5 ケイトの知っていること
「お茶を淹れたら下がってちょうだい」
「かしこまりました」
外に出ていた姿だから恥ずかしい格好では無いので、そのまま従兄弟のケイトお兄様の前に座った。
ケイトお兄様は、私と同じような紫紺の髪に同色の目をした、飄々とした性格と振る舞いをする。見た目はいいのだが、お友達にしか見られない、と振られる事が多く、軽薄そうに見えるからですよ、と慰めるのだが、実際は軽薄とは無縁の人なのでどうしても改善できないらしい。
侍女がお茶を淹れ、ポットにおかわりをおいて出ていくと、やっとニヤニヤしていたケイトお兄様が口を開いた。
「公衆の面前で婚約破棄されてガブリエル殿下と婚約したって? ヒュー! やるじゃんフローラ!」
「……笑いにきたんですか、祝いにきたんですか」
「どっちも? お前、何にも知らないだろうから、すこっしだけ教えにきた」
「……はぁ。ちょっと待っててくださいね」
彼が無償で私に何かしてくれる事はない。対価を払わないと、大体はおちょくられて終わりだ。対価さえ払えばまともに話してくれるのだから、信用はしている。
私は廊下に出て、フィナンシェとマドレーヌ、スコーンとクロテッドクリーム、いちごジャムを追加で持ってきてくれるように頼んだ。従兄弟は甘党なのだ。
全てのお菓子が運ばれてくるまで、私は目を伏せて従兄弟のニヤニヤと視線を受け流しながらお茶を飲んでいた。
買い物で疲れていた身体に染みる。刺さるような視線がなければもっといいが、私は情報が欲しい。
やがて机の上を埋め尽くす甘味が運ばれてくると、また人払をして、ケイトお兄様の話に耳を傾けた。
「そうそうこれこれ。さて……どっから話してやろうかねぇ」
「とりあえず、知っている事の最初から」
「あいよ。まず、アイゼン様だが、1年前から素行不良が目立っていた。婚約者がいるのにその婚約者より身分が下の子爵令嬢と街中を堂々と並んで歩き、楽しそうに談笑して、令嬢を送っていく。誰がどう見ても以前お前にしてた事そのまんま、浮気なのか婚約破棄なのか、と宰相はかなり詰められていたんだわ。俺は中立な、基本学園では身分の差は関係無いから痴情のもつれに口出す気は無いから」
学園の春休みの間に、どうやらアイゼン様はアンジュ様に掠め取られていたようだ。アンジュ様自身もファンが多い女生徒だったから、最初は仲のいい男子生徒に証拠をでっち上げさせたのだろう。
1年と2年の時の教科書やノートなんて、好きなだけ細工できる。使わないものを再利用して私を貶めるにはちょうどよかったろう。
そして、アイゼン様は、まさかそんな、と思ったが、学園が始まると私が孤立している。貴族の令息令嬢だって、火のないところに噂がたたないように、火元の私を避けている、と思ったのだろう。火元はお前のそばにいるぞ、と今なら教えてやりたいが。
そして、1年間浮気しながら相談と銘打ったデートをしていたわけか。なるほど、宰相閣下も『息子の不始末』に嫌気がさしていたのだろう。国王陛下と共にあの茶番に乗るわけだ。
「学園は身分が関係ない場所……外からだって、陛下も手を入れられない。卒業パーティーが唯一外から手を入れられるチャンスだ、招かれてるからな。で、ガブリエル殿下はお前にずーーっと前からご執心だったから、渡に船だったわけ。あと、そうそう、近々お前の領地は豊かになる。今、水面下でプロジェクトが進んでる。これもガブリエル殿下の主導でな。外国に気取られたら元も子もないが、気取られなければすごい儲けになる話だ」
「そこまで私に話していいのですか……?」
「いいよ、俺殿下の側近だもん。お前の従兄弟だし。明日のデートコースも相談に乗ったし、何を話すかも聞いてるから、訳わからなすぎる! ってなってるフローラを助けにきたってわけ」
ケイトお兄様は優秀なのはわかっていたが、まさか第二王子の側近とは思わなかった。私と2つしか違わないのだから、異例の出世だ。
ケイトお兄様は公爵家の次男。家を継ぐ事は無いが、取り立てられるには充分な身分だし、そもそも優秀だ。
我が家はカカオというよく分からない特産物と、高級品の白砂糖から庶民の手が届く黒砂糖にもなるサトウキビが主な産業だ。これが、豊かになる……?
ちょっと想像がつかない。カカオの方がよく採れるし、ほっといても育つので、その赤字分をサトウキビで補っている農家が殆どだ。
あとは自領で消費する麦、芋、野菜、肉、卵などの農作物と酪農をしている。南にあるだけあって、暑すぎて不作はよくある事だ。芋は強く病気にもなりにくいので、貴重な主食である。品種改良も国の中では特に進んでいるが、麦を尊ぶ国内ではイマイチ評価されない。
麦は不作でも飼い葉にはなる。クズ芋と混ぜて家畜の飼料になっている。
ケイトお兄様の話で、全てではないがある程度理由はわかった。肝心要のアンジュ様の動機やら、ガブリエル殿下のお気持ちはわからなかったけれど、アイゼン様の心変わりの理由が分かっただけでもよかった。
「ありがとうございます、ケイトお兄様」
「まぁ、俺もすぐ助けてやれなかったからな。仕組みってやつは厄介で……、従兄弟なのに辛い思いをさせたな」
「……今、そういう事を言われると、泣きそうになりますので……」
「泣いたらいいじゃん。……俺となら侍女も誰もそばに居ない。俺は菓子食ってるから」
「……ケイトお兄様、あり、がとう、ござ……ます」
言ってる途中から、胸の中につっかえて固まっていた、1年間の不遇と最後の恥辱が、膨れ上がって決壊した。
声を上げて、泣いた。従兄弟はハンカチを差し出して、私の隣で菓子を食べていた。私のそばに寄り添ってくれながらも、何も聞かないで。
ケイトお兄様がテーブルの上を空にするまで、子供のように泣きじゃくった。
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