新しいパン屋さん
大変遅くなりました。
最終話まで投稿予約済みです。
ひとつ離れた通りにもうひとつ新しいパン屋さんが出店したみたい。
うちよりも表通りに近いので、たくさん人が入っているそうだ。店舗も大きく従業員も多い華やかな店で好評らしい。表通りで働く女性を標的にしているので、とても賑やかだとも聞いた。
うちの常連さんも、ここ最近はそちらに行ってしまう。
お父さんはため息をついていたけれど、お母さんと私はその新しいパン屋さんに興味津々。休み時間に行ってみたいけれど、混んでいると聞くので買うのは無理そう。ちなみにそのパン屋さんは従業員が多いからか、お昼休憩もないみたい。
「ちょっとでも覗きに行きたいな〜」
そう呟きながら、今日もまた店番をする。
男子五人組もしばらくはうちに来てくれていたけれど、今日は新しい方にいってしまった。うちの前を通るとき手を上げて挨拶はしてくれたけれど、そのまま行ってしまったので少し寂しい。
しばらくすると、ドュードが再びうちの前を通る。腕には二つパンの袋を抱えて。
「買ってきた」
「そう。混んでた?」
「うん。こっちはエレノアの」
なんと一袋は私用だったみたい。
「買ってきてくれたの?」
「うん。エレノア気にしてたみたいだから。店番で行けないだろ?」
そんなことを言ってくれた。気になっていたので素直に嬉しい。
「ありがとう!」
そう言うと、じゃあなと言ってすぐ帰ってしまった。
袋の中には色々な形のパンが入っていて、どれも美味しそう。後でお母さんと食べよう。
そう思っていると、ダフがやって来た。ダフも両手にたくさんのパンの袋を抱えている。
「これエレノアのだよ。ちょっと手が離せないから、このリボンついたの一袋取って」
「こんなにたくさん買ってくれたの?」
「うん。試食もあってちゃんと味も確認してきた」
「どうだった?」
「うまいぞ」
試食か〜。家ではやってなかったな。
「でも、毎日買うならこっち」
ダフはそうニヤッと笑って、帰っていった。
チャックも帰り際にうちによってくれてお菓子パンをいくつかくれた。
「チャック、色々買ってきたのね」
「そう。敵情視察。スパイ活動」
チャックがくれたのは、珍しいものや可愛いもの。確かに情報収集っぽい。
「忙しいのにありがとう」
「うん」
チャックはこの後もまだ仕事がちょっと残っているみたいで、すぐ帰ってしまった。
テルーとリツはいつも通り二人で歩いてきた。
「二人ともパン屋さん行ったの?」
リツが首を振って、テルーが答えた。
「古本屋に行ってきたんだ」
そして普段通りにうちでパンを買っていってくれた。
みんなそれぞれがうちに気を使ってくれているのが嬉しい。
その日の夜、もらったパンをお父さんに見せて直談判してみた。
「お父さん! 敵情視察させて!」
チャックの言葉を借りてみた。お父さんは腕を組んだままう〜んとうなって、
「よし、任せたぞ!」
と言ってくれた。
翌朝。
「敵情視察開始!」そう意気込んで、家の扉を開ける。木製のドアがギギギと軋んで、上についたドアベルが用もないのにカランカランと鳴る。私は少しペンキの剥げたこの扉が気に入っている。
家の前の階段を登る。高低差がある街なので、あちこちに階段があり、用途不明な塀もある。なんとなく塀の上を平均台にして歩き、一つ隣の通りまで向かう。
道の途中ではいつものように魔法人形が脱穀をしたり洗濯をしたりしている。
家と家の間にはロープが渡され洗濯物が気持ち良さそうにたなびいている。
そんな普段通りの街並みに、見慣れない光景が突如広がる。
大規模な店舗。赤レンガの街並みから少し浮いている、黒を基調としたシックな造り。そこで働くおしゃれで可愛い売り子さんたち。お店の看板にはインビテーションと書いてあった。文字の周りには花と蔦が上品に絡みついている装飾がなされていた。
私はつい口を開けて見上げてしまう。
「可愛〜〜〜」
街のお姉さんたちがこぞってここへ来たがる理由がわかった。そして店内に入り商品を見る。更に理由がわかった。クリームたっぷりのパンを食べてみる。クリームパンではない。チューリップの形のパンの中に生クリームがたっぷり入っているのだ。これで更に更に理由がわかった!
いや、まだまだわからない。敵情視察をもっとしなければ! そう自分に言い訳をして、お父さんからもらったお小遣いをたくさん使ってたくさん食べてたくさんお土産を買った。
敵情視察をしてからというもの。うちのパン屋さんには更にお客さんが来なくなってしまった。
読んで下さり、ありがとうございます。