27 一年後、人を幸せにするショコラの『復讐』
「ガブリエル様、何をなさってるんですか?」
「贈り物だよ、今日は『彼ら』の結婚……式は無いけど、の日だからね」
あの婚約破棄から1年、半年間……ショコラティエを育てて営業を始めた『カフェ・ガブリエラ』は既に来年の春まで予約でいっぱいだった。
私は今や軌道にのったガブリエラとショコラのお陰で、いよいよ殿下と呼ぶのを禁止され、ガブリエラの裏方の責任者として正式に仕事を任されている。社交活動も多くなり、私が主催のお茶会にはショコラが並ぶので、みんなこぞって参加したがった。
ガブリエラには、アイゼン様とアンジュ様、その家族や使用人の出入りは禁止されているし、高級食料品店に降りているコーヒーの蜂蜜やジュペル豚の加工肉(生ハムや塩漬け肉、ソーセージなど)も、ジクリード家とネイピア家には10年間の販売禁止令が出されている。婚約破棄のあった日に遡っての発令だ。今、王都でも各地の大きな都市でも1番の流行り物だというのに。
「あら……、それは、ショコラのケーキですか? 随分大きいですね」
「ウェディングケーキだからね。私は『幸せ』になって欲しいとは思っているけれど……、今後も暫く彼らはショコラを口にする事はない。せめて、結婚の日位は家族で幸せを分け合えばいいと思っているよ」
優しい言葉と、私は丁寧に箱をラッピングしている姿に感動していたが、背後からケイトお兄様がやってきて台無しにした。
「騙されるなよ、フローラ。いいかぁ? これはな、『この味はあと9年は口に入らないけど忘れられないだろうね』っていう殿下最大の嫌味な贈り物だからな」
ケイトお兄様に言われて、まぁ、と驚いてガブリエル様を見ると、悪戯に笑っている。
「バレたか。まぁ、そういう事。――私は『凝り性』だからね。幸せを感じて欲しいとは思って丁寧に作ったけど……、それが今後彼らの口に入るのは9年経ってからだ」
「そ、そこまでしなくとも……」
「フローラ、君はね、あの場で私が出て行かなければ社交界には一生出られず、結婚も難しくなっていた事を自覚した方がいい。君の将来全てを潰しに来た悪意に対する意趣返しとしては、この位は可愛いものだろう?」
ガブリエル様の仰る通りではあるのだが、毎日ショコラが食べられる環境にいる私は、幸せ太りをしないかどうかが今1番の悩みだ。正直、あの二人の事など、今となっては殆どどうでもいい。
ケイトお兄様が呆れて私の肩を指で叩き、内緒話をする。
「なぁ、本当にこの人でいいのか? ものっすごく執念深いぞ?」
ガブリエル様に聞こえる声量のひそひそ話に、私も笑って同じように答える。
「いいのです、だって、そのおかげで今の幸せがありますから」
しかし、一度ショコラの味を知ってしまった人が、向こう9年食べられないなんて……まして、今後は職人と特別な厨房は王都から、やがて国中に広がっていく。もう特別な厨房の店は建造を密かに始めているのだ。
ショコラは流行から定番になり、ジクリード家とネイピア家にショコラを与える事を禁ずるとなったら……夜会も茶会も招待できなくなるだろう。ジュペル豚の飼育も始まったら、ますますだ。コーヒーも、ミルクをたっぷり入れたオレに蜂蜜を入れた物がおいしいと話題になっている。
食べ物を禁止する、それは、あらゆる社交活動に影響する。
学園での最後の1年間、名前を追いかけ続けた私の好きな人は、本当に『凝り性』で容赦がない、としみじみ思った。




