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22 ガブリエラの特注食器

 面接から2週間。寮の改装も済み、雇い入れた従業員も引っ越してきた。貴族街を歩くのに必要な私服と、それぞれの部屋にバスルームとトイレが付いている。


 家族用の部屋は子供部屋も中で繋げてある。大きくなったら個室があてがわれ、部屋は人数分のベッドや簡単にお茶を淹れるための暖炉や水場もつけてある。


 仕事が変わるのはあり得る事だが、まさか住むところまで徹底されるとは思っていなかったのだろう。寮の様子を見に行ったら、こんな暮らしをしたら抜け出せなくなりそうです、とまで言われた。


 実はそこもガブリエル様の織り込み済みだ。守秘義務が発生するし、長く働いてもらいたい。生活の水準を上げて、戻れなくさせる。相変わらず『凝り性』な方だけど、それが悪い方に働かないから私はあの方が好きでいられる。


 忙しくてあまり会えないけれど、ショコラティエの教育のためにガブリエラに顔を出す時は必ず私とも話してお茶を飲む時間を取ってくれるし、寂しくは無い。どうしても仕事の話になりがちだけれど、時折頭を撫でてくれる。


 がんばれるな、と思ってしまうあたり、私はやっぱりガブリエル様にベタ惚れのようだ。


「フローラのお陰で本当に助かっているよ。モルガンも貴族だからそれなりにお金を払っているけれど、フローラにはもっと払わないといけないね」


「まぁ……、でも、私は自領の関係者ですから。試作のショコラも真っ先に食べられますし」


 そう、お給料は今のところ貰っていない。私は自領の事だし、と思って仕事をしているし、生活に困っている訳でもなく、さらには将来の旦那様のお店だ。私は楽しんで仕事ができている、裁量権もある程度渡されていることからも、信頼も受け止めている。


「それじゃダメだよ。……フローラ、お金は確かに君にはそんなに重要じゃ無いかもしれない。それが価値の全てでも無い。だけど、君は面接をして分かったろう? この人には、この位払う価値がある、ということを」


「……それは、実感しました」


「今までの分も、固辞されていたけど全部貯めてある。来月まとめて受け取ってくれるかな」


「…………はい。それが、私の責任になるのですね」


「そうだよ。フローラとは、ずっと並んで歩いていたい。いつかお給料じゃなく、私たちの収入、としてお金を受け取ろうね。結婚まで待たせてごめんよ」


 カフェ・ガブリエラが軌道に乗って、ショコラが広まり、ジュペル領の特産品が全国に広がってジュペルブランドになる。あと5年は必要だろう。それまでは、私たちは落ち着くことはない。


 ならば、私は私にできることでガブリエル様を支えていこう。こうして、ちゃんと気に掛けてくれるのが本当に嬉しい。


 そんな訳で、ガブリエル様と責任をいつか共にするべく、私はガブリエラの食器類についてオリバーと思案していた。


 彼は内装と庭を見て周り、内装については想定客層に合わせて一階はもっと落ち着いた家具を揃えて、2階は可愛らしい方に寄せた方がいい、と言った。


 歳を召した方は一階にご案内して、若い令嬢やカップルは2階、甘味を好むのは女性が多いから、という理由だ。理に適っている。


 食器類は練習用にシンプルなものが揃えられていたが、ショコラの見た目や種類を厨房で観察したオリバーは、特注の食器を作った方がいいと言った。


「商品の食べ物がまず、全く新しいものなんだ。合わせた方がいい。盛り付けの基本は皿だ。皿に合わせたカップやポットは必要だし、コーヒーだって一般的じゃない。それに、夏にはアイスコーヒーやアイスティーを出すなら、シンプルなものじゃなく、ショコラを彩る色ガラス……できれば切子細工が入ったものがいいだろうな」


 私に対してもこの調子だが、言ってることは的を射ている。反対する理由は無いし、勉強になる。オリバーの視点やアイディアは天性の物もあるだろうが、理論がしっかりしているのは師匠がいたからだろう。


 王城の庭師ともなれば、貴族が何を喜び、何を美しいと思い、価値を見出すのか。それどころか、外国の高貴な方を歓待する事もある。それを作っていた彼のセンスには、説得力と信頼が置ける。


 だから、予算をどうにかするのは私の役目だ。あまり切り詰めて安いものを作るわけにはいかない。


 かといって、食器は部屋の数だけあればいいわけでもない。割れたり、洗うのが間に合わなかったり、同じ注文が重なったりと色々と考えられる。


「焼き物とガラス細工の工房を探さなくっちゃ……」


 どの商品もそうだが、バラバラの所に発注をかけるより、同じ人に頼んだ方が安くしてくれる。家具なんかは元からカフェの準備をしていたアンティーク商に返品と仕入れが出来たからいいとして、食器類は消耗品として考えた方がいい。


 予算の上限を見ながら、私が難しい顔をして帳面を睨んでいると、ケイトお兄様が事務所に入ってきた。


「よ、ご苦労さん。なーに悩んでんだ、眉間に皺がつきそうだぞ」


「ケイトお兄様……、食器のことなんです。焼き物と、ガラス細工の工房を探して依頼したいんですけど」


 私にはさっぱり、と眉を下げると、ケイトお兄様が笑った。


「お前なぁ、目の前のことに夢中になるっつーか、段々視野狭窄になるっつーか……あのね、ここに居るのはお前の家の宗主の次男坊なワケ。宗主の家の特産品と立地、忘れちゃった?」


 言われて私は目を見開いた。


 すっかり忘れていた。怒られそうだけど。ケイトお兄様の実家は国の貿易港を持つ港町。


 砂からガラスを作る、ガラス細工の名産地でもある。


 焼き物はもしかしたら輸入品に合う物があるかもしれない。


「お兄様、ありがとう!」


 私が笑顔でお礼を言うと、にんまり笑った従兄弟は、手を差し出してきた。


 彼は大の甘党である。今回は先に私に情報をくれたが、今日の私のオヤツは無くなった。


「ガブリエラの試作品で、コーヒーに合わせたミルクショコラです……どうぞ」


「毎度あり〜!」

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