3 謎の残る夜と、楽しみな明後日
「送ってくださりありがとうございました、ガブリエル殿下」
「構わないさ、君を一人で帰すことはできないからね。……フローラ嬢、明後日は空いている?」
「? はい、空いております」
家の門を潜ったところでお礼を言うと、唐突に予定を尋ねられた。
1年間冷たく避けられていた私は、もう1年もの間休日に予定は入れていなかった。もしかしたらアイゼン様にお誘いを受けるかも、なんて淡い期待で長期休暇も領には戻らなかった。
蓋を開けてみれば何ともバカバカしかった。孤立していたから友人と出かける、なんて事もなかったし、アイゼン様はアンジュ様と出かけていたり、お茶をしていたりしたかもしれない。
つい、暗い顔になってしまう。
あの場でガブリエル殿下の手を取ったのは……打算。一人も味方がいない中で、冤罪で貴族の令息令嬢に責め立てられ、国王陛下やアイゼン様のお父様の宰相閣下にも、情けない所を見せてしまった。
あの場でお返事はしたけれど、お父様もいないし、正式な話は後になる。まだ、殿下の真意も聞いていないし、わからないことだらけだ。
それでも、差し伸べてくれた手を取らないでは立っていられなかった。私は思っていたよりも、自分の心にも鈍感だ。
「じゃあ、親交を深めるためにデートに行かない? 素敵なカフェを知ってるんだ。君と行きたいな」
私は目を丸くしてしまった。
婚約の口約束……それもほぼ、パフォーマンスのようなもので、まだ私はアイゼン様の婚約者だ。それは……大丈夫なのかな?
「心配しないで、怖いならお忍びの格好でおいで。私も私服を着るから」
「は、はい。わかりました。あの……、殿下。何故殿下が私に、……その」
「その話は、その時に。君にはゆっくり私を知って欲しい。……おやすみ、フローラ嬢」
私が途切れ途切れに尋ねた事は、彼の手の甲に触れるだけの口付けで頭から飛んでしまった。
アイゼン様はあんな風に女性の肩を抱いたりしない方だった。と、思ったけれど……、私は元からあまり好かれてなかったのかもしれない。政略結婚なのは間違いないのだから。
本当に愛されていたらこうなるものなのかな。顔が熱くて、馬車から降りた時の風がのぼせたような顔を冷やしていく。
「じゃあ明後日、お昼過ぎに迎えに来るよ」
「はい、ガブリエル殿下。ありがとうございます」
「おやすみ、フローラ。……今日は、ゆっくり眠って。明後日を楽しみにしてるよ」
「……おやすみなさいませ」
殿下が笑って馬車に戻ると、私は頭を下げて殿下を見送った。
悔しいし悲しいし、辛いし、……やっぱりとっても悲しいのだけれど。そして、何ひとつわからなかったけれど。
少しだけ、久しぶりに何を着るのかを悩むのは、楽しみでもあった。