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親友♂との間に恋愛感情が生まれない話

作者: 有栖悠姫



「そういやさ、バイトどうなったんだ」


「んー、近所の小さい書店で先週から働いてるよ」


「あーあのおじさんが一人でやってる、あれ、駅前のデカい書店かアニメショップの面接受けるって言ってなかった?」


(ピク)


とあるマンションの一室、見るからに高そうなソファに腰掛け大画面のテレビで乙女ゲーム(17歳以上推奨)をプレイしていた橘万葉(たちばなかずは)は、隣に座り小説を読んでいた男の一言で固まり、手に持っていたゲーム機を膝の上に置き、ぎこちない動きで男の方を向く。


「落ちましたが??」


「ああ」


その瞬間、気まずそうな顔になった男の名前は園原桐吾(そのはらとうご)。明るめの茶髪に鼻筋の通った端正な顔立ち、今は座っているから分かりづらいが身長は180近い長身で、街を歩けばすれ違う女性が絶対振り返る美男子。これだけでも十分なのにおまけに瞳は海を連想させる深い青。母方の祖母がドイツ人のクオーターらしく、桐吾とその兄弟はその特性を受け継いでいた。顔立ちと瞳の色で周囲の注目を集めてしまうこの男と万葉は高校入学当初、隣の席だった頃からの付き合いだ。


きっかけは桐吾のリュックに付いていたキーホルダーが、当時万葉がドハマりしていたアニメの推しキャラをモチーフにしたものだったから。万葉は本能的に「同類」の匂いを嗅ぎ取った。数少ない友人達とは悉く推しが被らず、誰かと語り合いたいという欲求を抱えていた万葉は即効突撃を決めた。曰く、たまたま深夜テレビを付けたらやっていて、興味を持って見ている内に嵌まってしまったという。それまでアニメも漫画もあまり触れてこなかった非オタだったと言うのだから驚きだ。その瞬間万葉はこいつをこっちに引きずりこもう、と決めた。何も知らない真っ新な奴ほど染まりやすいのだ。


とんでもなく人見知りでクラス替えの度にこの世の終わりのような顔をしていた万葉が積極的に初対面の人間に話しかけるのは、ほぼ初めてだった。出会った初日で推しと作品について語り合った結果、過去最高速度で親友認定し合った。その際一部始終を目撃していた友人は


「万葉が初対面の相手と楽しそうに喋ってる、しかも男」


「雪降るんじゃね」


「いや槍振るんじゃね」


と散々な言われようだったことは後で知ることになる。







因みに今2人が居るマンションの一室は桐吾が一人暮らししている部屋で、家族4人で住んでも部屋が余るほどの広さ。更に恐ろしいのはこの部屋を含めた数部屋は桐吾の父親が所有しているということ。この男、美形の上に金持ちの御曹司である。天は人に二物を与えずと言うが、アレ絶対嘘だ。


「…絶対いけると思ったのに何で落ちた…」


「万葉より接客できそうな奴が居たからだろう…って何で睨む」


「正論は時に人を傷つけると言うことを覚えるべき」


悔しそうに唸っている万葉は漫画アニメ、ゲーム小説声優と幅広いジャンルを嗜んでいる。この春晴れて大学生になったので幼少期より通っていた大型書店のバイト面接を受け、見事不採用通知を貰い、続けて某アニメショップの面接も落ちHPがゼロに近くなった時、運良く自宅近くの優し気なおじさんが経営している書店に拾って貰った。万葉の性格上、今のバイト先の方が性に合っているのだがそれはそれで落ちたことはショックだった。


「何が駄目だったの…好きな本の名前と作者を聞かれた時はスラスラ答えられたのに」


「それ以外の質問は」


「…」


気まずくなったのかあからさまに顔を逸らす。桐吾は察した、それ以外の質問は緊張からかしどろもどろに答えてしまったのだろう、と。書店もアニメショップも接客業、いくら知識が豊富でもコミュニケーションが苦手だと伝われば難色を示されてしまう。その店が即戦力を必要としていたのなら尚更。


超が付く人見知りなオタクである万葉は、好きなものを語るときや同士を見つけた時はそれは饒舌に喋るが、それ以外の初対面の相手と話す際は別人レベルで静かになってしまう緊張しいだった。桐吾は出会った当初やけに親し気に話しかけてくるので、てっきり社交的だと思っていたのも今となっては懐かしい思い出だ。



