16 正式な婚約破棄と正式な婚約と、そして
ワゴンを押した侍女と共に戻ると、一連の書類のやり取りは終わっていた。
雑談というか、新しい事業について話しているようで、邪魔かしらと思ったものの部屋に入れてくれたのだからと、堂々とテーブルまで進む。
「お茶をお持ちしました。よかったら……あの、ガブリエル殿下の腕前には到底届かないのですが……私もお菓子を作ってみたので、どうぞ」
「え?! フローラの手作り?! た、食べる、食べます!」
「私も昨日先にいただきましたが、美味しかったですよ」
お父様が何か妙な対抗心を出してらっしゃる? 先に、がやけに強調されていたような……。
ガブリエル殿下もにこやかに見えて目が笑っていない。二人の間に火花が散って見えたが、どうせ全員分あるのだから仲良く食べればいいのに。
「よければ付き添いのお二人も、おかけになってください。一緒に休憩しましょう」
私が微笑んでソファを勧めると、殿下も彼らに隣に座りなさいと柔らかく勧めていた。
従者や騎士は基本主人の後ろに控えているものだが、この二人の話は長かっただろう。そろそろ座らせてあげたかった。
全員に行き渡るように、シェフに盛り付けをしてもらった(皿に蜂蜜とミントを少し飾って貰ったのだ)スイートポテトと、無糖の紅茶を侍女が並べる。
喉が渇いていたのか、先に殿下とお父様、付き添いの二人は紅茶を飲んでしまって、二杯目を淹れてもらっていた。
「どうぞ、ジュペル領のサツマイモで作ったスイートポテトです。砂糖も蜂蜜も入ってないんですよ」
「いただきます」
デザートフォークを持った殿下は、真剣な顔でお菓子に向き合った。形や色を見て、一口大に切ると慎重に口に運ぶ。
目を伏せてゆっくり咀嚼する様子は、お父様に食べて貰った時よりも緊張する。
お菓子作りが趣味……というよりも、ほぼほぼ本職と遜色ない殿下のお口に合うだろうかという気持ちと、好きな人に手作りのものを食べてもらう緊張とで手に汗が滲んできた。
「とっても優しい味だ。これは、すごく美味しいね。お砂糖を使っていないのにとても甘い、この蜂蜜をつけてもいいだろうけど……、フローラが一生懸命作ってくれたのが分かるよ」
殿下が食べたので、お父様や従者の方々も口をつける。口々においしいと褒められて、私は恥ずかしかったが、それ以上に嬉しくて微笑んだ。
お茶が済んで皿が下げられると、すでに陛下とお父様のサインの入った婚約の書類があった。破棄の書類は家同士のものなのでお父様のサインがあればいいが、新たな婚約は成人してからのもの。本人のサインも必要だ。
これにサインすれば、私はガブリエル殿下と正式に婚約することになる。
先にガブリエル殿下がサインした。私も、お父様の名前の下にサインを入れる。
「これで、正式に婚約破棄と新しい婚約ができましたな」
「えぇ、フローラの事はずっと幸せにします。私は王位継承権第二位ですが、兄が国王になる事に異論はありませんので……正式には数年後ですが、新しい名前と爵位を賜っています」
「ガブリエル殿下は……公爵になられる?」
お父様の問いに、ガブリエル殿下は不敵に微笑んだ。
「私は領地を持たない公爵になります。今後はより一層、国の発展のために尽くすために」
「ほう……、詳しくお聞かせ願えますかな」
「もちろんです」
私の嫁ぐ方の将来だ。私も緊張の面持ちで耳を傾けた。