093 スライム
プルプルプルーーリ。
ぴょんぴょんとオレの前に飛び出したスライムが、身体を震わせて伸び縮みをする。きっとここに誘ったスライムだ。一体何故?
オレたちの周囲をピョンピョンと飛び回った球体は、遠く、スライム池の向こうを指すように細長く伸びた。緑の光!やっぱりここはーーーー。
そう思った途端、再びスライムがオレ達を包み込んで発光した。
「「「「わっ!眩し……」」」」
ぎゅっと瞑った瞼をそっと開く。そこは酒樽を抱えてほんわか顔を赤らめた白髪の爺いの前だった。
「ほぉ、珍しいこった。坊、今日は友達と一緒か? はてさて、お供はどうした? ありゃ、神鳥様もおらんが……、まぁ良い良い。 ほれ飲め。 お前の親父の酒じゃ。美味いぞ」
この前と、うって代わって陽気な老人は上品なグラスにコポコポと酒を継ぎ足し鼻先に突き出す。く、臭い。
「お爺さん、飲み過ぎだよ! 酔っ払ってるの? オレ、まだ3歳だよ。お酒を飲ませちゃ駄目でしょ」
腰に手を当て、ぷんぷんと頬を膨らます。
「あい、すまなんだ。 じゃが、坊がおる。 此奴らは村の子か? うひょひょひょひょ。 可愛い子らじゃ。 さあ飲め飲め」
「もう、酔っ払いすぎ! 何言ってるかわかんないよ!しっかりして! 今 頼れるのは白龍さんだけなんだから」
オレたちのやり取りをポカンと見ていたドンク達。この酔っ払い爺いが白龍だと気付き、尻餅をついた。
「「「えぇ? 白龍? それって湖の神龍様?!」」」
三人が驚いている隙に、オレはこっそり魔力を送る。お酒の成分は出ていけって! ほら、だんだん顔色が良くなったよ。
「坊……。お主も意地悪じゃのう。ちっとくらいほろ酔いを残しておいても良いのに……」
しょぼしょぼを目を瞬かせた老龍は、ぐったりと項垂れ、胸に飛び込んできた薄青色の透明な球体を撫でまわした。
いつの間にか用意された円卓に座ると、老人は美しい着衣の袖からクッキーの皿と水を湛えたコップを取り出して並べた。オレたちは不思議な顔でその様子を見守る。
「なんじゃ? 何かおかしいか?」
「ええ……。えっと、このお菓子、何処から出てきたのかなって」
リリアが呟くと、老人は大きな声で笑い、収納魔法だと教えてくれた。空間に入れ物を設置したようなものだと言った。
「ほれ、皆、色々と湖に落とすからな。古い剣じゃろ。こっちは新しい木桶じゃ。釣り道具もあるし、おおこれは指輪じゃな。なんぞ怒った女子が捨てていったもんじゃ。ペンダントも魔石もあるぞ。どうじゃ、欲しいか? 収納魔法じゃとな、魔力に応じてたくさん入れられるからな、便利じゃぞい。時も止まるからな、面倒でもある」
「えぇ? 面倒?」
ポイポイと無造作に机に並べられる品々。お爺さんの仕草に見惚れていたオレたちは首を傾げる。老人はヨイショと立ち上がると、オレ達から少し離れてモゾモゾと懐に手を入れる。出てきたものは、ぽとりぽとりと水が滴るソラちゃん仕様のオレの着ぐるみだ。
「ほっほっ。なっ? 面倒じゃろう。濡れものはそのままじゃ。 持ち帰ろうにも持ち帰れんじゃろう? 酒だって熟成されん」
「「「あっーーーー!」」」
オレの着ぐるみを見た妖精たちが大きな声を上げた。再び収納に戻そうとした老人の手に飛びつく。
「なんじゃ、小さき羽虫よ。欲しいんか? 主たちには大きかろう」
「いいから出して」
「ほら、広げてよ」
「アオロ! 引っ張り出して!」
「任せろ! ここだ!」
ソラの着ぐるみの前をブンブン飛び交い、幾つもあるポケットの1つに飛び込んだアオロ。自分と同じくらいの大きさの石をうんしょ、うんしょと取り出した。それは薄く発光するオレの絵の付いたエッグ石。妖精たちが作った石だ。
「コウタ! 魔力、返してもらっていい?」
「これがあれば魔法陣が描けるの」
「えっ……、いいけど。どういうこと?大丈夫? 」
「「「大丈夫!」」」
「急げ! 消えちゃう前に」
「魔力があるうちに」
「「「じゃあね、コウタ! またねーー! 」」」
慌ただしい妖精たちにオレが小さく手を振ると、薄青色のスライムが嬉しそうにピョンと跳ねた。
老人はチラとオレの方を見ると愉快そうに腰を据え直して言った。
「あやつらめ。 魔力切れまで遊んだか? 普通は来た時の魔法陣を残しておくもんじゃが……、お主、食いおったの? 無茶するでないぞ」
お爺さんはスライムをくるくると撫で回して嬉しそうに笑った。
「さて……。ちっとは急いで話を進めようかのぅ。どっかの猛犬が対価だなんだと面倒なことを言い出す前に、主らを送り届けねばなるまいて」
不思議な出来事ばかりに、すっかり無口になったちびっ子組は小さく頷いた。オレはお爺さんを見上げて苦笑い。遠慮なくクッキーをとってパキリと口に含んだ。
「此奴、主の魔力を随分喰らったようじゃぞ? どうやら先日もお主について来ておったようじゃ」
老人はスライムを机の上に乗せる。プルプル震えたスライムは嬉しそうに身体を伸び縮みさせた。
「スライムはの、水を浄化してくれる魔物じゃ。神獣の時はよう助けてもろうた。この辺りは強い魔物が少ない。いや、いてもすぐに狩られるからのう、スライムが繁殖しやすいそうじゃ。ーーーーで、先刻のお主とわしの会話を聴いとっての。人とスライム、共存できんかと言っておる。どうじゃ?」
「この前の話? 」
オレは首を傾げた。プルプル震えるスライムは、オレの身体に擦り寄って仕切りに何かを訴える。あっ、この感覚。身に覚えがある。あるけど……、いいの?