「というか、万葉の性格だと絶対今のバイト先の方が合ってるだろ、何でそんなにあの店でバイトしたかったんだ」


「…社割」


「え」


「書店とショップは店の商品1、2割引きで買えるの、だから」


勿論好きなものに囲まれて働きたかったのもあるが、一番の動機は金だ。オタクは金が入用だ。少しでも安く買えるのならそれを使わない手はない。そんな不純な動機だから落ちた可能性もあるが一番の理由はコミュニケーション能力だということは分かっていた。万葉の数少ない友人は皆コミュ力の高いオタクだ、彼女らにくっついていたおかげで今まで孤立せずに来れたのだ。切実にコミュ力が欲しい。


「まあ今のバイト先も社割使えるけど、品揃えがねえ、BL置いてないし」


「個人経営の書店に多くを求めすぎだろ、BLくらい定価で買えよ」


「BL無駄に高いんだよ、厚いのなら兎も角薄いのに800近かった日には」


「その話21回目」


因みに万葉は腐女子だ、それも年季の入った。死別が地雷と言う以外何でも、エロければいい、けどたまにライトなものも読みたくなる、雑食だ。腐った原因は小学生の時に見た深夜アニメ(BL)。それ以来転がり落ちるように沼に嵌まった。もう抜け出せない。


目の前の男に腐女子バレしたのは万葉の落ち度だ。出会って急速に仲良くなった桐吾がアニメに嵌まりたてだったこともあり、自分の持っている本を貸す、じゃあ家に来るかという軽いノリで誘い、桐吾もそれを受けた。


傍から見れば女子が男子を自宅に誘い相手もそれを受けるなんて、下心があると思われそうだが万葉と桐吾の間にそんなものは存在せず、()()()()()()()()()()()()()()()()()


自室に向かい入れた桐吾に貸すのはどの本が良いか選んでいた時だ。本棚の下の方にブックカバーを付けた何冊かの本があり、桐吾は何だろうと思いそれを手に取り中身を見てしまった。それは比較的あっさりとした内容のBLで特にお気に入りだったため本棚に仕舞っている。もっとヤバいものはベッドの下に隠していたので、それを見られた日にはこんなものでは済まなかっただろう。兎も角万葉は漫画を選ぶのに夢中でそれに気づかなかった、気づいたときには遅かった。


「初対面のはずの先輩が何故か迫ってくる…」


「嗚呼あああーーーー!!!」


タイトルを読み上げられた瞬間、万葉の甲高い悲鳴が響き渡る。突然叫ばれた桐吾は驚いて肩をビクッと大きく揺らし、暫し硬直していた。万葉を見る桐吾の瞳には「困惑」の2文字が揺れている。


そこから先は酷かった。自分の趣味がバレたと思いパニックに陥った万葉はフラフラとした足取りでクローゼットに近づき、中から母親に邪魔だと言われしまっていた某ゲームがきっかけで購入した日本刀(模造刀)を取り出し、口封じ、と口走った。万葉は中学生の時BLを馬鹿にされたことがきっかけで、信頼の置ける相手にしか自分の趣味を打ち明けていない。それなのに出会って日の浅い男子にBL本を持っていることがバレてしまったのだ、冷静さを失うのも仕方がない。


一方桐吾はまだ知識が浅く、BLをそもそも知らない。手に取った漫画は表紙を捲ると男が相手を背後から抱きしめているカラー絵にタイトルが小さく書かれているのがすぐ目に入る仕組みになっているが、それを見てもBLだと分からなかった。なんならタイトル通り、主人公が先輩から逃げ回るコメディ漫画だと勘違いしてくれていた。そんなの万葉には分からないし、桐吾も勝手に漫画の中身を見たからこんなに怒っていると誤解していた。日本刀を手にした万葉が幽鬼のようにフラフラと近づいてきたので、割と本気で生命の危機を感じた。


