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102 親子


「いやぁ、悪りぃ、悪りぃ。つい盛り上がっちまってな。いやぁ、これで心置きなく王都にいけるってもんだ」


 一人呑気に帰ってきた領主は、頭を掻きながら悪びれもなく昼食に喰らいつく。


「おお、ブルのステーキじゃねぇか。美味い! おう、お前達、喰わねぇのか? いつもの食欲はどうした。 ガハハハハ」


 サーシャ様と執事さんは露骨に嫌な顔をしている。キールさんとニコルはいつも通り微妙な笑顔だ。オレ? オレは眠くてご機嫌斜め。目がしょぼしょぼするし、頭もぼーとする。食欲だってわかないし……、何よりアイファ兄さんが今朝から口をきいてくれない。オレだって口、きかないもんね。



「おい、お前達、なんか変じゃないか?」

「知りません!」

 オレ達の様子を不審がったディック様だけど、サーシャ様にピシャリと返されてヒュンと小さくなってしまった。


「コウタ、ほら、ちょっと寝ておいでよ。またスープに顔ポチャするよ」

 クライス兄さんが優しく促してくれるけど、寝ないって言ったら寝ないんだから。ぷんとそっぽを向いた。


「ご馳走さま」

 早々に食事を終えてソファーでゴロンと横になる。駄目だ。瞼がくっついてしまう。もそもそと身体を起こし、キョロキョロと周囲を見回す。どうしたら眠ないで済む?


 オレのことをじっと見つめるサンも、給仕を務めるメリルさんも執事さんも、隙あらばオレを抱いて背や胸をトントンするだろう。何かに集中しなくちゃ。オレはハッとなって厨房に向かう。そう、こんな時はお料理だ。手を動かせば眠くない。


「ショットさん、オレ、何か作りたい」

作業台にひょいと乗り上げると、デザートの果物を細工していた手が止まった。

「坊ちゃん、危ないから後にしましょう。ほら、もうすぐデザートができますんで」


 しっしとオレを追いやって冷やしていたクリームをポトリと落とす。オレ、お腹いっぱいだし、あんまり食べると眠くなるし……。邪魔しちゃいけないとトボトボ裏庭に歩いて行った。


 じゃぶじゃぶと洗濯に勤しんでいるメイドさん。にこにこと手を振ってくれた。大きなシーツを絞って広げる仕事はオレが大好きなところだ。一緒にシーツの端を持って、1、2、3! ピンと広げて風に乗るとオレの小さな身体がふわりと浮いてストンと落ちる。ブランコの滑空も好きだけど、コレも好きだ。きゃははと声をあげて笑うとメイドさん達も喜んでくれる。うん、目が覚めてきた。



「おう、コウタ、お前、反抗期なんだって?」

 食事を終えたディック様が剣を持ってやってきた。反抗期? そんなんじゃないけど……、回らない頭につい愛想が悪くなる。


「寝たくないっつーならちょっと来い。寝れねぇ場所に連れてってやるよ」

 寝れない場所ならいいかと思ってついていく。オレの歩幅はどうしたって小さい。速くない歩みに痺れを切らしてオレを抱き上げようとしたディック様の手をかわし、その手に乗らないよと走って先を行く。だってこの先には兵舎しかない。ディック様が剣を持っているっていうことはそういうことだ。



「今、集めて参ります」

 背筋を伸ばした兵士長さんが慌てて招集をかけた。バラバラと走って集まってきた兵士さん達は体が重そうだ。どうやら午前中にアイファ兄さんが暴れていたらしい。既に半分、ぐったりとしている兵士さん達にディック様が舌打ちをした。

「何だ、既に鍛錬は終了か? 俺、遊ばせてもらえねぇの?」


 そうか、ディック様にとっては兵士さん達との鍛錬は遊びなのか。ふむふむ頷くとフォルテさんが前に出てきた。

「じ、自分はまだまだです。どうぞご指導お願いします」


 顔に幾つかの紫斑を作っているのに大丈夫なのだろうか? でも、このまま部屋に帰ってもオレは上手いこと言いくるめられて寝かされそうだ。だったらここでディック様の遊び(鍛錬)に付き合った方が面白い。


「ディック様、まかせて!」

 両手を広げてぱぁあと金の魔力を振り撒く。ほらね、元気がみなぎってきたでしょう? いくらでも鍛錬出来そうじゃない?

 兵士さん達の顔がおおと輝いた。でもディック様と目を合わせた途端、絶望した表情になったのは何故?


「さぁ、来い! コウタもいいぞ! 皆、遠慮なくかかってこい」

 えぇ?! オレもいいの? 嬉しくなったオレは短剣をもらって兵士さん達と一緒にディック様に突っ込む。 カン、カン、スパン!

