一
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好きです! 僕と付き合ってください!」
4月28日の午後3時20分頃。窓の外でまだ散っていなかった桜の花弁が風に吹かれてひらひらと舞っている中、目の前の男が頭を下げながらそう叫ぶ。桜花高校の三階にある空き教室で、私は···。
「······ごめんなさい」
また一人、男を振った。もう何回このやり取りをしただろう。中学から勉強を必死に頑張って志望校に合格できたからさあ頑張るぞ、と意気込んでいたが···正直もう疲れてしまった。
「そんな···! 僕なら、姫咲さんのことを幸せにする自信があります!!」
「···本当にごめんなさい、あなたにはもっといい人がいると思うの」
「どうしてですか!!僕はこんなにもあなたが好きなんですよ!?なんで付き合ってくれないんですか!!絶対後悔する羽目になりますよ!?」
「···えーっと······」
しつこく食い下がってくる目の前の男を軽くあしらいながら、私_姫咲千彩都は似たようなことがあった入学式の記憶を振り返ってみる。···思えば、この時から私の地獄は始まっていた。新入生代表挨拶のため舞台へ上がった時に見た同級生たちのうっとりしたような表情で嫌な予感はしていたが、その時は気のせいだと思い込んで無視してしまった。今なら断言出来る、あれは明らかに私に好意を抱いていた!
どうやら私は、世間一般で言う『光る原石』というやつだったらしいのだ。高校デビューと称して母の協力の下メイクやオシャレを学んで、面倒なスキンケア等を頑張った結果が、今の『告白地獄』というわけだ。
皆から好かれ、告白の呼び出しを何回もされる。それがこんなに辛いことだなんて思わなかった。中学の頃の暗い性格の自分には無縁だと思っていた、親友と一緒に見て盛り上がった大好きなマンガやアニメのキラキラした世界。それに憧れこそあったものの···やはりマンガと現実は違うということらしい。げんなりしながら、私は理想は理想でしかないという悲しい事実を受け止める。しかしそれと同時に、むしろこの状況が好都合なことを無理やりにも思い出す。
姫咲千彩都、今年高校生になった16歳、乙女座、A型。こうなるために勉強や他のことを今まで頑張ってきたんじゃないか! これも全部、『親友』のために! 『笹原』に、一矢報いるために!そのためには、こんな···言っては悪いがモブ男に構っている暇なんかないのだ!
「······はあ···」
一日の告白回数の連続記録を更新したモブ男にイラついて思わずため息をつくと、目の前の男は顔を紅潮させて息をのんだ。···しまった、私のため息は男子からすれば色気のあるものらしいのだった。
私はすぐに笑顔を作り男に向き直るが、この後の対応はまだ検討中だ。どうする、どうやってこの場を離れれば···!
「ひ、姫咲さ···⋯」
男が何か言おうとした瞬間、
「ちぃちゃん! やっと見つけた!」
聞き慣れた声が助け舟のように背後から響いた。振り返ると、教室の入口に私の親友の中村美良子と、その友達の相川柊和が並んで立っていた。二人はモブ···告白してきた男が眼中にないかのように私の元へとやってくる。
「柊和、みぃちゃん!」
私は二人の姿を見た瞬間、思わず声を出していた。ああ、よかった。やっとこのモブ男(この際だから私に告白した男は皆モブ男と呼ぶことにする)から解放されるかもしれない。
「おっす千彩都! また告られてんの? いやぁ、モテる女は違うねぇ」
柊和に肩を組まれながら茶化されるが、今この状況下ではそれが救いだった。
「ちぃちゃんすごい可愛いもんね〜」
今度は反対側からみぃちゃんに腕に抱きつかれた。みぃちゃん···美良子とは中学生の頃からの付き合いで、お互いをみぃちゃん、ちぃちゃんと呼び合う、いわゆる『親友』だ。私が陰キャオタクの部類なら、みぃちゃんはきっと社交的な陽キャオタクだろう。うん、きっとそうだ。
そんなこんなで、私は二人に挟まれた状態で連行されてしまう。なんだか某宇宙人を思い出す格好だな、なんて呑気なことを考えながら二人のスピードに追いつけなかったモブ男を軽く見やる。それに気づいたモブ男が何か言おうとしていた気がするが、二人の勢いに便乗してもう聞こえないフリをすることにした。