「こ、これは友達が無理やり押し付けたやつで私がBL好きなわけじゃ…!」


「勝手に漫画見たのは悪かった、謝るから殺すのは勘弁してくれ…っ!」


「「え」」


暫し見つめあう2人。片方が日本刀を手にしているので何も知らない相手が見たら乱心した女が男に斬りかかろうとしている、と錯覚しそうな光景。


「…BLって何」


「っっっっっ!!!!!!!」


万葉は自分がバレたと早とちりした挙句墓穴を掘ったことにようやく気付いた。が、もう遅かった。



その後、土下座で謝罪をした後、早とちりで日本刀レプリカを取り出し脅してしまった負い目もあったため万葉は桐吾の問いに対し誤魔化すことが出来なかった。一方桐吾は頭が良くスポンジのように何でも吸収し、かつ好奇心旺盛だったため、死んだ魚の目をした万葉の拙い説明で大体理解してしまった。その後桐吾の放った一言を万葉は忘れることが出来ないだろう。


「それ面白い?」


「え、まあうん」


「ふうん、じゃあそれも貸して」


最初は耳を疑ったし、好意的な態度で接しといて後で馬鹿にするつもりじゃ、と警戒していたが万葉の動物的感が「こいつは問題ない」と告げていた。それにもうバレてしまったしどうにでもなれ、の精神と勢いで桐吾に見られた漫画以外にもそういう描写がない漫画を何冊かと少年漫画を貸した。因みに散々奇行を晒したのに桐吾はあっさりと許してくれた、()()()()()()()()()惚れている。




「面白かった、主人公が最初は結構本気で先輩から逃げ回るのはギャグ漫画並みに笑ったけど段々先輩が不憫に思えて来たし、主人公が段々絆されていくのが…」


内容だけではBL漫画の事だと分からないだろう、あの後自分で調べてBL好きな人間は周囲に隠していることが多いと知ったらしく、教室で話す際は気を遣ってくれたし漫画も基本ロッカーに仕舞い人の目に触れにないようにしてくれていた。しかも人の好きなものを絶対否定したり馬鹿にしたりしないのだ。こういう奴はモテるんだろうと思った、残念ながら万葉はときめかなかったけど。


万葉は桐吾がBLに抵抗がないと分かったため、BL行けるならこれもいけるだろうと少女漫画乙女ゲーギャルゲー声優と色々勧め、親戚に貰った落とし玉が割りと貯まっているらしい桐吾は次々購入していった。


初心者オタクが徐々にこっち側に染まるのに時間はかからなかった。因みにBLには余り嵌まらず。同士を増やそうと目論んでいたがこればかりは仕方ないと諦めた。


そんなこんなで瞬く間に仲良くなった2人に対し「付き合っているのでは」と邪推する人間は多かったし万葉も桐吾に好意を寄せる女子から問い詰められたことはある。が、やがて「あの2人にそういうのはないわ」と皆納得してくれた。2人の間に流れる空気は紛れもない「友人同士」のそれだったからだ。恋愛の「れ」の字も出る隙が無かったのである。まあ、万葉は兎も角桐吾はそれはそれはモテていたのに一度も付き合うことがなかったため「やっぱ2人って」と疑う声が消えることはなかったが、そんなのは知ったことではなかったので放置した。そんなのに構う暇があったら一本でも多くアニメを見た方が有意義に過ごせる、と。



そうして約3年、今では2人は親友と言って差し支えない程気の置けない仲になっていた。どのくらいかというと、桐吾の部屋のバカでかいテレビで割と際どいシーンのある乙女ゲーを平然とプレイできるくらい。何でデカいテレビでわざわざプレイするかと言うと推しの顔を出来るだけ大画面で見たいからだ。



「そういえば、この間買ったそれ、どこまで進んだんだ」


読んでいた本にしおりを挟み、今度は万葉がプレイしていたゲームに視線を向けた。万葉がゲーム機を操作し進捗状況が確認できる画面を表示する。


「もう3人攻略したのかよ、早くね」


「最推しがガチガチに攻略制限かかっているからね、早く落としたい落としたい堕としたい」


「目が血走ってる、寝てねえなこりゃ」


呆れつつため息を吐く桐吾を尻目に、画面を元に戻しボタンを連打しテキストを読み進める。今プレイしているゲームは明治時代を舞台にした乙女ゲーで、ストーリーとしてはごく普通の主人公がある日突然特別な力に目覚め、同じような力を持つ攻略対象が所属する秘密組織に入り日夜国の平和を守るために奔走する、というもの。その過程で攻略対象達と仲を深めるのだが、それがすんなりくっつかないので攻略するのに時間がかかっている。何しろ選択肢を間違えると急に殺されたり、攻略対象外に監禁されたり、はたまた攻略対象に監禁されたりと兎に角バッドエンドが多いのだ。


