108 遺跡街カスティルム
「おお、何事もなく着いたぞ」
カスティルムに着くなり感慨深げにディック様が言った。サーシャ様もクライス兄さんも無言で頷く。それって、オレがやらかす前提でしょ? そんなに毎回やらかさないから。
セントを出て3日。オレ達はアイファ兄さん達と別れてこの街まで来た。
途中、退屈したディック様が嫌がる御者さんから仕事を横取りし、慣れない馬車の中で御者さんがフリーズしたり、盗賊を見つけたディック様が面白いからと私兵を引き連れて拠点を襲ったり、ジャイアントビーを見つけてハチミツを獲ったり、ビッグスースを狙うオオトカゲと素手で格闘したり。
オレよりずっとやらかしているんじゃないかとじっとりとした目を送たけれど、サーシャ様に言わせれば随分自重してるんだそうだ。
遺跡街カスティルムは、その名の通り巨大遺跡が発展してできた街だ。至る所に古い建物の跡が残り、発掘物のお店なんかもたくさんあって古いんだか新しいんだか、色々なものがごちゃごちゃとして混沌としている。街の周辺にも幾つも遺跡が残されていて、ダンジョン化している場所も多く、冒険者や研究者で溢れている。
古代学を研究しているクライス兄さんにとっては堪らなく魅力的な場所のようで、街に着くなりあっという間にお気に入りの遺跡に直行してしまった。
「久しぶりの宿だからな。今日はゆっくり飲み明かすぜ」
この街から王都までは約一日。国の中枢に比較的近いからか町中の道がきちんと整備されていて宿の前まで馬車で行ける。
夕方にはやや早い時刻。ディック様は早々に宿に入ったけれど、サーシャ様とオレはぶらり街を歩く。ジロウにフォルテさん、サンもついて来てくれるから安心だ。
賑わいはサースポートのよう。だけど埃や汚れが目立つのはさすが遺跡街。欠けた茶碗に毛の抜けたほうき、ひびが入った杖なんかは何に使うのだろう。道端の絨毯の上に広げられた商品に首を傾げる。
そんな中、夕焼けの光を反射させた石がオレを呼んだ。うん、声はない。でもね、確かに呼んだんだ。
古い木造の商店は木台にカラフルな布が敷かれ、その上にツルツルの石が幾つも並ぶ。ローズピンクにミルキーブルー、半分が透明な水晶だったり、中に水球が入っていたり。宝石とは呼べないけれどオレが加工する石達みたい。
魔石の付いた指輪やネックレスはオレの魔力に反応してしまうから近寄れない。でもオレを呼んだ石には覚えがある。
オレの手にすっぽり収まる大きさのそれは一段高いふかふかのクッションの上に飾られている。
魔石のようなクリアに光を放つ赤い石の周囲に白い半透明の水晶が巻きついたもの。父様の誕生日に母様と加工した石とそっくり。ひっくり返すとベリーミルクのような色合いで、だからこそ穴を開けずに石のまま渡した……。
あの石……? 確認したくても今のオレに買えるはずもなく、心惹かれながらも店を後にする。
ニコルのトリを誘って来たのはソラだった。猛禽は夜目で薄暗くなると飛べなくなる。ギリギリの時間にトリを見つけて宿まで連れて来てくれたんだ。
アイファ兄さん達とは明日の朝、合流することになっていたのだけれど、2日ほど遅れるから先に王都に入って欲しいとの連絡だ。護衛の必要がないからとキールさんの希望で行き先を追加していた兄さん達。用事に時間がかかるのと幾つかの依頼を受けてしまったようだ。
ちっとも帰ってこないクライス兄さんに腹を立てつつ、宿で夕食をとる。ディック様を止める人がいないから既にベロベロだ。王都に近いだけあってここの料理はソースが美味しい。赤、黄、緑、贅沢なオイルを使った芸術のような逸品はお腹にもたれるけどとっても美味しい。
ーーーーズズズ、ガタタタタ。
小さな地響きがテーブルを揺らす。この感じ、サースポートで体験した崩落を思い出す。ディック様の片手がオレに、もう片方の手が剣に伸びる。
ーーーーズズズ、ガタタタタ。
音が消えたと思えば、またすぐに鳴る。地面の崩落というよりは何か巨大なものが這いずる振動?
「デケェな……」
何が? 見たこともないディック様の表情だ。オレの襟首を掴んで持ち上げるとポシュンとサーシャ様の胸元に投げ入れた。
「放すなよ? 面倒だ」
サーシャ様が無言で頷き、シュルシュルとソラちゃん印の抱っこ紐でオレをくくりつけた。
街の中央の小高い丘にある貴族の宿。一歩外に出れば街や遺跡を見下ろせる。剣を片手に扉を蹴り破ったディック様は外に向かってゆっくりと歩き出した。
ざわめきが悲鳴となって耳をつん裂く。
逃げ惑う人々に憲兵や冒険者らが落ち着くように、対門へ走るようにと誘導する。篝火に魔法で浮かべた明かりが街を照らし、逃げ惑う人々を映し出していて、長く伸びた影がオレを攫っていきそうで怖い。ぎゅうとサーシャ様にしがみついたけど、サーシャ様はいつも通り柔らかな笑みで答える。
「遺跡のボスが出て来てしまったのかしら。大丈夫。あの人が行ったから。私に来いと言わなかったでしょう?」
そのままストンと椅子に腰掛けてオレを抱きながら食事を再開した。オレは何がなんだか事態が飲み込めない。
「あんた達、逃げてくだせぃ。魔獣が、とんでもない魔獣が向かってくる。ここも危ない」
宿の主人が逃げながらオレ達を誘う。でもサーシャ様は平気な顔だ。
「この子が怯えるわ。私たちのことはお構いなく。でも、あなたは逃げた方がいいわね。お先にどうぞ」
上品にナプキンで口を拭って笑顔を見せる。宿の主人は口をあんぐり開けて一瞬固まったけど、ぺこりと頭を下げて走っていった。
サンもフォルテさんも私兵さん達もオレ達を囲んで厳戒態勢なのにジロウものんびりしてる。ということは、ここは大丈夫ということだろうか? ディック様が行ったから? そもそも魔獣ってどんなの? 落ち着けば好奇心がどんどん膨らんできた。
そんなオレをチラッと見て、上品なロースト肉をオレの口に押し込んだサーシャ様。 もう、みんなしてすぐにオレの口に物を突っ込むんだから! フガフガと憤るオレを見て、くすくすと笑ったサンが果実水を注いでくれた。
とりあえず満足する程に食事を終えるとサーシャ様が外に連れ出してくれた。気になるでしょうと。だけど絶対に転移をしたり魔法を使ったりしないようにと念押しをされる。ここは王都に一番近い街。オレの力が知られるのはどうしても避けたいということだ。
オレだって王様に取り込まれたり、研究材料として見張られたりするのは嫌だ。穏やかな辺境スローライフを獲得するには今が肝心。その代わり、何が起きているか、オレが怖くなければちゃんと見せてくれるって!
そうそう、念のためにとプルちゃんはフォルテさんが預かって、ジロウはオレに報告できるようにディック様の元に行ってもらった。
今日もありがとうございます。