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三人で教室に戻り、私の席に集まるといつもの雑談が始まる。この後遊びに行くかだとか、今日のニュースの話だとか···好きな人のタイプだとか。そんな他愛もない幸せな日常が今日も過ぎ去っていく。二人があのモブ男から助けてくれたおかげで、『良い日』で終わることができる···と思っていたが、どうやら今日は残念ながら良くない日だったようだ。
「姫咲さん、いる?」
教室の入口の方から私の名前を呼ぶ声がして、私たち三人は同じタイミングでそちらを見た。
立っていたのは、この学校以外でもイケメンだと騒がれている同級生の笹原優吾だった。背が高くて顔が整っている上に、この学校の美術部所属でいくつもの賞を受賞。さらには顔のおかげで雑誌モデルやアイドルのスカウトもしばしばあるそうだ。
そんな男が教室に来たのだから、当たり前のように私たち三人以外の教室の女子たちはざわざわとしていた。それを気にもとめない様子で、彼は軽く微笑みながら私をまっすぐに見つめている。···私は椅子から立ち上がり、彼の方を向いてにこりと笑いかけた。
「どうしたの、笹原くん」
わざとらしいほど優しい声で返事をすると、笹原はより笑みを深めてこちらに向かって歩いてくる。その瞬間、ずっと様子を伺っていた柊和とみぃちゃんがそそくさと私から離れて黒板の方にいってしまった。あまりにも素早い二人のその行動に、私は少しだけムッとしてしまう。
正しい判断だと思う。思いこそするが、やっぱり少し寂しいというか···二人が笹原のことを生理的に受けつけないというのは知ってはいたけど、だからってなぜに毎回私を盾にするのさ。まあ、こいつにまともに対峙できる女子は私しかいないっぽいから、これも『正しい判断』の内か···。とりあえず、後で二人には私を盾にした責任を取ってもらおう。そうだな···ケーキでも奢ってもらって、慰めてもらおうかな。
そんなことを考えている間に、私の目の前で笹原が立ち止まった。自分の顔がいいことを理解しているとでもいうような、自信に満ち溢れた表情だ。その顔にイラッとしながらも、私は何とか微笑を顔に貼り付け続ける。これがなかなかにキツいので、思わず助けを求めるように黒板の方にチラリと目を向けると、柊和とみぃちゃんは、神妙な面持ちでこちらを見守っていた。···二人が緊張する必要はないと思うけど。
笹原は二人の視線···もとい、クラス中からの注目を気にせずに、私だけを見つめていた。
「姫咲さん。今時間大丈夫?」
笹原があの笑顔のままそう問いかけてきたので、私は急いで崩れかけていた笑顔を作りなおし笹原と会話を行う。
「うん、大丈夫。何かあったの?」
「よかった。実は、姫咲さんに話があったから···」
「···話?」
「うん。実は友達にテーマパークの入場券を貰ったんだけど···今度の日曜日、一緒に行かない?」
笹原がそう言った瞬間、周りからきゃあきゃあと黄色い声が上がった。驚いて周りを見てみると、クラスを分割統治するいくつかの女子グループが私と笹原に浮かれたような熱い眼差しを向けていた。…女子というのは、相手の本性が分からないとこんなにもバカみたいな反応をする。顔だけが良い男なんて、なんの価値もないのに。私のこの自論を理解していくれてるみぃちゃんだけは、周りと違って真剣な様子でこちらを見つめていた。
「······。で、姫咲さん。どうかな?」
周りの女子の騒ぐ声が面白くないらしい笹原は、少しだけ冷たい目で周りを眺めた後、分かりやすすぎる作り笑いで再度問いかけてきた。そんなに不機嫌なのを丸出しにしてたら嫌われますよ、王子様?なんて心の中で茶化しながら私は歓声の中でも聞き取れるような落ち着いた声音で、彼の招待の返答をする。
「···いいよ。次の日曜日にそのテーマパークで待ち合わせよう」
「! ···ありがとう、分かったよ。じゃあまたね」
笹原サマはすっかり機嫌を良くしたようで、そのまま自分の教室に戻っていった。そして彼の姿が見えなくなった瞬間、私はさっき騒いでいた女子たちに囲まれてしまった。