このゲームを買った理由は高校の時寝食を忘れるくらい嵌まったゲームと同じシナリオライター、イラストレーターの新作で、推し声優が攻略制限ガチガチのキャラ(推し)を演じているからである。


ふと、気になったためまたさっきの進捗状況が分かる画面に戻し桐吾に訊ねる。そこには5人の攻略対象の立ち絵が表示される。


「この中で誰が好き」


「真ん中」


「やっぱり、桐吾とはキャラの好み似ているよね本当」


「前世は兄妹だった説あるんじゃね」


「言えてる」


真ん中のキャラは黒髪黒眼の軍服を身に付けた長身クールイケメンでパッケージにも大きく描かれているメインヒーローだ。だが、他4人を落とさないと攻略出来ないという仕様のため、彼に辿り着くには多数のバッドエンドの罠をくぐり抜けなければいけない。おかげでここ数日碌に寝ていないのだ。だが共通ルートでも別キャラの個別ルートでも出番は多いので声は聴ける、早くエロい声聞かせろやと連日囁く日々だが楽しいので何の問題もない。


それはそれとして、万葉と桐吾は好きになるキャラの傾向が性別問わず似ている。どちらかと言えば正統派な落ち着いた印象のキャラを好きになることが多かった。仲良くなったきっかけの推しも黒髪黒眼で日本刀が武器のクールキャラだった。正直、桐吾が女子だったら即効ルームシェアを申し出ているくらいには気が合うと言うか、波長が合うと言うか一緒にいると楽なのである。だが、男女で一緒に住もうとしたら「やっぱり付き合っているんじゃないか」と言われること間違いなしだしそもそも親が許可しない。


良く「男女の友情」は成立しないと言われるが、万葉は桐吾との間にあるのは「友情」以外の無いものでもないと思っている、()()()()()()()()()()()()()()()




それから10分後、テキストを読み進める万葉と小説を読み進める桐吾の間に特に会話は無かったが唐突に万葉が口を開いた。



「そういえばさ、私のバイトの話で思い出したけどあんたが入った歴史研究サークルどうなの、そろそろ半月経つけど…え」


何気なく聞いただけなのに、隣に座る男は何故かスンと無表情になっている、なのに視線だけチラチラこっちに向けている。これはアレだ、聞いてくれアピールだ。この男話を聞いて欲しい時黙ったまま目線で訴えてくるのだ、慣れればそうでもないが当初は面倒だと感じていた。


「何かあったん」


「よく聞いてくれたな親友!」


水を得た魚のように生き生きしだした桐吾は都合のいい時だけ親友と言うが別にどうでもいいので追求しない。


桐吾は子供の頃から歴史に興味があり小中の頃は戦国武将と新選組に嵌まっていた。自由研究の題材にも選んでいた程。因みに万葉も同じ道を通っていた。やはり桐吾は元々オタク気質なところがあったのだろうと思った。


運動神経抜群なのに高校時代は運動部の勧誘を断り人数の少なかった歴史研究会に入部して、それなりに充実した日々を過ごしていた(桐吾目当てに入部する女子が後を絶たなかったが、全く靡かない桐吾を前に全員即効幽霊部員化した)。


大学にも似たようなサークルがあったので入学早々所属した。が、ここでもやはり桐吾目当ての女子の入部が相次いだ。少人数だったサークルに多くの新入生や在学生が来たことを部長は喜んでいたが、桐吾はなんとなーく嫌な予感がしていた。


そしてその予感は当たった。新入生歓迎会で他に入部した男子と交流を深めようとした桐吾の周囲を如何にも肉食系女子ががっちり固め、身動きが取れなくなった。しかも酔ったフリしてベタベタ体を触るし連絡先を聞き出そうとするしで、気分が悪くなったと二次会前で何とか抜け出した時も「心配だから家まで送って行く」と付いて来られそうになった時には肝が冷えた。状況を察してくれた部長がどうにか逃がしてしてくれたから事なきを得たが、サークルに入るのを躊躇した。


桐吾は見た目はオラオラ系なのに中身は繊細で押しの強い女子に弱い。常に相手の機嫌を損ねないように四苦八苦しているのを身近で見て来たので、その苦労は察するに余りある。その後部長が入部テストなるものを実施し、桐吾目当ての女子をふるいにかけてくれたおかげで割と平和的に過ごせているが、授業前後や休み時間に話しかけられることは絶えることはない。


