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26 プレ・オープン!の、前日

 レヴィガン公爵にあたりをつけ、オリバーの選んだ皿の工房にティーウェア、各サイズの食器、コーヒーウェアを頼んで、なんとかぎりぎりプレ・オープンに間に合う頃に食器類が到着した。


 モルガンの指導により完璧な動作と声のトーン、表情やちょっとしたしぐさまで訓練された従業員が丁寧に食器を厨房と給湯室に運び込み、オリバーはその全てをチェックしてOKを出した。


 実にプレ・オープン3日前の出来事である。


 その頃にはショコラティエたちの盛り付けも腕前も相当なものになっており、味も見た目もガブリエル殿下のお墨付き、盛り付けはオリバーのお墨付きである。


 やっとここまで、というべきか、あっという間だった、というべきか……半年間の煩雑な帳簿と金銭のやり取り、まさか輸入までは私が窓口になるわけにはいかずにそこはレヴィガン公爵からの買い取りという形で話が進んでくれたので辛うじて間に合ったというところだ。


 私も表に出る事があるかもしれないので、モルガンに軽く指導を受けて、従業員と同じ紺色のひざ下丈の、可愛いメイド服とホワイトブリムを身に着けた。伯爵令嬢のすることではないかもしれないけれど、カフェ・ガブリエラの一員としてはこの姿の方がうっかり人前に出たときにもちょうどいいだろう。


 が、基本はモルガンが従業員に徹底的に導線も計算も接客も仕込んであるので、私はあくまで何かあった時の責任者だ。少しだけ豪華な服にしてあるらしい。貴族相手に責任者を呼んで、と言われたときに出ていくのがモルガンと私になる。


 全ての準備が整った前日、私は「オシャレをしてきて」というガブリエル殿下の言葉に頷いて余所行きのドレスに日傘に馬車でガブリエラまでやってきた。そこには、軽い盛装のガブリエル殿下がいて、私をエスコートするように手を引いてくれる。


「最初のデートの時は、何もかも未完成だったから。今日はプレ・オープンの前の、フローラへのご褒美だよ」


 ガブリエル殿下に言われて、私は毎日通い詰めていたカフェ・ガブリエラをじっと見上げた。


 白い綺麗な二階建ての屋敷に、季節の花を咲かせる庭。遮るものは無いけれど、心地よく日陰を作る庭木。開け放たれた大きな窓に、いくつもの客室。


 ここに、明日は招待客が来る。そして、今日は私とガブリエル殿下がお客だ。


 なんだか胸が熱くなって泣きそうになったが、堪えてガブリエル殿下に笑いかける。


「とても嬉しいです。何を食べようか、今から迷ってしまいます」


「全部頼んでもいいんだよ?」


「食べきれない事くらい分かってますよ」


 とても食べきれない。ここの店で出されるショコラは多種多様に渡る。


 それを1人前ずつ頼んだとしても、殿下と2人で食べきれる気がしない。


「でも、それじゃあ意味がないから、特別メニューを用意してある。さぁ、いこうか」


 特別メニュー? と疑問に思いながらガブリエル殿下にエスコートされて、私は一階の可愛らしい客室……最初に殿下と入った時よりも、もっと可愛らしい壁紙と家具に変わった客室に通された。


 従業員の動きも話し言葉も完璧で、貴族に供するものだからレストランのようにメニューが出される。


「右下を見てみて」


「ショコラセット、ですか?」


「そう。全部のショコラをちょっとずつ食べられるようにしてある。ケーキも一種類ついてくる。そして紅茶か珈琲がセットのお試しメニュー。貴族によるだろうけど、まずプレ・オープンではショコラセットをお勧めしていこうかと思って」


「いいでしょう。コルセットを締めた淑女が食べきれるかどうか、私で実験ですね?」


「ふふ、でも、楽しんで欲しいとは思っているよ。練習した物をおやつに食べて貰っていたけど……全然太らなかったね。運動したの?」


「毎日頭を使っていたからでしょうか? もちろん、庭を歩いたり、食事は少し控えめにしましたけど……一応、体型は維持できました」


「フローラは美人だから、もう少し丸くなってもいいと思うけど」


「ガブリエル殿下?」


「……失礼、女性には禁句だね」


 なんてやり取りをして笑いながら待っていると、ショコラセットが運ばれてきた。


 届いた中で一番大きなお皿に、半分ずつに切られたショコラが綺麗に並べられ、薔薇の花びらが散っている。縁取る金と、図案の淡い色合いが、薔薇とショコラの濃い色合いをいっそう引き立てていて見栄えがとても良い。


 そして、従業員がその場で淹れてくれる珈琲も、同じ図案のコーヒーウェアだ。可愛らしい見た目に、豪華な盛り付けと丁寧なサービス。こうしてお客として受けると、また違った感慨がある。


「本当に素敵……、いただきます」


「いただきます」


 私とガブリエル殿下は目で一通り楽しみ、ショコラと珈琲の香りに鼻をくすぐられながら、庭木にとまる小鳥の声を聞きながらショコラを食べ始めた。デザートフォークとスプーンで、硬いショコラもトリュフもなんとか不自由なく食べられる。硬いショコラは手でもってどうぞ、とお勧めしておしぼりを用意してもいいかもしれない。


 そんな改善点を話し合いながら、カフェ・ガブリエラのお客第一号として改めてガブリエル殿下とデートができた。それが嬉しい。


「今日は君のための貸し切りだよ。仕事の話もいいけど、私に何かご褒美を強請ってくれると嬉しいんだけどなぁ」


「今日のデートが充分ご褒美です。……私を幸せにしてくれたショコラを、ガブリエル殿下と向かい合って、こうして完全な形で頂ける……。入る前から、もう、泣きそうで……」


「フローラ……」


 ガブリエル殿下が差し出してくれたハンカチを受け取り、そっと涙を拭きとって、私は笑った。


「とっても、幸せです」


「私も、本当に幸せだよ。大好きなフローラとここでこうして、大好きなショコラを食べられる。そして、明日からはもっといろんな人に幸せになってもらいたいな」


 ガブリエル殿下の言葉に私は姿勢を改めた。


「ご心配なく。必ず、皆さん幸せになってくれます」


 それだけは、毎日この店を見て来た私には自信があった。

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