094 やっぱりか……?
キャーーーーーー
周囲が真っ白に発光すると同時に、甲高い悲鳴が劈いた。
「なんだ?」
「まさか?! また……、アイツか?」
俺達は一様に顔を見合わせた。
とんでもないことには必ず噛んでいるアイツ。俺達が守っても護っても、するりとこの手からすり抜けるアイツ。ドスンと倒された椅子が散らばる。俺は半ば呆れながらよろめいて、叫び声の方に向かった。
「申し訳ありません! コウタ様が……、いえ、スライムが……。ーーそれより子供たちが……」
混乱したサンをクライスが介抱する。ゆっくりと水を飲ませ、その時の状況を語らせれば、俺達も混乱するばかり。ジロウもソラも慌てて右往左往にと駆け回っている。毎度、毎度だ。何でアイツは俺達の守壁を潜り抜けるのか。心配より先にため息が出てくる。
「あぁ、心配っちゃ心配だが……、みんなまとまってりゃ大丈夫じゃねぇ?」
一番取り乱しそうなアイファのセリフに俺は頷く。
スライムって言ったが、スライムが子供たちを連れて消えるなんて聞いたことがない。俺達は神龍から加護を貰ったんだ。魔物の可能性は低い。では、人為的か?
焦らされる気持ちが無性に腹立たしい。俺は爪を噛むと、村人に指示を送る。とりあえず子どもが入れそうな場所と不審な人物を探せと。
ソラとジロウの様子じゃ、妖精の国のように訳のわからん所ではなさそうだ。奴らは徐々に落ち着きを取り戻しているから。ジロウはクンクンと匂いを嗅ぐと、湖の辺りに鎮座し、湖面を眺める。ソラはそんなジロウの頭に留まり、じっと待つ。
何だ? また神龍の仕業か?それとも……。念話で伝えるまでもねぇってことだな。
俺達はジロウの遥か後ろに構えて、変化が起きるのを待った。
ふぅ。こうして待つのは何度目か。チラと後ろを向けばサーシャもクライスも呆れたように落ち着いている。内心は知らんが、流石に心配も過ぎれば慣れるのだろう。クソったれな奴め……!
徐々に日が落ちてきて、俺達は篝火を準備する。チビ達の親は力なく項垂れる。この前の俺達のように……。確証はない。だが、何かあるとすれば湖だ……!
程なく、ゴボゴボと大きな泡が湖面に立ち昇る。 やっぱりだ。 さぁ神龍、出てこい! 子供達を返してくれよ。
ザバザバと雨のように流れ落ちる水流が途切れた。バカでかい神龍様のお出ましだ。村人達はごくりと息を飲んだが、一瞬でその緊張は和らぐ。にこにこと笑みを湛えた子供たちが上空から手を振っていたのだから。 この野郎! 親の心子知らずってか? バカ呑気な奴らに腹ワタが煮え繰り返る。
「ド、ドンクーー! ああよかった!ドンク!!」
「ミュウ! 無事だったのね! しっかり顔を見せてちょうだい」
「ああ、女神様! ありがとうございます。リリア、無事でよかった」
親たちが愛し子を抱き止め、無事を喜び合う中、うちの坊ちゃんだけは後退りをする。 ん? どうした? 何かやましいことがあるのかなぁ?
白龍は子供たちをふわりと下ろすと、遠慮がちに金の瞳を寄越した。コウタはやらかした後の上目遣いで、ヘラと笑っている。
ゴツン!!
「いちゃい!」
アイファの鉄槌が奴の頭上に降ろされる。
「馬鹿野郎! お前って奴は! 今度はチビどもを巻き込みやがって!」
「親分! 違うんだ! コウタのせいじゃねぇ!」
「そうよ! コウタが悪いわけじゃ……ないと思うけど……」
「でも、プルちゃんはコウタを呼んだのよね……? あれ……、これって……?」
おやぁ? 庇い立てをしたミュウとリリアが口篭る。 やっぱりか?