 兵士さん達はドカンと飛ばされたり、カキンと受け流されたりするけど、ディック様はオレには加減してちょっと後退する程度に弾き返してくれる。うわぁ、楽しい!

 兵士さんの流す汗がちょっと臭くって、ズシャッと転んだ石が冷たくって、土煙がジャリジャリしてオレは何度も金の魔力を振り撒いて再挑戦だ。





「ん、眩しい……」

 ぎゅっと閉じた瞼をそっとこじ開けると見覚えのある金茶の癖毛がオレの視界に飛び込んできた。分厚い指がオレのちっこい手を包んでいる。高い天井に差し込む日差し、ふわりと揺れるレースのカーテンにここがディック様のベッドだと知った。


 モゾモゾと身体を動かすと、カチと紅茶色の瞳と目が合う。慌てて飛び起きようとした身体がポスンと押し返される。サラサラと漆黒をかき混ぜられ、ゴツゴツした指がオレの頬をくすぐる。得意げなニッとした笑顔に悔しくなってプンとを背中を向けた。



「父様と母様に会ったのか?」

 ゆっくりと出される低い声にどきりと振り返った。

「あー、いいんだ。言いたくなきゃ。だが、悪いことじゃねぇよな? むしろ嬉しいことだろう? 何でそんな顔をする?」


 不意に視界が滲んで、オレはディック様の汗臭いシャツに顔を埋めた。だって……、だって……。ひくっとしゃくりあげる音が大きくて、止めようとすればするほどグヘッと変な声が上がる。


 いつもは力任せな手が優しく背を撫でて、さらりと黒髪を指に巻きつけてははらりと首をこそぐった。何でもお見通し。だけどこの安心感は何なんだろう。トクトクと感じる鼓動に再び瞼がとろけそうだ。力が抜けたところで、頬をさすった手がおでこに当てられ、ふうと前髪を吹き飛ばした。

 ぐるりと身体を持ち上げたディック様はお風呂でするように腹の上にオレを乗せて、再び優しく背を撫でる。


 ん? と伺う茶の瞳にオレを見つけて、この人の全てがオレに向いている、今この力強い瞳はオレだけのものだと訳もなく誇らしくなる。そして、胸に顔を押し付けながら小さく息を吐いた。


「……こ、怖かった」

 ほんのちょっと、聞こえなくてもいい、そんなつもりで吐き出した言葉。

「そうか……、怖かったか」


 すりすりとゆっくり動かされる手をのけて瞳を合わせに行く。まだ何も言ってないのに返された言葉はオレの全てを受け止めたかのようだったから。


「何で? 何でわかるの?」

 すがるように這い上がったオレの顔をポスンと髭に押し付けたディック様は見たこともないような優しい目をしていた。

「分かんねぇよ。だが、お前は怖かったんだろう? それが事実だ。 お前は怖かったんだよ。だからそのちっこい胸が痛いんだ」

「……違う」

 寄せた眉。潤んだ瞳から幾粒もの涙が溢れて、もう止められない。オレはディック様の伸びたヒゲに、ちくちくするヒゲに頬を擦り付けて泣いた。ずるりと身体が布団に落ちて、うぐうぐと嗚咽が突き上げられ、大きくて無骨な手がオレの頬をびしょびしょにする涙を丁寧に掬い取てくれる。


「わ、忘れろって、忘れろって言った。オレ、オレ、忘れたくないのに。みんな、大事にしろって言ってくれたのに……。忘れろって……」


「そうか…………」


「でも、でも……。思い出せないこともいっぱいあって……、忘れたくないのに忘れちゃって……。」


「そうだな……」


「い、い、一緒に来るかって言ってくれたのに……、言ってくれたのに……、行けなくて……、行けなくて」


「……………………」


 急に視界が真っ暗になった。痛いくらいにぎゅうと抱きしめられている。耳にかかる息が熱くて、オレの涙がふいと止まった。…………震えてる? オレ、言っちゃいけないことを言ったんだろうか?行きたいって、父様と母様のところに行きたいって言っちゃったから?


「ご、ご、ごめ…………」

 突然に口を塞いだ手は大きくて強い。訳が分からず再び瞳を潤ませると、絞り出された震える声が熱い息と共に胸に突き刺さる。


「言ったろう? おめえは俺の息子だって。 忘れなくっていい。大事にしろって言ったろう。だが……。コウタ、ありがとよ」


 う、う、う、うわあああああん。


 オレは久しぶりに大声を張り上げて泣いた。泣いて泣いて泣いて……。ディック様の厚い胸に抱かれてぐっすり眠った。もう夜中に目が覚めても、きっと大丈夫。絶対の安心感。オレは自分が正しいと信じることを選ぶんだ。忘れない。忘れてなんかやるもんか。

今日もありがとうございます!

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