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107 兄さん



 ピピピピ!

 まだ夜が明けきらぬ薄空の時刻。ソラが外に出せと催促だ。 

 今日も王都に移動するから、ソラなんて一日中外にいられるのに。


 ぼんやりとした思考で身体を起こすとオレを抱いていたクライス兄さんがううんと身じろぐ。起こしちゃ駄目だ。オレがいつもしてもらうようにトントンとリズムよく肩をたたけば、枕を抱いてフニフニと夢の中。


 キー、ガタン。


 きしんだ窓枠は重く、だけどソラ一羽分の空間は何とか開いた。ピピと羽を動かし、グンと飛び立ったソラは旋回して窓を突き抜け、オレの頬にチュッとキスをした。ふふふ。そうだった。ソラは不思議な神鳥だから、その気になれば窓なんてすり抜けられる。魔力のシールドは壊さなければ通れないけど、薄いもの、透明で先が見通せるものは抜けられるらしい。じゃあどうしてオレを起こしたの?


 背後から伸びた手が、シャッとカーテンを開いた。渓谷の山が灰色を帯び、その輪郭は強いオレンジの光で形どられていく。オレンジの光は徐々に白光に移り、オレの部屋に白の線を届けた。上に向かって徐々に白く、そして青くなっていく空。真上には明るい星が見えるのに、その青はソラの色を溶かしてしまうほどに鮮やかで、自然のグラデーションに息をのんだ。


「ごめんなさい。起こしちゃった?」

 抱かれた手をそっと撫でて、少しだけ振り向くと、兄さんはオレの頭に顎を乗っけて両の手の平にちょっと力を入れた。


「いいんだ。ね、きれいだね」

 穏やかで優しい声。

「うん」


「僕はね、ずっと兄さんになりたかったんだ。コウタのおかげで長年の夢がかなったよ。ありがとう」

「えっ?」


 突然のありがとうにトクトクと胸が高鳴った。嬉しい。訳もなく、ただ嬉しい。オレは返す言葉を思いつかずに口を一文字に閉じ、金の魔力をふわりと浮かべたまま、クライス兄さんと空を見ていた。



■■■■


 昨晩あんなに食べて飲んだのに。みんなの身体はどうなっているのだろう?

 むしゃむしゃとやっぱり肉ばかりに食らいつくディック様と『砦の有志』一行。普段の朝食はもっとお行儀がいいのにとクライス兄さんと笑いあった。



 朝食の後は再び王都に出発だ。

 昼頃の分かれ道でアイファ兄さんたちは魔法都市スペルバーグに行くんだって。アイファ兄さんは欲しい魔道具があるって言ってたよ。それからキールさんは新しく覚えたい魔法、転移と鑑定のヒントを探したいって言っていた。


 いいなぁ。


 兄さんたちは馬でけっこう飛ばすから、王都のひとつ前の町で合流しようってことになったんだ。オレ達は馬車だからね、どうしても遅くなる。


「コウタ、分かれ道までアタシ達と行く?」

「えっ、 いいの?」

「ジロウがいると気配で魔物がよけるからな。楽でいいぞ」

「やったぁ!」


 ということで、オレはアイファ兄さんと馬に乗っているんだ。ジロウに乗るのも楽しいけど、うっかりすぐに寝ちゃうから、しばらくは兄さんに抱っこしてもらっているよ。


 ジロウよりもグンと高い視界。ダッダカダッダカ走る馬は、口を開けたら舌を噛みそうだ。ポンとお尻が浮いて、トンと背に打ち付けられればズルリバランスが崩れる。兄さんは相変わらず意地悪でオレがおっとっと、とよろめくのを楽しんでいる。


『ねぇ、コウタ。ちょっと外れた森に美味しいブルがいるよ』

 美味しいブル・・・。ジロウは自分のご飯は自分で獲るし、なんならオレの魔力だけでも生きていけるらしいのに、エンデアベルトでおいしいお料理をもらってからは、人のご飯が大好きになったんだ。特にブルのステーキはディック様と対等に戦いながらガッツガッツと食べる。生よりおいしいんだって!


「あぁ? どうした?」

「えっと、ちょっと外れたあっちの森に美味しいブルがいるって・・・ジロウが」

 気配に気づいた兄さんにうっかり答えてしまったオレ。アイファ兄さんはヒュイと指笛を鳴らして合図を送るととっても悪い顔をして森の方に進路を変えた。ま、まさか? 行くの?





 ねぇ、ジロウ。ブルって言ったよね?


 森の浅いところに入ったオレ達。早速ブルとご対面。特大のクマに中くらいのクマ。ブルちゃん2頭が囲まれている。どっちもつがいかな?