「何で女子ってあんなベタベタ触って来るんだ、シンプルに怖い」


「それは一部の女子だけだと思うけど、あんたみたいな顔の奴がフリーだと群がって来る奴が多いのは残念ながらよくあることよ」


その時の事を改めて思い出したのか、ソファーから立つとフローリングに座り直しテーブルに突っ伏した。わざわざ座り直した、こいつ、と冷め目で見る。万葉は美形は人生楽勝だと思っていたが、この男を見ると良いことばかりでないことが窺い知れる。


「放っておいて欲しいんだが…」


「うーん、彼女いますとかいえばまともな人はベタベタしてこないと思うよ」


「まともじゃない人は…」


「…」


「おい無視するな」


縋るような目で見てこないで欲しい、鬱陶しいから。


「彼女とか、絶対無理だわ」


「知ってる」


だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。桐吾は小学生位の頃からクラスメートの誰が好きだ何だという会話に全く共感できなかったらしい。初恋も経験なしで、当時は子供だからそういうのが分からないのだと納得させていたが中学、高校と進んでもそれは変わらなかったので「おや?」と思うようになったとのこと。


周囲の男子がエロ本に興奮している様子を見て迎合しようとしたが、興奮するどころか生々しすぎて気分が悪くなってしまった。それに女子に触られるのもあまり好きではなく、恋人がイチャイチャしているのも見て羨ましいと唸る友人を見ても、全く羨ましいと思えなかった。


小説のキャラや漫画のキャラを「好き」だと思うことはあったので、生身の人間にそういう感情を抱けないのかもしれない、と出会ってから2年経ったある日万葉に打ち明けた。このことを知ってるのは万葉だけだ。



「そういうお前はどうなんだよ、彼氏とか彼女とか」


「いますよ、そりゃ。えーと凛と秀悟とアリアと」


「平面じゃなく、立体の方で」


「いるわけないだろ、いたこともない」


「知ってる」


わざと聞いた桐吾はゲラゲラ笑った。今言った名前は全員二次元である、言わずもがな。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。初恋は夕方やってた某アニメの先生だし、今まで明確に「好き」だと思ったのもやはり二次元のキャラクターだった。同じ次元に存在する人間を好きになった経験皆無。そして小中高と進む中、周りの女子がどの男子がカッコいいだどの先輩と付き合いたいだとか騒いでいるのを横目に漫画とアニメに勤しんでいた。皆がカッコいいと騒ぐ男子を見ても「ふーん」という反応しか出なかったし、一切男子に関心を持たない癖に桐吾とは仲が良かった万葉に思う所があったのか「橘さん二次元と結婚しそうwwwww」と滅茶苦茶煽られた経験あり。


結婚できるものならしたいが、その場合自分が肉体を捨て、ペラペラになるか相手が立体を得るかどちらが良いのだろうと真剣に考えた。自分が生きている間に二次元キャラと結ばれる技術、開発されないだろうか。多分無理だ。


要するに生身の人間に恋愛感情もそういう欲求も抱かないのだ、その点は桐吾と似ているが桐吾は二次元キャラと結婚したいとか同じ次元に行きたいとか、そういうことも一切思わないらしい。綺麗なものやかっこいいものを褒めるのと同じ感覚だという。


両親は娘の趣味に一々口出しする性格でもなかったため、特に何か言われた記憶もないが、高校生になった時変わらず二次元に熱を上げている娘を見て流石に危機感を覚えたのか「アニメのキャラも良いけど、クラスにカッコいい子とかいないの」「従姉妹の由美ちゃん彼氏できたらしいわよ、万葉はそう言うのないの」と言われることは増えた。学校の成績は一定をキープ、生活態度も問題ない、家の事も積極的にやっているのだから娘の趣味嗜好に口を出すのは切実に辞めて欲しいと当時は思った。今も変わらない。しかし、周囲は変わっていく。


