31 殿下の趣味は最高です
今日、私はようやくフローラ・ショコラトール公爵夫人になる。
3年間かかった。私はもう21歳で、これ以上遅らせるのはダメだ、と国王陛下と王妃様と王太子殿下、なんと私の両親にまで詰められて、ガブリエル様はあらゆる業務を分散できるように手配し、私との結婚の準備とショコラトール邸になる屋敷の改装と引っ越しを済ませ、やっと式になった。
ウェディングドレスは白のプリンセスラインという定番を。披露宴のドレスは練り絹の光沢のあるこげ茶色。上品なマーメイドラインなので、まだ若い私が着てもおかしくはない。私とガブリエル様を繋いでくれたショコラ色のドレスの方が、実は着るのが楽しみだったりする。
当然ながら人を使って監督するに務めたが、それでもカフェ・ガブリエラのお得意様から、ジュペルブランドの特産品を作り始めた領地に至るまで、相当な数の貴族が参列する。今日の主役はガブリエル様と私なので、陛下たちは泣く泣く参列を諦めた。
しかし、披露宴には絶対に呼ぶようにと言われて押し切られた。
何せ、今日の披露宴ではガブリエル様の考案したあらゆるショコラが並び、ジュペル領産の豚を取り寄せて王都で捌いた物が料理として供される、とてもじゃないが私とガブリエル様の結婚式でなければ予算がいくらになるか分からないような豪華な披露宴になる。立食形式で、絶対に足りなくなるから、と王都中のショコラティエをかき集め、ジュペル豚も相当な数を料理にした。
お祝いの席では通常は牛肉が珍重されるが、ジュペル豚は別だ。今や高級牛肉よりも値段が高い。
その料理を食べ逃すのが嫌だ、なんて理由で参列したがる陛下と王妃様を思うと、思わず控室で笑ってしまった。
「あなた、よく笑うようになったわね。とてもきれいになったわ、フローラ」
「お母様」
私の支度を終えた所に、お母様がやってきた。
お母様は厳格なお父様の後ろを楚々としてついていくような控えめな性格で、お父様が領に戻られるならついていくし、王都におられる間はどんなに遅くまででも帰りを待つというような控えめな母。
私とお母さまは仲が悪くはないが、お母様の一番はお父様だと分かっている。最近は私も忙しくしていたから、なんだかこうして2人で話すのは久しぶりな気がした。
思えば、私が孤立していた1年間の間、毎日勉強のお供にとお茶とちょっとしたお菓子を出すように指示してくれていたのはお母様である。あれがどれだけこまやかな気遣いだったかは、お菓子に関わるようになってやっと理解できた。
甘い物と美味しいお茶は、幸せをくれる。捻くれずに……生来の鈍さもあったのだろうけど……過ごせたのはお母様のお陰だと思っている。
「お母様……今なら、お母様がしてくださったこまやかな愛情が分かります。私も、夫を支える妻になりたいと思います」
「あら、ふふ……私もあなた達に感謝してるのよ」
「え?」
意外だった。それに、理由も思いつかない。
「あなたは知らないけれどね、お父様は仕事が煮詰まると深酒をするの。だから私がいつもついていっていたのだけど……最近、洋酒入りのショコラが出たでしょう? ぴたりとお酒をやめてね。お陰で、私も遅くまで起きている必要もなくなったし、最近はとても元気なのよ。お茶会も出られるようになったわ」
あの厳格な父が……深酒。まさかと思ったが、確かにお母様の顔色もよく、笑顔もはつらつとしている。
身近な人の変化にやっと気付くなんて情けないが、やはり私は、少々他人の機微にうといようだ。
「さぁ、お父様が迎えにくるわ。ショコラトール公爵夫人、時間が出来たら私ともお茶をしてくれるかしら?」
「もちろんです、ジュペル伯爵夫人。……お母様、ありがとう」
「泣いたらせっかくの美人が台無しよ」
そう言いながらも、繊細なレースの縁取りのハンカチで私の涙をそっと拭ってくれる。
「フローラ、幸せ?」
「はい。ガブリエル様の趣味は最高です、私をこんなに幸せにしてくれて、これからも幸せにしてくれますから」
そう答えた所で、お父様が迎えに来た。
お母様は頑張ってねと告げて聖堂に向かい、お父様にエスコートされて控室を出る。
私は、今日、この後、フローラ・ショコラトールになる。その幸せを噛みしめながら、バージンロードを歩いた。
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