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097 適性検査


 漆黒の上品なシャツに膝丈の長いコート。数本のベルトとブーツは幾つかの細工を思わせる機能美を作り、カラフルな指輪とピアスはどれも魔道具となっていて彼が相当な魔法使いだと言うことを伝えている。表情を読まれにくくするための少し長い前髪を、細い指先でかきあげれば丹精な顔立ちに目立つ吊り目が見る者を威圧する。

 “砦の有志”の頭脳と言われる彼は“閃光”との二つ名を持つ。黒い帳が降りたような出立に恐ろしいほどの速さで稲光を走らせる使い手として、冒険者達に一目置かれている。


「おい、公開するのか?」

「行ってみようぜ。奴の力、見せて貰えんのか?」

 居合わせた冒険者達がざわめいて2階に上がっていく。ギルドの一角に設置された広場を見下ろすためだ。ここは誰もが観覧できるようになっている広場で、新人教育やギルドの講習が開かれる。時にランクを決める実技試験やパーティを組みたい奴が己を売り込むために力を見せる場ともなる。



 今日は広場の入り口近くに机が出され、小さな石が入った箱が並べられていた。この石は魔力属性を調べるもの。回復魔法の光属性や転移、収納などの闇属性は特殊なため除かれるが、それ以外の魔法は冒険者の強さに直結するためにギルド管理のもとで調べることができる。通常、秘密裏に行われる検査が広場で公開されるとあって、冒険者達は湧き立った。ましてや今、国からも期待を集めている有望パーティの一員が広場に案内されたとあれば、閑散としていたギルドであっても職員までもが観覧者として集まっている。



「へっ、さすがキール。人集めには十分だ」

 神妙な顔つきでギルドマスターが呟く。

「こんなギャラリーで、上手く立ち振る舞えるか……、不安しかないなぁ」

「いいぞ。こんだけ証人ができりゃ、正当な結果だと色がつく。我ながらいいアイディアだろう?」

 得意げなディックに心配顔のサーシャは言う。

「でもね……、予想を超えるのがコウちゃんだもの。油断大敵よ」


 ふと見ると、悪目立ちする大人達の中に幼子が一人。漆黒の髪が光を帯びて、艶めいた場所が虹色に輝く。キャキャと無邪気に広場を走り回ると、屈託のない笑顔で領主に抱きついた。


「なんだ、お貴族様の社会見学か? キールまで引っ張り出すとはいいご身分だぜ」

 場違いな幼子の登場に呆れた声が聞こえる。それでこその作戦だ。

 領主達はキールを中心に魔道具と対峙する。どの属性の石が光るかは死角になるように。キールはコウタの後ろに周り、抱き上げるようにサポートをする。


「なぁ、魔力が多いのは分かってんだろう? 何で実際に測る必要があるんだ」

 ズコックが不満げに言った。

「コイツが使うのは生活魔法が中心なんだよ。だから適性なんか分からねぇ。今んとこ攻撃魔法は使っちゃいねぇが……、才があるとなりゃ本格的に訓練させんと不味いだろう?」


「水を回復薬にしちまう地点で、国の保護対象だぜ? そっちで鍛えてもらえよ」

 ふうと呟いたズコックにディックが襲いかかる。

「ふざけんな! コイツが幾つだと思ってる? 洗脳されていいように使われたらどうすんだよ?! 魔法を使えるのは誤魔化せねぇ。 だから興味を持ったときに()させたら使えるようになっちゃいました〜、ってしたいんだよ。教会に任せたら、絶対碌なことにならねぇ」

「既に碌なことになってねえよ。 だが、いずれ普通じゃねぇってバレるぞ」

「いいんだよ。そん時までに力をつけてやれば。訓練すりゃ、魔力は増えるんだ。魔の道に行きたきゃアピールすればいいし、隠したければ制御すりゃいい。時間が稼げりゃそれでいい」




 領主とギルドマスターの胸ぐらを掴みあう喧嘩腰のやり取りに、ギャラリーの歓声が大きくなった。血の気の多い冒険者達だ。実力者同士の喧嘩は大歓迎。それとも暴君の権力にギルドマスターが歯向かったのか? 憶測が憶測を生んで、観客がどんどん膨れ上がった。



「チッ、あんまり煽るんじゃねぇよ」

 嫌な顔をしたズコックが石の箱をずいと押し出し、コウタに勧める。大きな身体で上からの視界を防ぐ。


「さっ、コウタ。そっと触って。適性があれば光るよ。コウタは魔力が多いから、すごく光るかもしれないけどびっくりしないで」

 キールの言葉に幼子は頷き、石の上にそっと手をかざす。


ーーカッ!!!!

ーーーーパリン。パリン。パリン。


 鋭い白光が迸り、大きな音を立てて全ての石が粉々に砕けた。あまりの眩しさに目を瞑った人々が、チカチカする領主達の姿を捉えた時、キールがギャラリーを見上げて引き攣った笑みを見せ、そっと手を振った。


ーーーーほぅ。


 う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 一瞬の静寂の後、地底から湧き上がるような群衆の叫び声に包まれる。興奮した無骨な男達が拳を突き上げ、口々にキールの名を呼ぶ。キールコールだ。防音と障壁のために張られたシールドが震える。階段の手すりから乗り出した身体が群衆の熱に押されて、シールドに落ちる者さえ出てきた。


 止まぬコールのどさくさに紛れて、ズコックとディックがそこらに落ちていた石をコウタに持たせると、そそくさと記録用紙に記入する。これでよし。どう測定しても目立つ所業がキールの手柄と記憶され、コウタは「魔力適性有り」と記録された。


