とある侍女の話
大変遅くなりました。
最終話まで投稿予約済みです。
私の名前はクリンダ。ある貴族のご令嬢の侍女として働いている。
最近主とその婚約者の関係が思わしくない状況だ。お互いに嫌いあっているわけではないはずなのに、素直じゃない性格のせいでこじれにこじれている。こんな状況を打開するのも私の務め。気の利いたプレゼントでも渡せばいいのだ。
そこで私は城下町の下町側に降りてみる。貴族街周辺だともう見知った品物しかない。確かに良い品がたくさんあり、なかなか買えないような商品を入手したとなれば人脈掌握の力も披露できる。しかしそれは今必要なものではない。必要なのはあくまでも状況を打開する気の利いたプレゼント。ただ高いものを送ればいいというわけではない。
下町には粗悪な品もあるがなかなか面白い物も多いと遊び人の弟に聞いた。
城から馬車を使って下町の大通りまで出てくる。通りはとてもにぎわっていたが、貴族街ではやっている物の模倣品ばかりで逆に私の目を引くものは少なかった。ここからは徒歩で各店を検分していく。重要な仕事とはいえ時間は有限だ。とりあえず今回は食べ物屋に焦点を絞ることにした。手際よく店の名前とメニューを確認しメモを取っていく。中で食べていくタイプの飲食店が多く、意外と持ち帰ることのできるお店は少なかったのでリサーチがしやすかった。
大通り沿いはやはりめぼしいものがなく、一つ隣の通りに移動する。表通りよりは人が減ったが、ここもなかなか人通りがある。土産のある飲食店は減り、商人や職人用の食事処や小売店などが増えている。あまり買えるものがないかと思ったが、人だかりがあるお店がパン屋であることに気が付く。
インビテーションと書かれたそのお店は一見食べ物を扱う店には見えず、お洒落な洋服屋のようだ。中に入ってみると、興味をひかれるようなパンがたくさん売っていた。なかでもチューリップ型のパンが好評のようで、店内の飲食スペースではだいたいの客がこれを頼んでいるようだ。パンの花びらを外側から一枚一枚とり、それを真ん中の生クリームにつけて食べるようだった。
その他、見たこともないようなパンが多数あった。ここについては特に入念に調査をする。メニューをすべてメモに記し、店長を捕まえて裏メニューがないかも確認する。
「ここが第一候補だな」
そう独り言ちて店をでる。どうやらこの通りはこことあと数件ほどしか飲食店がないようだ。他の店は気になる商品もなく、さっと目を通して終わる。
もう一つ隣の通りはさらに職人が多いようで、作業着の人が増えているのが店の間の小道から見えた。もうこれぐらいにして今回の調査は終わりにしよう。そう思った時、小さな子供たちの叫び声が聞こえた。何かあったのかと小道を抜け隣の通りまで出てみたが、噴水で遊んでいただけのようだ。
「人騒がせな」
そうつぶやきながらほっと息をつくと、通り沿いに一軒パン屋があるのが見えた。職人通りにあるにしてはなかなかセンスがある店構え。町の雰囲気から浮くこともなく、しかししっかりと存在を主張している。
出窓のようなレジで店番をしている可愛い女の子も目を引く。素朴な可愛さがある。華美な貴族令嬢ばかり日頃見ているので、この少女の素朴さに心がなんとなく癒された。小さな店なので商品自体にはあまり期待できなさそうだったが、この少女とちょっと話してみたくなり、立ち寄ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
ニコッと笑ってくれるのがまた可愛らしい。店番は慣れているのか、職人通りの子供らしくしっかりした感じもする。
「ここでは何を売っているのかしら?」
そう質問すると、はきはきとした言葉で商品の説明をしてくれた。商品一覧には一つ一つ手書きの絵が描いてあり、どうおいしいのか一言コメントまで書いてある。
「これはあなたが描いたの?」
「はい。そうです。メインのは父が描いたのですが、細かいのは私が描きました」
絵が入ったメニューは見たことがあるが、すべてに書いてあるのは珍しい。そのメニューを見ながらも、シンプルな商品が多く、残念ながら主への献上品になりそうなものはないと判断した。きっと味で勝負している店なのだろう。日々の生活を支えるパン。奇をてらわずシンプルで飽きのこないパン。主への献上品にはならないが、自分用の夕食にしようと、いくつか購入することにした。
少女がパンを包んでくれている間、内装も確認してみる。落ち着いていて好感が持てる。ふとレジの下の小物も見てみる。かわいらしい。クッキーを模した箱もある。いや、あれはほんもののクッキー?
「あの、これは?」
少女に聞いてみると、嬉しそうに反応をする。
「これは小箱クッキーです。私が開発しました!」
この年で開発者とは恐れ入る。
「すごいわね。ちょっと見せてもらっても?」
そう言ってみせてもらって、色々と質問をし、検分をした結果私はこの小箱クッキーを主に献上することに決めた。
読んで下さり、ありがとうございます。