「私みたいに推ししか勝たんと言っていた友達が急に彼氏作りに本気を出し始めたの、本当に解せない」


「大学生になると彼氏彼女を作ろうとするあの現象、何なんだろうな」


小中高より自由度が上がり、色々開放的になるからだろうけど、実際恋人がいるのは全体の4割くらいらしい。逆に6割は恋人が居ないので、居ない方が普通なのである。


そのはずだが、高校までは共に推しに対し金と時間をつぎ込んでいた友人の何人かは自分の趣味を封印して、メイクを勉強し彼氏を作ろうと躍起になっている。「推しには触れられないけど彼氏は触れるじゃん」「ずっとキャラ追いかけているわけにもいかないし、そろそろ現実見ないと」「万葉もリアルの男子に目を向けた方が良いよ」とありがた迷惑なお言葉を頂いた。別に彼氏を作ろうが趣味を封印しようが自由だが、こっちに話の矛先を向けないで欲しい。


「あ、今怖い話思いついた、言って良い?」


「ホラー苦手だから駄目」


「この先さ」


「止める気ないなら聞く必要ねぇだろ?」


至極真っ当な桐吾のツッコミを無視し話を続けた。


「大学卒業して普通に就職して趣味に勤しんで、30近くになるじゃん。当然恋愛とか一切ない。私はそれで満足してるんだけど周囲が放っておいてくれないの、うち一人っ子だし親は孫の顔とか絶対言ってくるしどんどん見合い写真とか持って来られるじゃん。それに周りの友達はどんどん結婚してマウント取ってくるし、うちらは友情に生きる(笑)とかほざいてた友達もさっさと結婚する。周りは結婚してない私に何か問題あるんじゃないか、みたいな目で見てくる…うわこっっっわ、見て鳥肌たった」


「妄想でそこまで怖がられるのはもはや才能だよ、あと何でそんなリアルなんだよ、こっちも怖くなったんだけど」


自分もそうなる未来でも見えたのか桐吾も自分の肩を抱いて身震いした。


「あんたのところは兄と弟いるじゃん、それにお兄さん結婚してるんでしょ、孫がどうとか催促されないでしょ」


まあ、上流階級だと未婚の子供がいるのは世間体が悪い、と無理やり結婚させられることもあるのかもしれないが、令和の時代にそんな旧時代的なことやってる家もそうないだろう、知らんけど。


すると急に黙った桐吾、チラチラと視線だけ感じる…またか、と些かうんざりするがまた聞いてやった。


「また何かあった」


「聞いてくれるか」


「うるさい早く言え」


奴の言葉を遮り、早く喋るように促す。


「俺の弟、覚えてる?」


「うん、何度か会ったことあるし」


桐吾には8歳上の兄と3歳下の弟がいる。兄には会ったことはないが、弟には家に遊びに行った際何度か会ったことはある。とはいえ互いに友人の弟、兄の友人と言う間柄、仲良くなることもなくただの顔見知りのままである。


顔立ちは兄弟だけあって良く似ており、男らしい顔つきの桐吾を少し幼くした感じ。何度か話した感じ礼儀正しい好青年、と言う印象を受けたのでこちらもモテるんだろうなと思った。


「その弟が何?」


「…」


自分から振っておいて言いづらそうに口籠る。そんなに言いたくないのか、葛藤してるのが伝わってきた。こちらとしてもそれほど気が長い方ではないので、少しばかり圧をかける。


「え、だから何?」


「…弟が最近女子の写真をしきりに送ってくるんだよ、『知り合いなんだけど兄さんに会いたがってる』って」


「…」


「俺が女っけないから心配してるのは分かるんだかな。まあ、1度会えば満足すると思って、適当に選んで1人に会うことにした、それで待ち合わせ場所に行ったら車に乗せられて、気づいたら高そうな店の個室に通された。部屋の中に写真の女子とその親が」


その時のことを思い出しているのか遠い目をする。こっちも釣られて似たような顔になる。


「速攻逃げようしたけど流石に失礼だと思ったから、暫く会話してたんだ、そしたら」


「…」


「『式は互いが大学を卒業してからで、それまでは婚約者ということでよろしいですよね』と一寸の曇りなき眼で言われた瞬間、『持病の癪が!!』と叫んで暴れたら何とか抜け出せた、あの時の俺はアカデミーを狙える名演技だった」


虚な目で淡々と語る壮絶な内容に何と言葉をかけるべきか分からず、絶句した。何と言う恐怖体験、さっきの新歓より何百倍も恐ろしい。自分だったら恐ろしさのあまりリバースしてしまうだろう。しかもそれを兄弟に仕組まれた日にはちょっとばかり人間不信に陥りそうだ。


