14 婚約破棄の後始末(※アイゼン視点)
「このっ……馬鹿息子が!!」
いつもは冷静で穏やかな父の怒号が書斎に響いた。
学園は身分差を無くした場所。外からも介入できない、学生たちの権利は入学から卒業までの3年間、学園の法律で守られている。
だから、親が少しちくりと物を言うことは出来ても、子供がする事に介入する事も、止める事もできない。軟禁ももってのほかだ。退学や休学は社交界に出た後の傷になる。
私は学園の中では身分は関係なく、婚約者ではあってもフローラにもアンジュにも平等に接してきた。そして、アンジュから聞かされたフローラの悪行とその証拠、孤立した彼女という状況証拠、アンジュを守るために最後の一年は一緒に過ごした。
元々政略結婚で、好きだったわけでは無い。とはいえ、悪くない女性だと思っていたのに……アンジュにあんな事をしているなんて、と怒りが湧き、私も避けた。そして、共にいるうちに儚く可憐なアンジュに惹かれていったのも確かだ。
「お前のせいで、今後10年間、我が領地は没収された。社交界からも爪弾き者となる。お前はアンジュとやらと結婚するしかない、何せあちらも領地没収だからな。せめてその位の責任は取らねばならぬ」
「な、何がそんなに問題だったというのです?! 証拠も証言もあがっていたではありませんか!」
「フローラ嬢に直接確認はしたのか?」
「はい?」
「直接、そのようなことをしているのか、と確認したのかと聞いている」
父の詰問に私は言葉を詰まらせる。していない、していないが……。
「そんなもの、嘘をついて誤魔化すに決まっています」
「なぜ8年間も婚約者だったフローラ嬢は嘘をつき、お前にいきなりすり寄ってきたアンジュとやらが嘘をついていないと思うのだ」
嘆息した父は困ったように目を伏せて首を振った。
「お前のその浅はかさにはつくづく呆れて物も言えない……と思うが、教えてやろう。今後、ジュペル伯爵領を中心にさまざまな特産物が国中に普及していく。主に食料品、食べ物はどの国でも必要で受け入れられる物だ。ガブリエル殿下はジュペル領に前から目をかけていた、我が家との政略結婚を向こうから破棄してもいい位には、今後のジュペル領は富む。そして、お前とアンジュとやらのせいで、我々の領地は10年間ジュペル伯爵家の管理下に置かれる。税もだが、考えられないほどの利益も全てだ。国王に虚偽の申告をし、今後国を盛り立てる中心となるジュペル伯爵の令嬢を偽装した証拠と証言で婚約破棄としたのだからな」
「なっ……?! あれらは、全て偽装だったと……?」
「公爵家の嫡男にあるまじきお粗末ぶりだな、アイゼン。貴様は確かに学生でいる間外からは守られる、が、お前が権利を行使できないわけでもないし、本人に直接証言を取るでもなく、他人の言に惑わされて国王陛下の御前で婚約破棄を言い渡し承諾させた。『卒業した今』全ての証言と証拠は洗われ、全て虚偽の申請だと分かり、各家に王室侮辱罪の賠償金が求められている。そして、首謀者であり先導者に仕立てられたお前と、真の首謀者のアンジュとやら、つまり我が家とネイピア子爵家は『加えて』10年間の領地没収だ。何せ『ガブリエル殿下の婚約者』であり『今後国の根幹とも言える事業計画を持つジュペル伯爵の令嬢』を不当に1年の間孤立させ、公衆の面前で恥をかかせたのだからな。……お前ら、10年後にしか社交界に出られぬと思え」
「……そん、な……」
今更、そんな内実を知らされたって、私には全て、何も、知る権利も権限もなかった。
あったのは……フローラの無実を調べ、彼女の話を聞く、権利。
何の打算もなく、彼女と向き合っていさえすれば、よかったというのか。
私はなぜそんな簡単な事に気付かなかったのだろう。
ジュペル伯爵家の方が立場の弱い政略結婚だと、彼女を下に見ていたから、彼女の言葉など最初から聞く気などなく、虐められたと訴える女性を助ける事で得られる正義感と驕りに溺れていた。
「仕方あるまい。私は宰相の任を解かれなかった、今後も宰相でいられる。——なぜだと思う?」
「……わかりません」
「ガブリエル殿下のおかげだ。全て手を回し、家にのみ罪を被せ、個人には『誰にも』罪を問わなかった。お前たちにもな」
衝撃だった。そんな風に、見通して動いていた事が……、見通されていたことが。
父はほろ苦く笑う。
「だが、先に言った言葉は忘れるな。お前と、アンジュ嬢は、社交界から爪弾きにされる……全てから取り残される。以上だ、下がっていい」
父の最後の言葉に釈然としない物を感じながら、私は一礼をして書斎を辞した。
これは後の話だが……半年後、どこの茶会にも夜会にも呼ばれず、各食料品店から私とアンジュは締め出された。ジュペル伯爵領絡みの物が、何一つ手に入らなくなっていた。




