7 ガブリエル殿下の特別なお菓子
「殿下が……お作りになる?」
「うん、今はね。私の秘密の趣味なんだ、菓子作りは。王族の男としては褒められた趣味では無いから内緒にしておいて。といっても、今日のは昨日支度しておいたから盛り付けだけしたらすぐに行くよ」
案内をお願い、と後ろに控えていた侍女に申し付けて、私は殿下の調理風景を見る事なく一室に通された。
可愛らしい部屋だった。
白く磨かれた木目の家具に、開け放たれた窓の外は、窓枠を額にした絵画のように綺麗な花が咲いている。
窓の近くの席に座って、庭を眺める。心地よい微風が入ってくるように、風除けの背の高い木も植えられていて、春の温かい風のいいところどりをしている気分だ。
「おまたせ」
エプロンと三角巾をとった殿下が、後ろにワゴンを押させている執事を伴って部屋に入ってきた。
テーブルの上に乗せられたのは……黒、ではなくミルクの混ざった薄茶色から焦げ茶をしたものがどれも混ざっている。
ケーキは円筒状で、上に金箔があしらわれていて、少し濃い茶色で覆われている。真ん中に3つ並べられたお皿には、輪切りのオレンジを甘く煮て乾かしたものの半分くらいが濃いめの茶色で覆われているもの、角の丸い四角い形の上に薄茶色の模様が描かれている一口大のもの、最後に丸くて粉をまぶしたようなこれも一口大の茶色いもの。
「キノコの……トリュフみたいですね」
「いいね! じゃあこの丸いのはトリュフでいこう。名前を決めたんだよ」
「あ……あの時食べた物、ですか?」
「そう。ショコラトール、って名前にした。苦い水、という意味なんだけどね……略してショコラ。これは全部、カカオが原料の全く新しいお菓子なんだ。食べてみて」
「はい……!」
その間に黒い飲み物が置かれた。これは身に覚えがある。領地ではよく飲んでいたが、外の人にはあまりウケが良くなくて、領内で消費していたコーヒーだ。領民には高く輸入するお茶より浸透している。夜に飲んではいけない物で、目が覚めてしまうのだ。
茶の木は育たないので、このコーヒーの種を煎って粉にして濾して飲む。よく手に入れた物だが、これも砂糖やミルクを入れないと甘く無い。
「ショコラがとっても甘いから、これは苦いまま。こっちの方がショコラトールって言うべきだと私は思うんだけど……コーヒーって名前なんでしょう?」
「はい。熱い地方で育つ植物は限られているので、茶の木は熱に負けますが、これは負けません。実は領民のおやつですが、種からも芳香を放つので飲むようになったようです……もうずっと前からの物ですが、こうして王都で飲めるとは」
私は殿下に勧められたケーキにフォークを刺した。外側は少し硬く、中はムースが重なっているのかすっと通る。断面は上が薄い茶色のムース、イチゴのジャム、下が濃い茶色のムースで、土台に茶色のスポンジケーキが置かれている。
目にも楽しい。地味な色合いだが、シルクのように表面が滑らかだ。
カカオは苦い物、という先入観があるが、ショコラが甘い事を私は知っている。迷いなく口に運ぶと、口の中にカカオの苦味と共に、イチゴの甘酸っぱさが広がって、それを全部包み込むような濃厚な甘さが舌の上で蕩けていく。ミルクが混ぜられているからか、苦味も強くない。
これにコーヒーを飲んでみると……、思わずため息が出た。
「とっても……、とっても美味しいです。ガブリエル殿下の趣味は、もう趣味の域を超えております。こんなに幸せな気持ちになれるなんて……」
「よかった。食べ過ぎは良く無いから今出してある分だけだよ。とってもお砂糖を使うからね」
「まぁ……太ってしまいますね」
「ご褒美に食べるのがいいんだ。そんなお菓子として広げて行きたい。疲れた時、悲しい時に、元気になれるような……頑張ったね、フローラ。これはご褒美だ」
殿下の言葉に、私は胸を詰まらせて泣きそうになった。
いや、堪えきれず涙をこぼしながら、笑ってショコラのケーキを食べた。
涙なんて気にならないほど、甘くて、美味しくて、幸せな味がした。