6 内緒のカフェ
「ごきげんよう、フローラ嬢。あぁ、私服姿の君もとっても綺麗だね」
「ごきげんよう、ガブリエル殿下。そう言ってもらえると、とても嬉しいです」
翌日の昼過ぎ、馬車で迎えにきた殿下の前に、私はパステルカラーの緑にハイウエストの白くて太いベルト、ポイントの飾りボタンが2つついたワンピースと、飴色のローファーという出立ちだった。白のポシェットも斜めにかけている。
殿下もくだけた格好で、白いシャツに前を留めないベスト、ループタイに細身の焦げ茶のパンツと黒い革靴だ。
これならお互い、お忍びとしてもデートとしても合格だろう。
昨日たくさん泣いたから、殿下と顔を合わせてお互いに笑い合った。ケイトお兄様からその辺は聞いているはずだ。
早速馬車に乗り込んで、窓の外が見えないように目隠しされる。どこに行くのかは秘密らしい。
「ケイトから多少の事は聞いたと思う。確か、君の家はケイトの……ビアニカ公爵家の傍系で、カカオとサトウキビの産地としてそれなりに広い領だ。だけど、食糧の蓄えが難しい。で、お隣の領で麦と染料、羊を中心とした産業をしているジクリード公爵家と、有事の際に助けてもらえるように婚約していた……あっているね?」
「はい、その為の政略結婚です。私が嫁ぐ事で縁を繋ぐのが目的でした。しかし……あぁなってしまって。お父様が居ないタイミングで、まだ相談もできてません」
殿下が小さく笑った。
「ジュペル伯爵には前々からプロジェクトの為に領地に何度も足を運んで貰っている。一昨年くらいからかな? 頻繁に家を空けていたろう」
「あら、そうだったんですか? お父様は私に仕事の話はしないので……、当たり前ですね、殿下の秘密のプロジェクトですもの」
「アイゼンの事もあったからね。そちらも宰相が一番張り切って動いている。『ジュペル伯爵とフローラを傷付けた馬鹿息子と、それを扇動した子爵令嬢にはきっちりお礼をしなければ』と。かなり……宰相なのに信用が落ちていたからね。身内の不始末も徹底的にやるようだよ。それはまた、今度話すよ。——ついた」
ガタン、と小さく揺れて馬車が止まる。扉を開けてもらったそこは、貴族街の町外れ……と言っても王城を右手に見る高位貴族の屋敷に見えた。庭もよく手入れされていて、ただ、誰の屋敷かは分からない。
学園からもほど近く、城の(と言っても城壁の中に入ってまだ長い道を行くのが城だ)お隣のお屋敷。看板も出ていないし、不思議な感覚だ。
立派な白亜の壁に青い屋根の二階建てのお屋敷は、大きな窓で二階のテラスも広々としている。ちょっとした特別なお茶をするには良さそうだ。今は春だし、窓を開放してテーブルセットを出せば景色も楽しめる。
「素敵なカフェですね……! どなたかのお屋敷かと思いました」
「プレオープンは半年後だけどね。今日は特別、君のために開店する」
びっくりした。まだ営業していないカフェは、いつ開いても客で溢れるだろう。特別感のある立地に、予約して入るように客席は少ないはずだ。
殿下のエスコートで中に入ると、年若い執事と侍女たちに出迎えられた。彼らが店員らしい。
「フローラ、特別なものを見せてあげる。私の秘密の趣味だ、だから内緒だよ」
「は、はい」
小さな子供のようにはしゃいでいる殿下の後ろをついていく。どう見ても店員が動くための廊下に入り、辿り着いたのは、厨房。
ただの厨房じゃ無い。半地下になっていて、どこかひんやりとしている。温度調節がされているようだ。全てアルミか鉄で銀色の金属でできている。
「カフェ・ガブリエラ、お客様第一号だよ、フローラ」
慣れた調子でエプロンと三角巾を身につけた殿下が、そう、私に言った。
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