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110 駄々っ子


「嫌だ! 絶対ェ嫌だ! 無理だ」


 王都の城門の前で盛大に駄々を捏ねているのはディック様。


 王都はこの国で一番大きな街だ。王都の北側、モルケル村以上の絶壁と連なる山々を背にして王城があり、その下に貴族街、平民の富裕層街、商業区に平民街、平民街の奥に広がる農地や職人街と明確に区分けされている。

 そして魔物から民を守る目的で堅強な城門が王都の外周をぐるり覆うように築かれている。


 昨晩、ミツクビガメという未知なる魔物を倒したディック様とクライス兄さん。何事もなかったかの様に宿で過ごし、ここまで(王都に入るための検問所)来たのはいいが、チラと見えてしまった騎士たちの姿に恐れ慄いている。


「ディック様、貴族みたいにするのが嫌なの? でも、ディック様も貴族だよ?」

 普段よりちょっと豪奢な服に身を包み、よそ行きモードで聞いてみた。


 艶やかな金髪をゆったり美しく結い上げたサーシャ様に髪を櫛付けられ、サンに無精髭を剃られ、クライス兄さんに幾つもの勲章のついた上着に袖を通されようとしているが、頑なに身支度を整えることを拒否している。


 ほらほら、そんなに暴れるからクライス兄さんの鼻が潰された。顎も切れちゃって流血だ。サンが慌ててカミソリを放り投げたよ。仕方がないからオレが回復魔法で傷を治し、両袖を通したらオレが抱っこになるポジションについてヨレヨレシャツでの入都を回避したところだ。


 王都は国の中枢だけあってひっきりなしの出入りがある。冒険者たちは早朝から依頼に出向き、夕方には獲物を持って帰還する。仕入れも販売も活発に商人が行き交い、吟遊詩人が成功を夢見て立ち寄る。貧しき民らが城壁の下で物乞いをし無法者が金持ちを物色する。


 遺跡街カスティルムをゆったりと出立したオレ達は夕焼けを背に城門に並んだ。貴族の本邸が多くあるが故に貴族用の列は長く、狭い馬車でダラリと壁に足を投げ出してくつろいでいれば、紋章を見つけたであろう騎士が御者に二言三言、先触れのように声をかけた。


 そして、オレでもやらない駄々をこね、今に至る。


ーーーー 帰る、戻る、転移させろ!


 サーシャ様の氷の微笑が炸裂し、半強制的に馬車の中で着替えさせる。ちなみにサーシャ様は朝から王都仕様の麗しスタイルだった。

 それでもいつまでも嫌だ、無理だと繰り返し、オレが持って来た布団を頭から被ってぶつぶつと言い始める。


 一体何が嫌なの? そもそも愛する息子と妻と離れ離れになっても仕方がないと思うほどにここに居たくない理由とは……?


 ガラガラと馬車が大きく動き、いよいよオレ達の審査の番だ。馬車についた紋章で家名は十分知られているため、中の人員に不審者が居ないかを見るだけなのだが、どう見ても不審者が一人。


 クライス兄さんが絹糸の様な金髪を耳にかけて残念そうに苦笑する。憲兵さんは敬礼をしつつチラと中を覗いただけで、あっという間に通過の許可が出た。


 早く行けという、ディック様の合図と共に走りはじめた馬車が、ゆっくり止まる。あれ?


ーーーーガッチャッ!


 突然、馬車の扉が開けられて何人もの甲冑を見に纏った騎士がオレ達を羽交締めして連行する。


「ディッ、ディックさまー、ク、クライス……兄さん」


 ガシャンガシャンと鳴り響く金属音。

 手足を持たれてオレの身体はバラバラに引きちぎられそうだ。


 ソラ、ソラ、どこにいるの? 

 助けて! 嫌だ! 怖い!


 ジュンと潤んだ瞳にパタパタと粉がかけられ、ぐしゅんぐしゅんとくしゃみが止まらない。ぎゅっと閉じた目が開けられなくて、視界はずっと真っ暗だ。シュルルと紐で首を縛られ、コンコンと咳きこむ。今度はしゅるんと緩められた紐があっちもこっちもぎゅむと縛られてパタタと頭の向きを固定してしまう。


 気がつけば服を脱がされたオレは肌着一枚。あっという間に数多の手が伸びてきて、右に左に上に下にと矢継ぎ早に身体を捻られ伸ばされ、小さな指一本だって自由にさせてはもらえない。


