21 オリバーの価値
お給金の事を聞かれるとは思っていなかった。
モルガンを見ても、先に報酬の話はしてあります、と言われた。引き抜くのだから、城で下働きするよりはいいお給金であるのは間違いない。
だが、接客業ではなく彼の才能を買うのなら、規定のお給金では足りない事が分かる。彼は庭師の給金でも満足していたのだろうが、それは恩があったからだろう。才能を見出されて未知の仕事をするのに、その恩に見合うだけの給金を求められても仕方はない。
「率直に聞くわ。いくら欲しいの?」
私の質問に目を丸くしたのはモルガンとオリバーの2人だ。モルガンは私が吹っ掛けられるのでは無いかと心配して、オリバーは具体的な金額まで考えていなくて、断られたくてそんな質問をしてきたのに違いない。
でも、ガブリエル様ならこうするはずだ。
この店は流行を作る最初の場所。オリバーを見つけてきたモルガンの慧眼があり、私がこの場にいるという事実。モルガンだけなら、オリバーを雇わないとして帰していたかもしれない。
だけど、私はこの店を成功させたい。この店の成功は、結果的に国中を富ませる事ができる足掛かりになる。
裏方でお金の流れを把握している私には、出せる限界値は理解している。しかし、それは、オリバーには分からない事だろう。
因みに、王城での下働きの賃金は毎月銀貨5枚、平民の夫婦と子供1人が楽に暮らせて貯金も少しはできるくらいの金額だ。
ガブリエラの店員となれば、守秘義務も発生する。また、清潔感は必須だから、ガブリエラの従業員寮に入ってもらって毎日の入浴と洗髪は義務となる。家族で越してきてもいいように、貴族街に大きな屋敷を買ってある。今改装中だ。
その寮に住んで、衣食住の補償がつき、その上で賃金は毎月銀貨15枚。ガブリエル様は貴族の接客をするのに恥ずかしく無い人材を育てるつもりだ。
私の試算では、オリバーは絶対に欲しい人材だ。寮生活だからあまり派手にお金を使われても困るが、金貨3枚までなら出してもいい。
「はぁ〜……そこのお兄さんだけなら、なんとかなると思ったんだけど……」
モルガンは良くも悪くも損得勘定で動く真面目な人だというのは、誰が見ても明らかだ。
雇用主に対する最初からの無礼な行動、給金を吹っ掛けておきながら具体的な金額は言わない、明らかにこちらから願い下げだと言われて師匠の元に帰る気だったのだろう。いくら積まれてもだ。
「私にできる事は最大限するわ。貴方、師匠に送り出されてきたんでしょう? 反対されたわけでも追い出されたわけでもなく」
「……そうさ。捨てられたのかと思うくらいあっさりな」
「それって、独り立ちしろ、って事じゃなくて?」
私の言葉に二度びっくりした顔をしたオリバーは、何かを思い出すかのように考え込んだ彼は、何か思い当たる事があったのか両手で顔を覆って俯き、天を仰いで、納得したように膝を叩いた。いつの間にか、組んでいた脚は下ろされている。
「わかった。……俺が望むのは、月に銀貨50枚だ」
「少ないわ。貴方には責任をもって仕事をして欲しいの、最低でも金貨1枚は貰ってくれないかしら」
モルガンとオリバーの驚き顔はこれで何度目だろう。だけれど、私の目に狂いがないのなら、このカフェで出すのに相応しいデザートの盛り付け、内装、食器から茶器まで、オリバーに任せるのが一番正しい。
下手な奇はてらわない、それでいて親しみやすく、高級感がある。もう一度来たい、食べたい、と思わせるのに見た目というのはとても大事なのだ。
「金貨1枚の価値……わかってんのか?」
「銀貨100枚で金貨1枚でしょう? もちろん評判が良かったり、もっと貢献してくれたらお手当は出すわ。それはどの従業員も一緒だけれど」
「いや、そうじゃねぇって!」
「貴方を買っているのよ、オリバー。全ては話せないけれど、この店にはその価値があって、オリバー、貴方にもその価値があるわ。まだ嫌かしら?」
モルガンはもはや諦めて宙空を見ている。
「銀貨60枚!」
「だめよ、金貨1枚」
「75枚!」
まさか、雇われる側が賃金の値切り交渉をしてくるとは思わなかったが、私は立ち上がってオリバーの口に先程出してきたショコラを押し込んだ。
怪訝そうにしていたオリバーが、だんだんとショコラを味わい、考える顔になり、飲み込んだ時には、分かった、と言わせることに成功した。
「よかったわ、オリバー! 貴方の仕事は特殊になるけれどよろしくね」
今度から、何か反発する人には問答無用でショコラを口に入れようかしら? と、思いながら、私は全ての面接を終えた。
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