「ああ、いい。ちっと待て。 おい爺い、またうちの馬鹿が世話んなった。礼を言う。 だが……不可侵はどうした? 確か加護って言ったよな? 今夜も呑もうぜ? 酒、持っていくからよぅ。 首洗って待ってろ」
神龍に向かって容赦なく威圧をかけた俺は、今宵の酒の約束を取り付けると可愛い坊やたちと向き合った。
「今夜は長そうだねぇ、コウちゃん。 何があったか詳しく話せ! その腕ん中のスライムちゃんのこともな」
村人がスッと消えた。ひんやりと冷えた夕刻の村。行方不明になったちびっ子の家族とエンデアベルト家だけが残される。さぁ、館に戻ろう。 俺達に分かるように話してもらおうか。
無邪気なお子様はただならぬ雰囲気を察し、半泣きになる。どいつもこいつもガッチリと親の背におんぶされて館に連行されていった。
サーシャとメリルが家族たちをサロンに招き、お茶を振る舞って落ち着かさる。俺達は子どもたちを執務室で取り囲み、尋……いや、穏やかに話を聞く。
「「「 スライムを飼うー?! 」」」
こくりと頷くコウタを中心に、ドンクたちが後押しする。
「神龍様のお願いだもの! 駄目……?」
リリアの小さな瞳が憂いを帯びる。
「臭い仕事がなくなるんだよ。やってみる価値はあると思う」
確信を持ったドンクが力強く言う。
「農作物が美味しくなるって言われたもの! 反対されたって私、やってみたい」
鼻息荒く意気込むのはミュウ。
「うーん。うちにはブルがいるからな。ダメってことはないが……。たかがスライム、されどスライムって言ってな。スライムを侮れば酷い目に遭うって教訓だ。だから冒険者はスライムと見れば条件反射で猟るもんだぞ。その常識を覆すのもなぁ……」
「そうでございますね。スライムといえど、魔物です。村人の中には受け入れられない者もいるかと……」
俺達は渋るが……ちびっこい奴らは容赦なくうるうると輝かせた瞳で見つめる。すると猛烈な勢いでクライスが割り込んできた。
「す、素晴らしいよ! 君達! 古代ではスライムトイレとか、スライム水路とか、スライム農法なんかもあったという学説があるんだよ! ずっと眉唾物だとされていたけど、信ぴょう性を帯びてきたなぁ! 父上、これは歴史的発見です! ぜひ取り入れましょう! やりましょう! 古代の優れた文化の検証です」
ぐしゃぐしゃになったノートを握りしめて声高らかに捲し立てる。しまったな。クライスのツボにハマっちまったか……? 面倒が増えた。
「父上〜」
スライムを頭に乗せたコウタが甘えた声を出した。
「プルちゃんも大丈夫って言ってるし……。お願い。 みんなでスライム、飼っちゃ駄目?」
ことりと首を傾げると頭上のスライムがプルプルと愛想よく震えた。
「……プルちゃん? お前、まさか……?」
見開いた俺の目に、ハッとした奴。俺は確信を持つ。貴様ー! お前って奴は……、チビらの前でやりやがったな。
「……急には無理でしょうが、少しずつなら考えてみるのも宜しいかと。ディック様が王都でしっかりご説明していただければブルのように本格的な共存が見込めるかもしれませんね」
深いため息を湛えた執事の言葉に子供達は嬉しそうに顔を見合わせた。
ああ、頭が痛い。嫌な王都で俺はどんだけ面倒なことをする羽目になるのやら。
「クソったれ! 結論を急ぐんじゃねぇ。とりあえず、あの糞爺の話を聞いてからだ。いいか。期待すんじゃねぇぞ」
頭を掻きながらチビ共に釘を刺すが、クライスは一番の満面の笑みで頷いていた。
「そうでございますね。では、今宵は私目も同行させていただいて、ご期待に添えるよう話をつけて参りますか」
「なんだよ。テメェだけ美味しい役を演じる気か?」
「ほほほ。交渉は執事の腕の見せ所ですから。では、とっておきの酒を準備いたしましょう」
執事がいそいそと酒を準備し始めると、解放された子供らがきゃっきゃと親元に帰っていく。
「やっぱりさ、コウタといると面白れぇな」
「うん。不思議なことがいっぱいで楽しい」
「しぃっ! 内緒にしないと遊ばせてもらえなくなるよ」
やっぱりか? 流石、村のちびっ子だ。コウタの人外な所業をすっかり受け入れていやがる。俺と執事は諦めの目をカチと合わせ、何度目かのため息を吐いた。
読んでくださりありがとうございます。
最近はストックの残りに怯えているYOKOちーです。
カクヨム様でサブタイトル変更で「青い鳥と~」を宣伝しています。
ログインして読んでいただけるとPVに反映されますが、ログインなしでも読めますので、よかったらぜひ、あちらのコウタにも会いに来て下さい。
冬の夜空のきらめきのように素敵な出来事が読者様に降り注ぎますように。