「やったじゃん姫咲さん!」
「まさか笹原くんからデートに誘われるなんて!」
「羨ましすぎー! ねね、次の月曜日どうだったか聞かせて!」
矢継ぎ早にやれ羨ましいだのやれよかったねだの、わあわあと先程よりも近い距離で騒ぎたてられる。···うるさいなぁ、今私はみぃちゃんと柊和と話したいのに。どうしてこのクラスの女子はすぐに一人に対して複数人で群がるんだろう。
「千彩都、大丈夫?」
それにうんざりし始めたとき、女子たちの隙間をかいくぐって柊和が私のそばに来てくれた。みぃちゃんはこちらに来ようとぴょんぴょん飛び跳ねているのが未だに騒ぎ続けている女子たちの隙間から見えた。···その時のみぃちゃんがうさぎみたいで可愛いと思ったのは秘密だ。
しかし、柊和がそばに来ても女子たちの騒ぐ声は収まらなかった。まるで、芸能リポーターの囲み取材を受けているみたいだ···心底気分が悪い。
それに、今は迂闊なことは言えない。もし私が今うっかり爆弾的発言をしてしまえば、簡単に私の計画が消し炭になるかもしれないのだ。その可能性を危惧して私が黙り込んでいると、柊和が声をあげて女子たちの騒々しさを吹き飛ばしてくれた。
「はいはいみんな落ち着いて! 笹原とのデートの話はあたしが今度千彩都から聞いてみんなに話すから! はい、一旦解散!!」
柊和が声高らかに宣言したおかげで、周りの女子たちは徐々に散らばっていってくれた。やっと集団の圧から解放された私の元に、結局近づくことが出来なかったみぃちゃんが駆け足で近づいてきた。
「ちぃちゃん!大丈夫!? ごめんね、柊和ちゃんみたいに近くに行けなくて···」
そのままの勢いで腕に抱きついたみぃちゃんは、しょんぼりとした顔でそう謝ってくれた。それが可愛くて、私は思わずみぃちゃんを抱きしめて頭をわしゃわしゃと撫でてしまった。
「謝んなくていいよ〜! それより、ようやくここまで来れたわけだけど···ちょっと来て」
私は柊和とみぃちゃんを教室の隅に連れていき耳を近づけるようにお願いした。そして周りの人たちに聞こえないように気を付けながら、ひそひそと二人に『ある確認事』をする。
「···あの噂、デートの後もちゃんと機能すると思う?」
そう聞いた瞬間、二人はうーんと唸りながらその質問の答えを考え始める。
『あの噂』······私がこの学校に入った最大の目的を果たすための、あいつ専用の『餌』。私のこの身勝手な計画を聞いてもなお友達でいてくれた二人が広めてくれた、諸刃の剣。
「あの噂、ってあれでしょ? 千彩都が笹原のこと好きってやつ」
「ひ、柊和ちゃん!」
確認するように言った柊和の言葉をみぃちゃんが慌てた様子で制止しようとしたが、残念ながら言い出すのが少し遅かったようだ。二人の間から見える女子たちの視線は獲物を見つけた猛獣のようになり、全員がこちらの話に耳を澄ませているのが分かった。二人もそのただならぬ気配に気づいたようで、後ろを横目に確認するとビクッと肩を跳ねさせ申し訳なさそうにこちらを向いた。
「···ごめん、千彩都」
「ご、ごめんなさい···」
目を泳がせながら謝る二人を見て、私はため息をひとつ吐き出した。柊和のうっかりした性格は今に始まったことじゃないし、みぃちゃんに至っては謝ることなんて一つもない。···それに、周りのこの反応と笹原が出ていった直後のみんなの言葉から察するに、ちゃんと噂は機能しているのだ。それが確認出来たのだから、むしろ二人には感謝しないと。
「大丈夫だよ。じゃあこの話の続きは家に帰ってからしよっか」
私が笑いながらそう言えば、二人も安心したように笑ってくれる。そのまま私たちは各々荷物をまとめて、教室から逃げるように家に帰っていった。
その日の夜、シャワーを浴び終えた私は自室でメッセージアプリを開き柊和とみぃちゃんがいるグループにメッセージを打ち込んだ。
千『みぃちゃん、柊和。起きてる?』
美『起きてるよー』
柊『あたしも起きてるよ、早速続き話す?』
10秒もしないうちに二人から返信がきたので私はそのまま二人と話を続けることにした。
『じゃあそうしよっか。で、どう思う?』