「…よくぞ無事で」


一言声をかけた瞬間、肩の力が抜けたのか強張っていた表情が緩む。ずっと誰かに話したかったのだろうけど、内容が内容だ。万葉以外に話したら自分の望む答えが返ってくるか分からないし、下手したら「自慢かよ」とやっかまれる可能性すらあった。万葉はその心配をする必要がないので、打ち明けるにはうってつけ相手だった。



「何で弟お節介な親戚のおばさんみたいな真似してるの?」


話の流れ的に弟が見合いを仕組んだのは間違いない、その相手の反応を見る限り桐吾も乗り気だとか適当なことを吹き込んでいた可能性が高い。だからこそ式は大学卒業したらだとかそんな言葉が出たのだろう。お膳立てされてた感が出てて本気で背筋が凍る。桐吾が暴れなかったらそのままとんとん拍子に話が進んでいたんじゃないだろうか。桐吾の家格的に婚約者がいても何ら不思議ではないから。


しかし解せない。弟が女っけのない兄を心配していると言うのは分かる。もし桐吾が40、50で独り身だった場合同じことを仕組むのはまだ理解ができるが、まだ18だ。心配する年齢ではない。


桐吾も同じことを思ったらしく、逃げ出した後弟を問い詰めたらしい。そしたら弟は真面目な顔でこう言った、と。


「だって、兄さんは完璧なのに恋人が居ないのはおかしいと思って。だから俺が家柄も性格も容姿も申し分ない人を選んだんだ、兄さんにふさわしい人を」


自分の言ったことが何ら間違っていないと信じきっている弟のことが、一瞬別の生き物に見えた桐吾。危機感を感じたので兄に今回のことを話し両親経由で釘を刺してもらったとのこと。「桐吾が誰と付き合うかは桐吾自身が決めること。お前が気にすることではない」と。両親に咎められた弟はお見合いを仕組むということはしなくなったが、ふとした時に自分のクラスメイトやどこで知り合ったのか大学生を勧めてくるらしい。絶対懲りていないと思ったし桐吾も同じ気持ちになった、とやはり死んだ魚の目のまま語った。


一通り話を聞き終わった万葉は神妙な顔でポツリと告げる。


「弟、ブラコン?」


「あ、うんそれは間違いない。親忙しかったし兄貴も歳離れてて遊んでもらったことも少ないから、必然的に俺に懐いた」


「だとすると、お兄ちゃん大好きな気持ちが行き過ぎて、兄を神格化してるんじゃない。自分の兄は完璧だからこうあるべきだ、こうならないといけない、あるべき姿に正さないと。理想の兄貴像が『顔が良くて、頭も運動神経もいい。家柄も良いし友人も多くてそれにふさわしい恋人がいる』なら唯一欠けてる恋人を自分が当てがおうとしたんじゃない、まあ、めちゃくちゃ凝り固まった価値観を持ってるのは否めないけど」


万葉の考えに納得したのか思い当たる節があるのか「あー」と気の抜けた声を漏らす。


「兄貴がその理想像まんまだわ」


「あー、1番上の兄がそうなら下の兄もそうに違いないと思い込んでも、分からなくもない」


分からなくもないだけで、理解したわけではない。まあ人の価値観はそれぞれなので、どうこう言える立場ではないがそれに巻き込まれる側は溜まったものではない。その上桐吾は人に恋愛感情を抱かないのだ、余計なことをする弟を疎ましく思っても不思議ではないが、そう思ってないならなんとなく分かった。他人ならそうなってもおかしくないが相手は実の弟、どう対応するか難しいところだ。


「けど、どうするの弟、まあお見合いはもう仕組まないと思うけど。多分これからも知り合いを恋人にって勧めてくるんじゃない?」


「それだよ目下の悩みは。なまじ純粋な善意でやってるからこっちも邪険にしきれなくてさぁ」


「あんたも大概弟大好きだし、大変そうですねー」


「おま、他人事だと思って」


「だって他人事だし」


バッサリ切り捨てた万葉に対し苦笑を浮かべる桐吾。こういうところを人によっては冷たいと感じるのかもしれないが、桐吾は万葉のこういうところを心地よいと感じていた、勿論友情という範疇で。