 靴を脱がされれば、足の裏を大きな鳥の羽でふうふうと擦られる。長いタイツと重いブーツで拘束されたかと思えば、スポンと軽快な音を立てて脱がされ、今度はぎゅうぎゅうと細い紐で締め付けられた。


 数分なのか数時間なのか。あまりの勢いにされるがままでいるしかないオレは、漆黒の瞳をグシュグシュと濡らし、転移で逃げる気力すら奪われてサンに抱かれている。


「なっ? だから帰るって言ったんだよ」

 後ろから聞こえる低い声。


 絶対的な安心感のある大好きな声に振り向けば、真っ赤なマントを羽織って、どこぞの兵かと見紛うばかりの上等な防具を身につけたお貴族様が背中を丸めて歩いてきた。

 ボサボサだった髪はぴっちりと櫛付けられていて、一つにまとめられている。オールバックの前髪に遊び毛が大人の色っ気を醸し出し、声さえ聴かなければ全くの別人だ。


 驚きであんぐり口を開けて見惚れていると、一層の美しさを増したサーシャ様とクライス兄さんが現れた。


「う、う、う、ごわがっだよ〜」

 ポロポロと涙を溢し、手を伸ばせばクライス兄さんがよしよしと抱きとめてくれた。


 ディック様に負けない装備の騎士様に先導されてついていけば、立派な装飾の白い馬が繋がれた屋根のない豪奢な馬車に乗せられた。


 片手を挙げた騎士様の合図でファンファーレが耳をつんざく。


 近い! うるさい!


 あまりの音量にびくりと飛び上がる。

 

 ザッザッ、ザッザッ。


 一体どこに居たのだろう?

 行進曲に乗せてたくさんの甲冑を着た騎士達が隊列を組んで歩き出した。すごい迫力だ。

 その後に続く騎馬隊に音楽隊。そしてオレ達の馬車。後続にも音楽隊や騎士達が控え、馬車が進めば進むだけ、籠を持った女性達がふわりふわりと花びらや紙吹雪を飛ばす。


 これはもしや、パレードというものじゃないだろうか? よく見ればオレもスーパー豪華に飾りつけられた王子様スタイルで、ジロウまでもが金糸でかがられた真紅のリボンを付けている。ソラだって瑠璃色の羽の間に白金の細いリボンを幾重にも垂らし、まるでソラそのものがプレゼントになってしまったみたい。


 ディック様は終始腕を組んで嫌そうな顔をしている。うん、これは嫌だ。 


 どうしてこんなことになっているのだろう。オレは馬車に乗せられたソラとジロウにしがみついて涙目だ。プルちゃんだけはありのままの姿で、オレの頭につけられた大きなリボンの間で鎮座する。


 サーシャ様とクライス兄さんは随分と余裕があるのか沿道で手を振る人々に向かってにこやかに手を振っている。


 夜の帳が下りてきて、辺りはすっかり闇に向かっていく。観衆が各々ランタンやライトの魔法で灯りをつける。


 ボッ、ボッ、ボッ、ボッ。


 セントの街で見た幻想的な色とりどりの明かりがここ王都でも再現され、人々は歓声を上げる。ふいと空を見上げても眩しすぎる明かりでただの闇にしか見えない。ここはこんなに明るいのに。



 商業区の一番奥、開けた広場はサースポートのそれの何倍か? 隊列を組んだ音楽隊とオレ達の馬車を追い越して一層豪奢な馬車が最奥に進み出でる。

 数人の明らかな上位騎士に守られた一際豪華な衣装、中央に魔石をあしらった輝く杖、そしてたくさんの宝石に彩られた冠を付けるその人は紛れもない王様だ。

 いつの間にか設られた高台の階段を、今まさに敷かれている赤絨毯の上を、長いマントを引きずって歩いていく姿に人々が顔を高揚させて騒めいた。


ーーカツン


 杖を振って玉座に腰を下ろした王様に、側近だろうか、お年を召した司祭帽の老人がしわがれた、だが不思議と通る声を発した。


(こうべ)を垂れよ」


ーーーーハハッ


 威厳なのか雰囲気なのか、とりどりの明かりが浮き上がる舞台は荘厳で、ただそこにいる王に対してひれ伏し傅くことは自然な所作であろうと感じた。


 随分前、確かに山の暮らしで幾度と王に会い、抱き上げてもらった経験すらあるオレ。ごく自然な所作でできる筈だった。いや、できて当然なのだけど、さっきの出来事で盛大に混乱しているためか、無様にも椅子から転げ落ち土下座のようにひれ伏すのだった。

 





 

 

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