を襲われたらワイバーン部隊が来ようとも半壊は免れないだろう。いや、未知なる魔物だ。ワイバーン部隊でも撃退までにどれほどかかることか。怪我人の数も計り知れない。それに対しての報奨金。国家予算のいくら分か?


 報奨金。

 前例はある。だが、あまりにも多すぎる功績に幾つ積み上げるべきか。相場があるだけに過小評価はできぬが正当な評価もできぬ。下手に口火を切って、高いだ安いだ、叩き台にされるのもプライドが許さない。


 大臣達は一様に顔色を伺い口を閉ざした。だが、思わぬ一言で救われる。


「要らん」

「辞退申し上げます」


(ただでさえ領の収入が増えていて面倒くせえんだ。余分な金が増えりゃセガが仕事を増やすに決まってる)

(父上達がお金の管理ができるとは思えません。困った挙句に僕が管理すること必死。古代学研究の邪魔です)


「ふふふ」

 サーシャ様が思わず笑みを漏らす。緊迫した雰囲気が一気に和らいだ。そしてーーーー


「陛下、お心遣い痛み入ります。せっかくですので私からお願いしたら、はしたないでしょうか?」


 ポッと頬を赤らめて目を逸らすその仕草に、大臣達がおおと唸る。彼女なれば無茶な要求はしない。よい落とし所を見つけてくれるだろうと。


 ニッコリ笑った瞳の奥がひんやり冷えたと感じたのはオレだけだろうか?

 瞬時に目を逸らし、ジロウをぎゅうと抱きしめる。



「他言無用でお願いします」

 人差し指を淡いピンクの唇に添え、上目遣いで一人一人と目を合わした。


「魔物の飼育。これに許可を頂きたいですわ。もちろん種族限定ですが」

「な、何と。魔物とは? まさか……?!」


 驚きざわめく面々に、笑わない瞳がサッと色を変える。


「ブルの飼育に於いて、功績を上げている領もございますでしょう? 我が領も順調に飼育実績を重ねております。此度はスライムについて飼育許可をいただきたく存じます」


「ス、スライム……?」

「「「「ぷ、ぷぷぷ、ふふふふ、ギャハハハ」」」」


 何の魔物かと構えた大臣達はスライムと聞いて一様に笑い出した。プルちゃんがオレの頭の上でブルブルと怒って震えている。


 サーシャ様が冷ややかな瞳を艶めかせて両手を広げると、慌てた大臣達がこほんと咳払いをして姿勢を正した。


「ええ、スライムです。この子がこのスライムにとても気に入られまして。共に暮らすうちに有用性に気づきましたの。クライスも間もなく学業を終えますし、うちで研究の許可をいただきたいわ」


 オレをそっと前に出し、威圧をかけながらふふと笑みをこぼすサーシャ様に、王様は頷いて簡単に許可をくれた。


 サーシャ様はその流れで、安全を確保する前提だと付け加えて、エンデアベルト地方限定、魔物や動物の飼育を独断で研究できる許可、研究を共有する際の主導権を勝ち取った。

 

 そして改めて領地自治の盟約を確認しつつ、身分保護の盟約(王様がエンデアベルト家に役職や立場、結婚などを強要できない)まで取り付けてしまった。

 さすが、サーシャ様だ。


 様々な思惑と盛大な勘違いが交錯した謁見は、満足げなサーシャ様と最後まで不貞腐れたディック様、とりあえず大事には至らなかったと肩を撫で下ろす大臣達、そしてスライム飼育の許可に喜ぶオレとプルちゃんのニンマリ笑顔で無事に終わりを告げたのだった。





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