9 ちゃんとした復讐の話
私が表情を改めたので、殿下も表情を厳しくした。
復讐……、領民にとって領主がやらかした事で不利益を被るのは最悪だ。領主の元に不満が押し寄せるだろう。
これまで話してくれた事を本当に復讐に使うのなら、無関係の領民も不利益を被る事になる。内容によっては……私も悔しいけれど、お止めしなければと思った。
「そんなに心配しなくても大丈夫。ジクリード領とネイピア領を、今後10年ジュペル伯爵の領地とする。その間、もちろん両家には貴族としての税は納めてもらうけど、領地に掛かる税は取らない。……つまり、二つの家は一番儲けられる時期に爪弾きにされるだけ。あと、絶対この2つの家にはショコラとブランド豚を売らない。ジクリード公爵は宰相だから王宮での会食で口にするだろうけど……アイゼンはね? ネイピア子爵は王宮の一官僚として働いてもらうけど、もちろん彼はそんなに重要なポストに無い。彼らの領民はその間しっかり潤うし、損をするのはジクリード家とネイピア家だ。流行からも取り残される。ノウハウが定着してから領地は返還する。……どうかな? 少し気の長い話だけど」
私は頭の中で言われた事をじっくりと吟味した。
つまり、我が家の収益はその10年間かなり右肩上がりになる。そして、その不利益を被るのは、領民ではなくジクリード家とネイピア家だけ。
これなら、悪くない気がする。
最後の1年間孤独な学園生活を送り、同じ貴族の子息令嬢から冷たく扱われ、最後にはやってもいない事で公衆の面前で婚約破棄。殿下が今洗ってくれているが、もちろん虚偽の申告をした彼らは罪に問われる。子息令嬢のした事だから、賠償金に留まるだろうけど。
私の恥辱は拭えない。けれど、殿下があの場で助けてくれたこと。
そして、殿下の秘密の趣味……お菓子作りのお陰で、ガブリエル殿下は我が領に目を向けて、良い所をたくさん見つけてくれた。
今度は嬉しくて泣きそうになった私は、両手で口許を隠す。顔が赤い。ここまでしてくれるなんて、と思わずにはいられない。
「その上、ちゃんと国内にノウハウが応用できる事が分かれば……国のブランドとしてジュペルのショコラ、豚、サツマイモは外国に売り出す。ジュペル伯爵はその功績で、侯爵位を与えられるだろうね」
「どうして……?」
「ん?」
私の涙に震える声は、小さくくぐもって聞こえなかったのだろう。
指先で滲んだ涙を拭って顔を上げる。
「ガブリエル殿下……どうして、ここまでしてくださるのでしょう? 私は、ガブリエル殿下を尊敬しておりましたが……我が領の事も、私の事も、一体なぜこんなに……よくしてくださるのか」
「あー……やっぱり、覚えてない?」
「え?」
「そうだね……、私は長い片思いをしていた。カカオのお菓子を作ろうとしたのも……凝り性の私ですら苦労したけれど……君に、あの時貰った温かい思いを返したかったからだ。フローラ嬢、いや、フローラと呼んでも?」
何が何やらだが、ケイトお兄様もずーーっとと言っていた。私たちの間に何があったのか、ちゃんと聞きたい。
そして、名前で呼ばれる……それが嫌じゃない。ガブリエル殿下の声は私に向く時、いつも優しい。照れてしまって、少し俯いて頷く。
「は、はい。あの、……嬉しいです」
「うん。……じゃあ、少し昔話をしようか、フローラ」