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パン屋

よろしくお願いします

 エレノアの家はパン屋をやっている。大通りから二本外れた、職人通りと呼ばれる通りにある。大通りから比べたら少し静かだけれど、行き交う商人や職人たちでそれなりに賑やかだ。


 お店にはレジが二つある。一つは店内で買物したり飲食したりする人達用のレジ。もう一つは通りに面したレジで、予約注文や常連さんの買う定番の品物、あとクッキーなどパン焼き窯でついでに作れるお菓子などを売っている。


 私の仕事はこの、通りに面したレジでの店番。品数が少なくて簡単だから小さな頃から任せてもらっている。私はこのレジが気に入っている。だって、お客さんが来ない時は通りをゆっくりと眺めていられるし、たまに通りかかる知り合いとおしゃべりすることだってできる。


「エレノアちゃんはこのお店の看板娘だね」


 よくご近所のおじさんやおばさんがそう言ってくれる。家族経営で、一人娘の私が看板娘になるしかない。私は食パンの耳のようなブラウンの髪にクリーム色の肌。ミルクチョコレートのような瞳。お母さんとお父さんからはまるでパンのようにおいしそうとよく言われている。二人はきっとほめているつもりだし、私自身この容姿は気に入っていた。けれど、飛び切りの美人でもないので、看板娘と言われると照れてしまう。



「エレノア。パン頂戴。」


 やってきたのはご近所の皮製品屋さんのドュード。近所の仲良し男子5人組の一人。いつもこうやって仕事終わりの夕暮れ時にやってくる。


「はーい。どのパンがいい? 」


「あれ、コーンパンもうないの? 」


「今日は工場の人たちがまとめ買いして行っちゃったの。ごめんね。明日取り置きしておこうか? 」


「いや、いいや。今日食べたい気分だっただけだから。じゃあ、このベーコンの入ったのひとつと、クリームとジャムパンを二つずつ。」


「今日食べるの? 晩御飯用? 」


「いや、4つは朝食用。ベーコンは食前のおやつ用」


「そうなの? おなか一杯になっちゃいそう」


「こんなサイズなんてペロリだよ」


 笑いながらパンを入れた紙袋を渡すと、ドュードは一口で食べる真似をした。ドュードもそうだけれど、職人さんたちの食欲にはいつも驚かされる。


 紙袋を小脇に抱えて、ドュードは走って帰っていった。




「おなか減ったー。」


 次に来たのは、体格のいいダフ。私とドュードと同い年だ。


 ダフはいつも沢山買っていってくれる。今回も両手に抱えるほど買ってくれた。


 一度『朝用と昼用? 』と聞いてみたことがある。近所に配るのだと言っていた。『この量を一人で食べるのか、とか言わないところがエレノアの良い所だ』と笑っていた。ダフは体型のことを気にしているみたい。


 ダフのお家は金細工屋さん。代々金物屋を営んでいたが、ダフのお父さんの手先が器用だったことが嵩じて、金細工屋さんを新しくはじめたのだそうだ。体格のいいダフのお父さんは、その体格からは想像ができないほど繊細な金細工を彫り出す。その様子を見せてもらったときには驚いた。ダフも手先が器用なので、きっとお父さんの跡を次ぐのだと思う。


「ばいばい! 」


 両手がふさがって手が振れないダフはニコニコ顔でそう言って、パンを零さないよう慎重に帰っていった。



「いつものー」


 次に来たのは、小柄で元気なチャック。おしゃべりが好きなので時間があるときは色々とお話するけれど、忙しそうにしているときの方が多い。洋服屋さんで働いているらしい。


 この日も『これとこれとこれとこれとこれね! 』と定番パンを指してお金も先にさっと出してくれる。お釣りも出ないピッタリの金額だ。私も慣れているので、聞き返すこともせずに手際よく紙袋に入れる。


 丁寧に包装するよりも短時間で渡す方が喜ばれるので、封もせずに渡すと『ありがとう! 』と言って走って帰っていった。



 この時間はいつも立て続けに5人組の誰かがやってくる。年少者が働く時間は国から定められていて、季節によって違うけれど、だいたい日が暮れる前には定時を迎える。そのため仕事を終えた子どもたちに、翌日のパンを買いにお使いに行かせるのだ。


 ちなみに私の場合は少し遅くまで働ける。暮している家と店舗が同じで、その労働場所に保護者が居て、他に特定の条件を満たしている場合に年少者の時間外労働許可が降りる。パン屋の場合、販売時間帯が他の業種と異なるので、昼休みを長めに取ることを条件に許可を取っていた。


 この世界では子供達もよく働いていた。家族全員で働いて生活していくのだ。前世の記憶がもう少し色濃く残ってたら驚いたかもしれないが、記憶の薄れている今となってはこの光景は当たり前の日常だった。そこに前世からのほのかな憧憬が混ざって、大好きな光景となっていた。



 その大好きな町並みを眺めていたら、案の定次のお客さんが来た。今回は2人で、テルーとリツだった。テルーのお家は司法書士さん、リツのお家は本屋さんだ。


「お疲れ様」


 とテルーが優しく声をかけてくれる。リツは無口なので特に何も言わない。


「お疲れ様〜。今日は2人で来たの? 」


「いや、たまたまそこで会った」


 テルーがそう言うと横でリツがウンウンと頷いている。


 テルーはデザートになりそうなパンをいくつか頼み、リツはシンプルな食パンを指差して一斤頼んでくれた。


「そう言えば今度ドラゴンの卵殻拾いに行こうってさ」


 去り際にテルーがそう言い残し、二人は歩いて帰っていった。


 ドラゴンの卵殻拾い!


 私が好きな遊びの一つだ。昔はよく行ったけれど、最近は全然行っていなかった。行く日が楽しみ!

読んで下さり、ありがとうございます。

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