早速私は、柊和とみぃちゃんに笹原のあの誘いに乗って良かったか否か。その意見を簡単な言葉で問いかけた。そして、私たちはお互いの意見を交換していく。
美『私は多分大丈夫だと思う。笹原とのデートが噂になるかもしれないけど···』
柊『確かに! あれ、でもそれ噂じゃなくない?』
千『まあ事実ではあるしね···。でも、私としてはそれはそれで好都合だと思うんだよね』
柊『んー確かにねー。千彩都の目的のためにはなりそう』
美『···ちぃちゃん。今更聞くけど、本当にいいの?』
『本当にいいの?』⋯⋯みぃちゃんから届いたそのメッセージを見た瞬間、私のメッセージを打つ指がピタリと止まってしまった。しかし、私は頭を軽くふってからすぐに返信した。
千『うん。だって私、あいつに復讐するために今まで頑張ってきたんだもの!』
そうだ、今更後に引くことなんてできない。私は、あの日みぃちゃんのことを振ったあげくに酷いことを言って傷つけた笹原の腐った性根を傷つけるために、同じ屈辱を味わわせるために頑張ってきたんだ。みぃちゃんの代わりに復讐する、なんて···そんなの、偽善どころかただの逆怨みではあるけど、これは私がした選択。私の自己満足だから、みぃちゃんはほとんど関係ない。
そう心の中で繰り返して決意し直しながら、私はスマホを握る手の力が強くなっていることにも気づかずに返信のメッセージを打った。
千『だから大丈夫、どうなっても私の自己責任だから!』
千『最近は他のクラスのみんなにも可愛いって言ってもらえるようになったしね!』
千『柊和もみぃちゃんも心配しないで。私のメンタル強いの知ってるでしょ?』
いつからか癖になっていた親指打ちで、部屋中にスマホの液晶画面を叩く音を響かせながら、夢中でメッセージを打ち込んでいく。打って、打って、打って‥‥指に痛みが走った頃に、ようやく打つのを止めた。無意識のうちに息を止めてしまっていたようで、心臓がバクバクと激しく脈打っているのが分かる。私は深く深呼吸してそれを落ち着かせ、自分がどんなメッセージを打ったかを確認するためスマホの画面を見る。
「···うわぁ······」
気づいたときには、すでに声を出してしまっていた。子供が癇癪を起こした時と大差ないレベルの言い訳じみた文章がつらつらと並べられ、誤字脱字が目立つメッセージ。···我ながらどうかしていると思う。今更不安になってしまったからって、二人に八つ当たりするようにこんなにメッセージを送り付けるなんて。
冷静になった私はすぐに二人に送ったメッセージを取り消そうとした。しかし、メッセージ欄を遡ろうとした瞬間二人からほぼ同時に返信がきた。
美『そうだね。でも、今みたいに不安になったらちゃんと言ってね! ちぃちゃんってばすぐに一人で無理するんだから』
柊『千彩都ってリアルでも緊張したりすると変に口数増えるよな。あたしらに対して強がんなって! 友達なんだから』
二人からのそのメッセージを見た私は、安心したような、嬉しいような、ひどく暖かい気持ちになった。···私はなんて幸せ者なんだろう。こんなにいい友達に巡り会えることなんて、きっともう二度とないだろう。そんなことを考えながら、私は二人にメッセージを返した。
千『ありがとうみぃちゃん、柊和。おかげで元気出た』
美『本当?良かったぁ』
柊『うん、良かった良かった』
メッセージを打ち終えた私は、スマホに充電ケーブルを差し込み座っていたベッドに寝転がりながら時間を確認した。···画面の左上の数字は、もう少しで10時になりそうだった。そろそろ寝ないと明日に支障が出てしまう。私はまどろみ始めた意識と頭を無理やり起こして、最後のメッセージを打ち込もうとした。
柊『じゃあ千沙都が本調子に戻ったところで、そろそろお開きにする?』
しかし柊和も私と同じことを考えていたらしく、私が言うよりも早くお開きの宣言をしてくれた。そのメッセージを見た私は再度頭を枕に落とし、人差し指で返信を打ち込んでいった。
千『そうだね。じゃあ二人とも、おやすみ』
美『うん!おやすみちぃちゃん、柊和ちゃん』
柊『おー、おやすみー』
みぃちゃんと柊和からの返信を確認した私は、そのままスマホを放り出して眠りについた。