23 ケイト・レヴィガン公爵令息の手口
ジュペル伯爵家は、レヴィガン公爵家の分家だ。宗家がレヴィガン公爵家で、ケイトお兄様のお母様の妹が私のお母様なので、従兄弟同士で仲もいい。
宗家と分家という関係であっても、ここまでジュペル領の事は秘されてきた。レヴィガン公爵家に許可を取ったりもしなかったし、それはガブリエル様が第二王子でショコラトール公爵になった時にしっかりと筋を通すべきことだったからだ。
もし、このプロジェクトの第一弾であるカフェ・ガブリエラがこけた時に、レヴィガン公爵家まで恥をかく事になっては申し訳ない、とお父様は言って慎重に話を進めていた。
だけれど、ケイトお兄様の発案以上のいい案は無い。
なので、今日はお父様にその話を通し、時間を作ってもらってレヴィガン公爵家を訪れていた。将来的にはジュペル伯爵家とショコラトール公爵家の取引になるが、この段階でレヴィガン公爵家に噛んでもらうとなれば、まずは分家の私たちが話を通すべきだと、ガブリエル殿下も言ってくれた。
今はまだ、ガブリエル殿下は第二王子なのだ。立場が上だが、いくらなんでも側近に息子がついているからと言って、ガブリエル殿下では説得力が薄い。一蹴される可能性もある。
だけれど、分家の私たちが宗家に助けを求めるのなら、全部話さなければならない。
長い対談になるだろうし、取引内容も厳しい事になるかもしれない。けれど、ガブリエラを成功させなければジュペル領の発展も、宗家のレヴィガン公爵家の発展も望めない。どうせ外国の交易にはレヴィガン公爵家が噛むのだから、と自分に言い聞かせて深呼吸する。
「緊張しているのか?」
「はい。お父様は?」
「実は、朝飯が喉を通らなかった」
厳格なはずの父親が、そんなことを真顔で言うので少し気が楽になった。緊張しているのは私だけではない。
案内されるまま応接間に通されると、ケイトお兄様と似た赤毛のレヴィガン公爵が両手を広げて歓迎の意を表してくれた。
「待っていたぞ! おい、話を通すのが遅いんじゃないか? ジュペル領の発展などという嬉しい話、先がどうであろうと我が家にも一枚噛ませてくれてもいいじゃないか!」
そのままお父様に近付いて抱き着いてくる。おおらかな方だと思ってはいたが、大胆な方でもある。
立派な体躯で貫録もあり、歳はまだ30代の半ば程のレヴィガン公爵は、大歓迎の意を示した後に私たちに椅子を勧めた。拍子抜けもいい所である。
下手をしたら、宗家を除け者にして何を勝手に、と言われてもおかしくない場面だった。
驚いた顔を見合わせた私とお父様は、勧められた椅子に座った。
「ケイトから大体の話は聞いている。時間の節約だそうだ。確かに、頭から怒鳴りつけても何の利にもならん。我が領の特産品がガブリエル殿下の新しいプロジェクトと、分家のジュペル領から国の発展につながる大仕事の足掛かりの一つになるのなら、これは噛まない訳にはいかんだろう。さ、例のショコラとやらは無いのか? 書類はそろえて来たのだろう?」
やられた、というのが私の感想だ。
ケイトお兄様は、私がレヴィガン公爵家に話を通す事になるまでお見通しだったらしい。この口ぶりは、随分前からレヴィガン公爵に話をしていたのだろう。
当然ながら、商品を載せる皿と飲み物を供する食器を頼むのだから、ショコラは持ってきている。そして、レヴィガン公爵も例にもれず甘党だ。
「こちらにございます」
私は紙袋から、特別に包装されたショコラの入った箱を出した。3つに区切られていて、トリュフ、ブローチ型の硬いもの、オレンジの甘露煮を干したものに付けたものの3種類が入っている。
「これが……新しい菓子か! ショコラ、どんな味かとずっと楽しみにしていたんだ。この丸いのから頂くぞ」
そして、トリュフを食べたレヴィガン公爵は、奥方と長男の分を残して3種類をそれぞれ味見して相好を崩した。とても気に入ったらしい。
「うむ、うむ。これはいい。いいぞ、これはこける訳がない。ガラス細工の食器については任せてくれ。あとは焼き物の工房だが、ちょうどいい取引先がある。海向こうの島国なのだが、良質の土と釉薬で斬新な焼き物を作っている工房がいくつもあるところだ。いくつかサンプルがあるから、帰りに持ち帰ってどこがいいか決めてくれ、此方で必要なだけ取引をもちかけよう」
ケイトお兄様と、そしてそれに許可を出していただろうガブリエル殿下には、本当に感服するばかりだ。
とんとん拍子に話が、お父様とレヴィガン公爵の間で進んでいく。私は一応店の裏方の責任者として同席していて、最終的にはガブリエラとレヴィガン公爵家の契約となり、私のサインとレヴィガン公爵のサインが並ぶことになった。保証人として、お父様の名前が連ねられる。
私の視野狭窄などとっくの昔にケイトお兄様にはバレていたらしい。だから『凝り性』の殿下の側近なのだろうけれど、その親であるレヴィガン公爵もさすがとしか言い様がない。
公爵が口が軽くて務まるはずがない。今日という日をうずうずして待っていたのだろう。
……いつか、この掌の上で踊らされた借りは、食べきれない量のショコラでケイトお兄様にお返ししなくては。