ずっと前から嫌われて。
「⋯⋯え?」
気づけば、そんな阿呆みたいな声が出ていた。だって、しょうがないじゃないか! 今の今までずっと俺のことを苗字でしか呼ばなかったあの姫咲さんが、俺の呼び出しに答えてくれた上に可愛らしい笑顔でやっと『優吾くん』なんて呼んでくれたのに⋯⋯。
俺の告白を、受け入れてくれたと思ったのに。
ずっと前から、大嫌い。
彼女の口から出たのは、そんな拒絶の言葉だった。まともに頭が回らない、今の言葉を理解したくない。彼女が俺を拒んだなんて、信じたくない!
どうして、と聞きたかった。でも、俺の口は小さく開くだけで肝心の声を出してくれない。
なんで、なんで声が出ないんだ! そうやって必死になっても、声ですらない音が漏れるだけ。姫咲さんは冷たい目をして、そんな俺を見る。けれどその視線はすぐに外され、古いおもちゃに飽きた子供みたいに離れていく。
「あ⋯⋯待、って」
やっとの思いで出た声は震えていて、みっともなかった。でも、彼女は俺の声なんか聞こえていないみたいに歩いていき、来た時と同じ角を曲がっていなくなってしまった。
姫咲さんの姿が見えなくなった瞬間、俺は膝から崩れ落ちてそのまま呆然と地面を見つめた。物陰から見守ってくれていた友人が駆け寄って声をかけてくれるが、何を言っているか分からなかった。
ただ、彼女に嫌われた理由を知りたかった。
でも、いくら考えても全く心当たりが思いつかない。なぜ、どうして、そればかりが頭の中を埋め尽くす。
俺は、人に嫌われるようなことは今まで何もしていないと断言できる。女との付き合いもあっちが飽きるまで我慢してたし、男同士の会話も違和感がない受け答えを徹底した。だから、だから彼女も、父さんや母さんが言っている『いい子』として俺を見ていたはずなのに!
「なんで⋯⋯なんで? 俺は、いい子でいたのに⋯⋯余計なことも、失敗もしてない、のに⋯⋯」
手で顔を覆って、汚いダンゴムシのようにうずくまる。口からはそんな言葉がこぼれるが、実際には一回だけ失敗したことがある。
中学時代、テニス部に所属していた俺は対戦先の学校の女子に告白されたことがあった。その女の顔は覚えていないが、ちょっとイライラしていたから八つ当たり気味に手ひどく振ってしまったのだ。
そこまで思い出して、俺は勢い良く起き上がった。
「うわっ!? どうしたんだよ、優吾」
驚いた友人が聞いてくるが、今はそれどころじゃない。俺はごめん、と一言謝って自分の教室に向かって走り出した。後ろから友人たちの声がしたが、無我夢中で走り続けて教室にたどり着いた。
自分の席に向かい、鞄の中からスマホを取り出す。そしてメッセージアプリを開き、抜けるのがめんどくさくて放置していたテニス部のグループトーク画面を開く。軽くトーク履歴をさかのぼれば、その中学校の名前は簡単に見つかった。
『唐川中学校強かったな! 相変わらず笹原は女子に囲まれてたけど笑』
唐川中学校。それが、あの日俺が告白された時にいた中学の名前。そして、
俺が唯一恋をした、姫咲千彩都の出身校。
「⋯⋯世界って、狭いんだなぁ」
そうだ。どうして今まで忘れていたんだろう。きっとあんな振り方をしたから、あの学校で悪い噂が流れてしまったんだ。そのせいで、俺は彼女に嫌われて、あんな風に振られてしまったんだ。
納得するのと同時に、乾いた笑い声が口から出てくる。もう、全てがどうでもよくなってしまった。人生初の失恋が、こんなに辛いだなんて思いもしなかった。俺はもうその場に座り込んで、涙を流しながらひたすら謝ることしかできなくなってしまった。
俺は、ずっと前から嫌われてたんだ。
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彼がすすり泣いている間、姫咲千彩都、相川柊和、中村美良子の三人は自分たちの教室を後にしながら談笑していた。
「いやーでもマジで笹原のこと振ったんだな、千彩都!」
「もー、何回言ってんの? いい加減違うこと話そうよ」
「明日はちぃちゃんが笹原のことを振ったって話で持ち切りだろうね」
「げったしかにそうじゃん! あーもうどうやって言い訳しようかなー! ねえ助けてよみぃちゃん、柊和!」
三人分の笑い声を廊下に響かせながら、少女たちは帰路につく。⋯⋯姫咲千彩都の復讐劇は、正しく幕を下ろしたようだった。
了
これにて完全完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
新しい作品も、今年中には一章分投稿しますのでよろしくお願いします。