008 ジュオン
今日は裏庭の散策だ。少し厚めのコートを着せられて、剥き出しの土になっている広い裏庭を歩く。サンと庭師さんと一緒だ。
メイド頭のメリルさんは、オレとの相性を見るために色んなメイドさんとの順番を組んでいたみたいだ。でも、それを知らないディック様が
「俺が面倒くさいじゃねぇか、今日もサンでいいぞ。なっ?コウタ!」
「うん」
オレもうっかり返事をしてしまった。それからが大変だ。ディック様は扉の影に隠れたメイドさん達に睨まれ、メリルさんには口を聞いて貰えずに小さくなっていた。
裏庭は広い。お茶会をするサロンの部屋の前に小さな花壇があるだけで、ほとんどが剥き出しの土になっているのはディック様の仕業だ。庭師さんがいくら手入れをしても、鍛錬だ、手合わせだとかですぐに更地にしてしまうらしい。因みにお仕事をやりたくなくて執事さんから逃げた時に魔法を撃たれて観念するのも裏庭だそうだ。
更地の先には馬屋と馬場、そして兵舎と訓練場もあるんだって!遠くの塀までが敷地で、その先は南の森に繋がる扉がある。私兵がいるなんて、本当に王様みたい。こんな館に置いて貰えるなんて夢のようだ!
オレ達は塀に沿って歩く。剥き出しの塀ばかりでは殺風景だからと、塀の周囲には木が植えられ、ちょっとした遊歩道になっているからだ。
道端に生えている草には見覚えがある。山で見た薬草に、食べられる草、食べ物を包める葉まで生えている。さりげなく転がる石も、磨けば素材になるもの、武器に加工できる物。山の小さな村では取り尽くされて中々見つからない物が此処にはたくさんある。
「ねぇ、サンたん、ここの草って育てているの?」
「サンで結構ですよ。コウタ様。メイドですから呼び捨ててくださいまし」
サンさん、とかサンちゃんとか呼びたいけれど、どうしても舌が回らずに「サンたん」になってしまう。
庭師さんがワハハと笑う。ちょっと太っちょのお爺さん。蓄えた髭が真っ白でふわふわだ。
「坊ちゃん、こんな雑草ども、育ててはおらんよ。欲しかったらいくらでも採ればよろしい。」
オレは驚いて目を丸くした。
「雑草じゃないよ。役に立つ草なの! でも、今は必要じゃないから……。今日はこっちの石にする、貰ってもいい?」
サンも庭師さんもニコニコと頷いてくれている。
あっちの石も、こっちの石も、まるで宝の山のように、ちょっと磨けば売れる石がそこかしこに落ちている。オレの小さな手では2個しか持てないので、キョロキョロと周囲を探す。入れ物はないかなぁ。
そうだ!
思いついて馬屋まで走る。あった、目当ての物だ。貰ってもいいかな……?
「坊ちゃん、坊ちゃん。馬には用心なさってください。近づき過ぎると蹴られます。坊ちゃんなんぞはひと蹴りで大事になりますから……」
庭師さんが何かブツブツ言っているけどオレはへっちゃらだ。馬達に挨拶をして……、目当てのものを…………。
「やめ、やめて! あははは、くすぐったいから、分かったから、あは、あはは、あははは」
馬という馬がペロリとオレの頬を舐め、首を擦り寄せ、コロリとオレをひっくり返す。コロリ、ペロン。スリスリ。ペロン。馬達のくすぐりぺろぺろ攻撃が止まらない。オレが笑うと馬がヒヒン、サンがふふふ。笑いの合唱だ。何だか楽しいね! 庭師さんだけがちょっとオロオロしてるかな?
ひとしきり笑ったら、オレは馬達から長めの藁をひと抱え貰う。うん、しっかり乾燥している。
馬屋の隅に陣取って壁に体を預けたら靴と靴下を脱ぐ。一握りの藁を持ってジュオン。ピンっと張った一握りの藁がくったりを柔らかくなる。水分たっぷりの蒸気で柔らかくなった藁を足の指に引っ掛けて籠を編むんだ。
ジュオン、編み編み。ジュオン、編み編み。一握りの藁をしならせては編み上げ、また一握り、ジュオンとしならせる。
小さな籠ならすぐ編めるよ。母様に教えて貰っておいてよかった。 早速役に立ったよ!
すすと手を進めるとサンと庭師さんがオレの手元を眺めながら固まっている。 ん? 二人ともどうしたの? オレ、なんか変?
「コウタ様、あ、あのぅ。その藁をぎゅっと握るのは、魔法? でしょうか?」
サンが恐る恐る聞く。
「違うよ。オレ、魔法は使えないの。これはジュオンっていうの」
「……ジュオンとは? わしには何がどうなっているのか、さっぱりで……」
「出来た! ほら、サンたん。これなら石をたくさん入れられるよ」
目当ての籠を作り終えたオレは、靴を履き、余った藁を馬達に返すと一目散に石を拾いに駆け出した。
「「……ジュオン? 魔法じゃない……?魔法ですよね……。無詠唱? ジュオン? 何魔法?」」
獲物を捕獲して満面の笑みのオレの向こうで、サンと庭師は首を傾げながら自問自答していた。
コウタの母親は地球からの転移者だった。この星を救う使命を持って転移してきた母は、崇高な使命により女神から膨大な魔力を貰っていた。母と一緒に冒険していた父も、魔法使いとしての才能を開花させ、賢者まで上り詰める。だからまるで呼吸をするかのように日常的に魔法を使っていた。
魔物の討伐や戦闘などで詠唱を唱えるものを魔法、それ以外の日常に溶け込んでいるものについてはあえて魔法と伝えていなかったのである。
コウタは知らなかった。呼吸するように使っていた現象が、世の中では不思議とされることを。強者揃いの閉鎖された山の生活が、常識というものをひどく歪めていたことを。