ふいと見上げれば、ことの次第を知ってか知らずか、ドンクがニカっと笑った。
「えっ……?」
カチリ!! いつも通り、ふわりと魔力の風が起こる。
一瞬の油断をつかれた。オレはガックリと肩を落とす。ああ、きっとまた叱られる……。スライムは嬉しそうに周囲を飛び跳ねている。うん。分かった。君が何をしたいか。ビンビン伝わってくる。
「えっと……、スライムはなんでも食べるから、村の不要な物を餌にくれれば水を浄化してくれるって。つまり、オレ達に飼って欲しいって言うこと?」
スライムの気持ち、口火を切って話し始めたオレにミュウが驚く。
「ス、スライムを飼うの?」
オレはこくりと頷いてみんなの顔を見る。
「だって、村ではブルも飼っているでしょう? スライムもね、役に立つ魔物なんだって」
「役に立つってどうやって? こいつ、なんでも食うし溶かすんだぞ? 結構危ない上に魔石なんか小さすぎて取れないぞ」
不思議そうなドンクの顔を白髪の老人が目を細めて見つめている。
「えっと、水を汚すものじゃなくても色々食べてくれるって。たくさん食べたら土を吐き出すから、それを使って作物を育てるとよく育つって言ってるよ」
「それって、肥えみたい。ほら、牧場で排泄物を集めて発酵させてるでしょう? それを肥料にしてお野菜を作るじゃない? そう言うこと? 」
農場の手伝いをしているミュウが立ち上がって確認する。スライムは激しく飛び上がる。オレの中に『そうだよ、そうだよ』って思考が伝わってくる。オレは頷く。顔を引き攣らせて。うん、間違いなく従魔契約、結んじゃってる。
「だったらすごい! あの仕事ってすごく大変なの! 臭いし重いし。毎日やらないといけないし……。それをスライムちゃんがやってくれるの?」
リリアの叫び声に遠くにいたスライムたちがピョンピョン飛び跳ねてこちらに泳いできた。そういうことだ。
「そうなったらいいけど……、魔物だろう? 俺達だけで決められねぇよ……」
ドンクが歯切れ悪くうつむいた。うん、そうだ。オレ達はよくても、スライムが出てきただけであっという間に狩られてしまう。
「なら、わしの出番じゃ。わしはもう神獣じゃないからのう。ほれ、理なんかはとうに失っておる。助けてもらった魔物への恩返しじゃ」
オレ達三人は顔を上げる。老人は茶目っ気たっぷりにウインクをするとディック様のような悪い顔になった。
「さあ、村に送ろうかのぅ。神鳥殿が居らんで我の結界は目立ちそうじゃが、ほっほっ、それも一興じゃて」
白い球体に包まれたオレ達は、激しい波飛沫の中をぐんぐんと登って行く。暗い空間から徐々に光が揺れ動く水の中を突っ切り、村が丸ごと見下ろせる高さまで駆け上る。滝のように激しい水流が途絶えた時、オレ達は白龍の頭に乗せられ、村中に散った大人達を視界に捉えた。
猛烈な勢いでソラが近づく。鋭い嘴をスライムがポヨヨンと受け止める。全てを悟ったソラはオレの肩に留まり、頬擦りを繰り返した。ごめん、ソラ。また心配をかけたね! オレはコシコシと嘴を擦り、ふふふと微笑んだ。
今日もありがとうございます!
やっと、やっとです! 大好きなスライムちゃんが登場。
実はこの子のこと、エピソードでうまく書ききれなくて、書いては消して、消しては書きで。
なんだか唐突の説明不足な奴になっています。そのうちしれ〜っと加筆されているかもしれません。ご容赦を。
今日もよき日でありますように。