旧く永く生きたドラゴンは自分を殺せる英雄を育てたい
1.
それはまるで山脈のようだった。山脈が動いてこちらに向かってくる。足元から恐怖が這い上がってくるかのようだ。
死ぬ。これは死ぬ。絶対に死ぬ。
あの山脈は、旧く永く生きてきたあのドラゴンは。とても明確に死の形をしていた。
思わずしゃがみ込む。その頭上を、ドラゴンの翼がかすめて走り抜けていった。
「え、」
「わ!」
ころんころんころんと、適当に組まされただけの仲間が転ぶ。怪我はしていないはずだ。
けれどそれを確認するよりも先に振り返り、手にした武器で通り過ぎていく翼を殴った。
手ごたえはあった。手にしびれが残ったからだ。けれどそれは決して致命傷ではないだろう。
同じように、ただ端から端までドラゴンは駆け抜けた。空からブレスを吐くような事は、今回はしない。それはもっと年次が上がって、こちらの練度が上がってからになるだろう。
今そんなことをしたら、単に死者が増えるだけだ。
僕たちはまだ、学生なのだから。
2.
ドラゴンが駆け抜けた後、そこに立っていたのは僕を含めて五人だった。
黒いロングコートに、黒い武器を持った男と、長柄の武器を持った双子。その奥に、もう一人。遠くてよく分からない。
『ふむ、今年は五人ですか。皆さんもう戦場に?』
先生の旧く永く生きたドラゴンが問いかけてくる。僕以外の四人は頷いたが、僕だけが首を横に振った。
まだだ。僕はまだ。一族の中で許可が出なかった。まずは学校に行き、学ぶべきだと。
兄や従姉、弟なんかはもうすでに自分の武器も決まっているというのに。家族の中では味噌っかすで落ちこぼれのはずなのに、大人たちはそれが普通だと言っている。
僕たちは、英雄にならなければいけないのに。
僕が手にしている武器は棍棒だ。他に言いようがない。刃のついているものは、使ってはならないときつく言われている。転がされている他の生徒達だって、剣を持っているのに。
『おや、まあ』
教員代わりの旧く永く生きてきたドラゴンが驚いた声を上げる。
『初めてなのに、わたしに一撃を。将来有望ですねぇ』
そんなことはない。山脈と見まごうほどの大きさなのだ。武器をふるうことが出来れば、当たるだろう。当てる、だけなら。
「自分はアーロン。君の名を聞いても?」
目の前に、黒いグローブをはめた手が差し出された。おそらくは、黒の一族。なんで黒づくめなのかを、僕は知らないけれど。
「僕は、バルドメロ」
「よろしく」
「よろしく」
アーロンの手を握り返したところで、先生である旧く永く生きてきたドラゴンに向き直る。
これは集団戦の練習だ。産まれながらの英雄でも、学ばなければ集団戦は行えない。
3.
昔。昔。
旧く永く生きてきたドラゴンに、災厄が取り憑いた。
山脈を想起させるほどに大きいそのドラゴンは、死をまき散らす存在となり果てた。
当時の王は、友であり相棒でもあるこのドラゴンのために、立った。王と同じく、ドラゴンとともに生き、その背を預け、共に酒を酌み交わした英雄たちもそれぞれの獲物を手に旧く永く生きてきた災厄に立ち向かったとされている。
その数、約百人。集団戦に慣れている者たちばかりだった。そのすべてが当時最高峰の英雄だった。
それでも。
その半分が骸となった。
生き延びた者たちは言った。思っていたよりも犠牲は少ないと。だから気にするなと。
それは無理な相談だった。
覚えているのだ。
災厄に取り憑かれていてなお。この翼が、爪が、足が、牙が、咢が。友と呼んだ者を、友と呼んでくれたものを、砕き切り裂き屍山血河を築いたのを。
生き延びてしまったドラゴンは、それからさらに年を重ねた。旧くなり、永く生きたドラゴンは殺しにくくなる。そしてまた、災厄に憑かれやすくもなる。
だからドラゴンは――かつてはベセラと呼ばれたこともあったけれど、それはもう捨てた。あの時に、捨ててしまったのだ。
それにその名を覚えている者たちももういない。いくらかのドラゴンたちには伝えられているだろうが、彼らは気を使って旧く永く生きたドラゴンの名前を呼ばなくなった。
だからドラゴンは、自分を殺せる者たちを育てることにした。最初は贖罪だった。かつて殺してしまった英雄の数だけ、また英雄を育てようと。
ドラゴンと共に生きるもの、共に戦えるものはすぐに育つ。だがあの時ドラゴンが殺したのは、そのさらに上位種。英雄である。
自分と友誼を深め、酒を飲み、飯を食らい、怯えずに戦うことのできる。
それは一握りでも、一つまみでもない。もっともっと少ない数しかいないのだ。
という夢を見たので小説に起こしてみました。
もうちょっと続く予定でしたがどう続けるのかを忘れたのでここまで。
ちゃんとプロットメモしておかないからこうなる。