 その対面にワジワジの群れ。


「やっほぅ! さすがコウタ! ただじゃ収まらないトラブルメーカー」

 後ろから聞こえるニコルの弾んだ声に頬を膨らます。見つけたの、オレじゃないし!


「ほらよ」

 馬から降りたアイファ兄さんに渡されたのはぴかっと鋭い刃を持つ短剣。まさか? オレも戦うの?

 ちなみに馬はしばりつけないで野放しにするそうだ。その方が馬自身が危険を察知して避けるし、戦いが終わったあとで口笛を吹けばたいてい戻ってくるそう。馬だって人と一緒の方が安全だと分かっているからね。


「ワジワジ、お前にやるよ。あいつ、口と尾に毒があっから、頭から汁をかぶんなよ? 下の方の片方の足だけやりゃ、バランスを崩してぐるぐる回るだけだ。 お前にぴったりだろう?」

 やるよって言われても、ぴったりって言われても毒があるんでしょ? オレ、四歳だよ! 無理だって!


 フルフルとナイフを持つ手が震えてキールさんを見上げた。

「コウタ、前に見てるだろう? ワジワジ。大丈夫、ニコルの毒消しは良く効くから」


 ど、毒消し・・・。 味方はいないの? 心細げに空を見上げる。木々に覆われてソラの姿が捉えられない。大丈夫なはず。ソラとの繋がりは感じられるから。



ー---オオン♪

 待ちきれないジロウがヒュンと飛び出し、ブル一頭をザクっと爪で一薙ぎする。傷つけたのはちゃんと首根っこ。爪の毒を発動させない見事な薙ぎっぷりだ。


「「「 あっずるい! 」」」


 何がずるいんだか、兄さんたちがタタと飛び出し、

ー---ガキン!

 えっ?


「「おい、邪魔すんじゃねぇ」」

ひときわ大きなゴールデンベアを仕留めようと兄さんとキールさんの剣が交差した。

((せっかくの見せ場なんだよ! 手柄をよこせってぇの))


「兄ちゃんはチビッ子を守るんじゃねぇの? 」

「魔法使いは魔法で戦えよ! 」


 バッチバチの火花を散らす二人を横目にジロウが美しい肢体を跳ね上げて、ゴールデンベアのつがいを襲う。

「「ー---うぉっ、抜け駆けするな」」

ガッキーーーーン!


 ジロウの口にキールさんの剣が、前足の爪にアイファ兄さんの剣がぶつかった。

『わぁ、遊ぶの? 嬉しい! 』

 ブヲッと漆黒の毛並みを逆立たせたジロウはヒュウヒュウ風を渦巻かせ踵を返して兄さんたちを襲う。


キンー---シュタッ! 

 ゴウー--ーシュタッ! 

ドドドドドー---キン、カン、ザクッ!


花がちぎれ、草が舞い、小石が礫となって周囲を巻き込む。木がなぎ倒され、地面がえぐられ・・・。


「ほらほら、コウタ! ワジワジに集中」

 目視できなくなった兄さんたちを諦めて、ニコルの指南でワジワジと対峙する。足元を狙う。ぐっと高く持ち上がった体の後ろに回り、兄さんたちに習った剣さばきでエイと足を切る。


 ザックー--- 一本。


 バランスを崩して少しウネウネしているけど、まとめて切らなければ予測不能の動きでかえって危険だ。

タタタタ。ぐるりワジワジの周囲を走って翻弄し、後ろに回って飛び上がった。


「ええい、フンッ!」


 ざっくり切った四本の足。くたりと地面に戻ってきたワジワジは円を描くようにぐるぐる回る。その間に他の足をどんどん切っていく。頭としっぽが持ち上がったらササとニコルの後ろに隠れて。


「アタシは盾かい? まあいいけど」

 口とは裏腹ににこにこ笑顔のニコル。オレの様子を見ながらも襲い掛かってくるワジワジの群れを短剣でザクリ、片足でドカッと蹴り飛ばし、廻し蹴りでしゅったっと踏みつぶしていく。




■■■■


「てめぇら、そこに座れ!」


 馬車で追いついたディック様が睨みつけた。オレ達はうなだれて正座する。


 どうしてこんなことになったのか? ワジワジは倒した。オレが一匹、ニコルが4匹。 収穫もあった。ジロウが倒したゴールデンベアのつがい、そしてブル一頭。逃げ延びたブルは一頭だけど、それは何の問題もないはず。 問題なのは、アイファ兄さんとキールさん、ジロウの戦いで更地になった森の一角。


 街道からの見通しもよくなり、ここは新たな休憩所だ。後続の兵士さんたちがササと炉を作って昼食の支度を始めている間、オレ達は最恐の説教を食らったのだった。


「は~、俺は無事に王都に着く気がしないんだが・・・」


 つぶやいたディック様に同意したのは一体だれなのか?





 

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