24 ケイトお兄様に詰め寄る
「一体いつバラしてたんですか!」
「落ち着け、おーちーつーけーって。な? ほら、殿下が苦笑いしてるぞ」
「私は従兄弟同士の仲が良くて微笑ましく見ているだけだよ」
カフェ・ガブリエラの事務室で私がケイトお兄様に詰め寄るのを、ショコラトールを飲みながら殿下が穏やかに眺めていた。
食事は摂っているからお腹は一杯だけれど甘いものが欲しい、という時に飲んでいるらしい。すっかり甘い匂いに包まれている事に慣れたものの、私の心情としては、ケイトお兄様! である。
「あぁもう、ちょっと考えれば分かるだろ? 宗家が何も知らぬ存ぜぬで貴族街にジュペル領の肉類だのハチミツだの卸せるかよ」
「う……、そ、れは、そうですけれど」
「そしたらカカオのこともセットで話しておくべきだろ? 何しろ殿下相手の専売契約だ、俺は殿下の側近としてもジュペル伯爵家の宗家の次男坊としても父上に話さないっていう選択肢がない立場なわけ。で、直接は噛めない状態だろうが。宗家が分家の利益をぶんどるみたいな行為になるだろ? だから、そのうち噛む機会はあるだろうから、って話を通しておいたの。分かった? 納得した?」
「う……く……、で、でも……」
「ショコラがこけると思ってんの?」
「思ってません」
そこは即答できっぱり答えた私だった。これは絶対に流行る。このお菓子は、人を幸せにするお菓子なのだから。
ジュペル豚の加工品も、ハチミツも、売り上げは上々だ。砂糖も高級品だが、古くなって湿気る前に殿下が準備の為に買っては使ってくれていてジュペル領は嬉しい悲鳴をあげている。
カカオの方も、薬としての薬効はそこまででもないから、摘果した実を薬用に、お菓子用には摘果して育てた大きな実を高値で殿下に専売している。
これは最低でもプレオープンまでは知る人が少ない方がいい情報だ。店員たちも、未だに何を商品として扱うかは知らない。今の所カフェという事で通して、お茶と珈琲の淹れ方から基本的な接客、簡単な計算等、覚える事が山のようにあるので、覚えさせている。
そこまで秘密にしているのは、それほどショコラという新しいお菓子は革新的で新しいことがある。また、ジュペルの他の特産品がジュペルの技能で売り物になった時のジュペルブランドは大事だけれど、直接的に利益につながる農作物……つまりカカオは、最南端のジュペル領の特産品だ。
万が一他の領にバレてしまっては、特別感が薄れる。長年研究してきた殿下のレシピや技術、特別な厨房等、皆「これは一体何に使うのか?」と、わからないでいるから単純に目の前の利益で動いてくれているのだ。
これを先にどこかで発表されては、何もかもがうまくいかなくなる。カカオの専売は約束しているが、他の領でカカオが育たないかどうかは、試してもいない。いずれ必要に迫られれば、そういった所も試していき、国全体が富むように仕上げていくという長期計画だ。
おいそれと他言できない。まして、宗家であったとしても。
でも、ケイトお兄様の言う事には一理ある、というか……正論だ。
たしかにジュペル領の豚肉、ハチミツ、黒糖といった手が届きやすくて今すぐにでも売り出せるものはもう売り出している。その動向を宗家が知らないというのは全くもってよろしくない。
ショコラを秘密にすべし、で、全て隠していいわけじゃない。そこは私もお父様もちょっと考えが甘かったと思う。ショコラが特別な事と、その権利は殿下にある事から、どちらにしろ殿下の許しがなければ宗家に伝えられる話ではない。
というわけで、ケイトお兄様が殿下の側近として、また、ジュペル伯爵家の宗家の者として父親である公爵に話すのは……ぐうの音も出ない程正論だ。
「……分かりました。殿下も許可していたことですし、私たちも宗家に対してなにもかもを隠してしまっていたのは否めません」
「そうだろ? あれでも親父は公爵だからな、口は堅いし愛国心もある。それでもって、ジュペル伯爵の事も気に入ってる。知らぬところで話を進める伯爵の気持ちもちゃんと分かってるが、それはそれ、これはこれなんだよ。筋、通さなきゃなんねぇからさ」
「……はい」
「落ち込むなって! 一応これは殿下の極秘プロジェクトには変わらない。だから、俺が話した。次男坊だからな、いざとなったら切り捨てていい人材であり、公爵家の人間でもある。話すなら俺が適役だろ?」
そういわれると、ケイトお兄様以上の適役は居ない。確かに、父が中途半端に話したり、殿下主導のプロジェクトとだけ言って交渉したりするより、何もかもの中間にいるケイトお兄様というのは、都合がいい。
「ガブリエル様」
「何かな? フローラ」
「ケイトお兄様を切るような事態は起こりませんね?」
自分の事をいつでも切り捨てられるという事まで軽く言ったケイトお兄様に腹が立った私は、とても真剣な声でガブリエル様に訊ねた。答え次第では婚約破棄も考えようかと思った。
「フローラ、落ち着いて。ケイトを切るという事は、全てが明るみに出て失敗する事と同義だよ。つまり、失敗すれば私はもう何も一生自由に出来ない。君も婚約破棄になる、こちらの有責で。だからね、全員バッドエンドを迎える場合しか、ケイトを切るなんてことにはならないからね」
言われてみればその通りで、ケイトお兄様を私はまた軽く睨みつけた。
「いや~、従兄弟思いで嬉しいこと」
「ケイトお兄様! 次、自分を軽んじたら、砂糖抜きのショコラトールを飲ませますから」
「げぇ?!」
というわけで、私は一応ケイトお兄様が公爵に話を通した事には納得した。
ケイトお兄様は時々、危うい。軽い感じだが、本当に優しくて、気が回り過ぎる。
殿下はしっかり者の『凝り性』だから、ケイトお兄様の手綱をうまく握ってくれているようだ。
このお二人なら大丈夫、と再確認できて、私は内心、とてもほっとした。
プレオープンまであと少し。早く準備を進めていかなければいけない。