 悪い顔をした領主一行は、コウタを高らかに持ち上げ、未だ鳴り止まぬキールコールに向かって手を振らせる。


「何だ、何だ? アイツも測定したのか?」

「はっは、どうやら魔力があったってか? よかったな坊主」


 キールが魔道具を壊すほどの魔力を晒してくれたと思い込んだ冒険者達は、無邪気に喜ぶコウタと、大袈裟にコウタを撫でて担ぎ上げる領主の姿に笑みを浮かべる。小さな才能の目覚めに褒め称える拍手まで沸いた。

 居心地の悪いギルドマスターはスタッフを呼んでササとテーブルを片付けさせ、ついで小さな短剣を持ち出した。



「今日は何のイベントだ? あのガキに付き合おうってことか? ディックの親バカぶりも相当だな」

「馬鹿、あれは牽制だぜ? 俺のガキに手を出すなっつぅ。」

「そうそう。 “砦” が移動すんだよ。だからアイファ達がいなくなっても覚えとけってことだ。あのガキに何かあったらただじゃおかねえって脅迫だよ。まぁ、あの見目じゃ、ここにいる連中も忘れられねぇ。何しろキールのあのパフォーマンスとセットだからな」



 思惑通りのギャラリーの反応にニマニマと顔を崩したディックがコウタに短剣を渡した。

「おーい、チビ! かっこいいぞぉ!」

「自分を切るなよぅ!」

ガハハハハ


 高らかに笑う冒険者達の声は、障壁のシールドに阻まれて領主達には届かないが、嘲笑う雰囲気だけは伝わってくる。


 奥からギルドスタッフがやってきた。小さな盾と長剣を携えた若い彼は、新米冒険者の指導役だ。こんなチビの戯言(ざれごと)に付き合うのかと罵声と同情の声が響く。


「いいか。いつも通りでいい。俺達以外の力を知ることが大事だからな。おっと、魔法、使うなよ? 」

 幼子の耳元で領主が呟く。こくりと頷く子供の口元がぎゅっと引き締まり、漆黒の瞳が大きく見開く。


 幼子は広場の中央にトテトテと歩いて行き、鞘をつけたままの短剣を持って構えた。そして仕方ないと応えたスタッフに向かってコウタは大きく一歩を踏み出す。

「えぇい、やぁ!!」

 カキン。


 余裕で受け止めた若者の目付きが変わり、大きく交代して間合いを取った。彼は訓練された姿勢に戻り、盾を構え直すと嬉しそうに笑う。

「へえ、坊主。ちゃんと訓練積んでるな? ディック様直々か? 悪くない」


 男が話しかけても、既に必死になっているコウタは、すかさず剣を振るう。

 膝、膝、足首、踵。 膝、踵、膝、腰、踵。一歩踏み込んだ直後の下肢ばかりを狙う短剣は、訓練された男にとって面倒この上ない。矢継ぎ早の執拗な攻撃に痺れを切らし、この茶番を終わらせようと大きく剣を振った。


ーーガチン!!!


 両手で強く短剣を持ち替えた子供が、顔を歪めながらも大人の剣を受け流した。あっという間に決着が着くと思っていたギャラリーが、おおと沸く。己の焦りに気づき、顔を引き締めた男の後ろに回った幼子は、膝裏を思い切り蹴飛ばしてよろけさせると、その隙に剣を持つ手首を足場にして頭上にジャンプした。

ーーふぐっ!


 若者の顔を踏み潰し、太い首にぶら下がって後頭部に回る。肩に座って首を締め上げるように足を掛けた幼子は、奴の喉元に短剣の鞘を当てた。


「ま、待て! そこまでだ」


 慌てて止めに入ったギルドマスターの声に、男はがくりと膝をつく。


「きゃぁぁ! 素敵! コウちゃん! かっこいい! すごいわ!」

 はぁはぁと息をあげる息子を御婦人が喜び勇んで飛び出して胸にぎゅうと押し込めた。ついでディックがコウタを奪い返し、ひっくり返したまま両手で持ち上げて観衆の前に晒した。



ーーーー今までの喧騒が嘘だったかのような静寂。そして…………。



「す、すげぇ!」

「うわぁあああああああああああああ」


 震えるシールドの向こうで、冒険者達の歓声が湧き上がる。小さな勝者に信じられないという顔。エンデアベルト家だからと納得する者、しない者。大男達が抱き合って小突き合う様にディックは興奮してコウタを担いで走り回った。


 暫くするとギルドスタッフがコウタに握手を求めてきた。

「言い訳がましくて、すまん。油断があったのは否めない。私は冒険者達にスライムにこそ油断は禁物だと教えている。その私が、こんな幼子に油断してこの様だ。小さき勝者よ。例え油断があったとしても、ギルドスタッフを打ち負かしたのは事実。君の功績だ。誇ってくれ。私は……恥ずかしい。これからもっと研鑽を積む。また戦ってくれるか?」


 目の高さまで傅いた男にニッコリ頷いた幼子は、ひだまりのように柔らかな笑顔を見せて、その胸に飛びついた。


「ちゃんと手加減してくれたでしょう。ありがとう。顔を蹴り飛ばして……ごめんなさい」

 首筋に捕まってふふと笑った幼子から温かい光が流れてくる。若者は、ああ、子供って、こんなに柔くて危なげで……心地いい存在なんだと微睡み、らしくないなと息を吐いた。


 









ありがとうございます。


春になってまたまた活動的になったコウタです。いつも読んでくださってありがとうございます。

寒い日は星が美しく瞬きます。読者の皆様に星の優しい輝きが届きますように。

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