しかし、万葉も親友が困っているのを黙って見ているのも忍びないのでふと思いついた妙案を口にした。


「あんまり弟がしつこいようなら、レンタル彼女雇うのも手じゃない?」


「レンタル彼女?」


「私もあんまり詳しくないけど、それなりのお金を払えば本当の彼女みたいに、デートとかしてくれるみたいよ。弟に彼女が出来たって紹介して、何度か会った後で別れたとかなんとか言えば一先ず弟は満足するんじゃない。『彼女』が出来たんだから」


すると桐吾は神妙な顔つきになり、口元に手を当て何か考え出した。どうやらレンタル彼女を依頼するか否か前向きに考えてる、と受け取った。これで奴の悩みを解決する足掛かりになるのなら、思いつきだが提案した甲斐があったというものだ。話は済んだと万葉は視線をテレビに移しテキストを読み進める。


「…あのさ」


「何?」


「さっきの話じゃないけど『彼女』を作るの結構良い案だと思うんだが」


「ならやれば?貯めてるお年玉使ってないって言ってたし何回か雇うくらいは」


「うん、()()()()()()()()


ん?と何か引っかかり隣の男の方を向くとそこには青い瞳で真っ直ぐに自分を見据える…あ、なんか嫌な予感がする。


「頼む、俺の彼女のフリしてくれ!」


「やだ」


「俺とお前の仲じゃん!」


顔の前で両手を合わせ頭を下げる美形を切り捨てる様は、人によってはとんでもない悪女に写りそうだ。


「何で私」


「万葉ならあいつも知ってるし、赤の他人を彼女として紹介するより信憑性が増すだろ」


言わんとすることは分かる、だが。


「やだよ面倒臭い、大体私に何のメリットが」


「金払う、推しに使う金増えるぞ」


「うわー、金持ち特有の金で解決しようとするのここで出してくるの?出来れば聞きたくなかったわー」


悪魔の言葉を囁く桐吾を睨みつける。桐吾が金持ちであることは疑いようのない事実だが両親の教育方針なのか金銭感覚は一般的だし高校時代はバイトもしていた。だから今になっていかにもな言動をされ、少しショックを受ける。


「最近流行ってるんだろ、契約結婚とか契約恋人とか」


「流行ってるというか、確かにそういう作品増えてるけどさぁ」


この男、最近読んだ漫画か小説に変な影響を受けている。何でも吸収するのも考えものだ。


「そういう作品は必ず途中で恋愛感情が…私らにはあり得ないね」


「だろ」


目の前の男を友人として好感を抱いてはいるが、恋愛の「れ」の字も生まれる余地はない。それは桐吾と同じはず、だからこそこんな提案が出来るのだ。


「まあ、私も人生で一回くらい恋人作ったり結婚したりは経験してみたいという気持ちはある」


「あ、実は俺も。単純な興味本位で」


小さく手をあげ同意する。桐吾の好奇心旺盛さはここでも発揮されている。まあ結婚は興味本位でするものではないだろうけど。恋愛感情は抱かないが、それと恋人を作ることや結婚に対し一切の関心がない、というのとは別問題だ。我ながら面倒臭いと自負しているが、そうなのだから仕方ない。だが、普通交際も結婚も相思相愛の2人がするものだ。やってみたいからやる、と軽いノリでやれるものではない。友人や母親の言う「彼氏を作る」と言う行為は万葉の理想とかけ離れているため聞き流しているのだ。


万葉は恋人を作ることも結婚することもないまま歳を取るだろう。もし60近くになり、人恋しくなったら同じような人と結婚するのも一つの手だと思っていた。恋愛感情無しで、少なくとも孤独死は避けられる。しかし、そんな相手見つかる保証はない。 



桐吾は万葉と似ている所謂同士だ。初対面の時、


((こいつ、何か同じ波動を感じる))


と直感していたのもお互い知らない。が、桐吾が万葉の理解者であることは変わらない。その時の万葉は金も入るし、自分の知的好奇心を満たすことができる、と前向きに考え出していた。我ながら倫理観がバグっていると自覚しているが、割と勢いで行動する性質だったことを思い出す。


万葉はゲーム機を膝の上に置き、体ごと桐吾に向き合った。


「細かいところ、決める?」


「よし来た、ちょっと書類作るからこっち来て」


一瞬にしてパァと明るい顔になった桐吾は弾かれたように立ち上がると部屋を出ていった。その後に万葉も続く。


後日ノリと勢い、金のために安請け合いしたことを万葉は後悔するとか、しないとか。けどそれなりに楽しくやるかもしれないのは、また別の話。

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