13 お父様の帰還
「今帰った。……手紙を読んだよ。辛い思いをさせたな、フローラ」
宝石箱の中身があと1つになった日、お父様が領地から戻ってきた。
疲れているだろうに、真っ先に私を抱きしめてくれるお父様に、また瞳を潤ませて腕を回した。
思い出すと、辛い。だけど、と頭の中で短い期間のガブリエル殿下との思い出がその辛さを優しく包んでくれる。
「ふふ……」
「いい事でもあったのか?」
「あの時は悲壮感いっぱいに手紙を書きましたが……、ガブリエル殿下のおかげで元気が出ました。お父様もプロジェクトの事はご存知で、ずっと忙しくしていらしたんですね」
私の言葉に厳格な顔つきの父が片眉を上げた。
「ケイト殿か」
「あとは、まぁ、殿下も。……どうやら、相当怒ってらっしゃるようで。何せ殿下は『凝り性』ですから」
殿下の趣味を知っていなければ、ショコラを知らなければ、父が動く理由がない。これでお父様には通じるはずだ。
「お前が大体のことを知った事は理解した。さて、殿下は何を企んでいるのか……領地に行っていたからそこまでは聞いていないな。サロンで聞かせてもらえるか?」
「わかりました。きっとビックリされますわ。そうだ、——あれとお茶を持ってきて」
侍女に頼んで、お父様と一緒に小さなサロンに入る。窓を開けて少し風を入れ、お父様が上着を脱いでタイを緩めて落ち着いた所に、ワゴンに乗ったスイートポテトと紅茶を並べた。
「これは……スイートポテトか。あまり落ち着く暇がなかったから向こうでも食べなかったが……」
「実は、私が作ったんです。明日殿下がいらっしゃるので、その、習作で申し訳ないのですが」
照れながら私が告げると、お父様は目を丸くした。それはそうだろう、私は調理場に近付かないのだから。初めてこんなに調理をして、失敗して、成功したのは昨日だ。
「いや、よくできている。早速いただこう」
お父様がデザートフォークで小さく切り分けて口に運ぶ。こういう物の評価には厳しい人だから、口に合わないと言われたら急いで改良を加えなければならない。
「美味いな。……よく、頑張ったな。手を見れば分かる」
「あ……、はい。あの、使ったものは自分で片付けなければと、水仕事をしたので」
「恥じなくていい。使用人の仕事を奪うのはいけないが、己がやったことを最後まで行うのは正しい姿だ。が、今後は手伝ってもらうといい。もちろん、これを使用人に振る舞うのならだが」
「……はい!」
お父様の言葉に元気付けられた私は、明日の分はたくさん作って、たくさん助けられた使用人に振る舞おうと思った。
「そう、作っていて思ったんですが……、我が領のサツマイモ、土地が合わなくて糖度が落ちても、安価な蜂蜜を足したらスイートポテトは庶民のおやつになると思いませんか?」
「材料も確か、そう高いものでは無かったな。ガブリエル殿下はいついらっしゃるんだったか?」
「明日です。……間に合わせたくて、失敗もしましたが。お父様に美味しいと言ってもらえて、自信がつきました」
「では明日、殿下にも提案してみよう。本格的な書類の取り交わしもしなければな。……まさか、フローラがガブリエル殿下となぁ……、あのお忍びを許した甲斐があったかな?」
「知っていらしたんですか?」
お父様が笑って頷く。
「まさか、娘のお前に気付かされるとは思わなかったが。カカオの飲み物は確かに栄養価が高い。摂取しすぎてもよくないが、あの時は必要だった。そして、子供の相手は子供が一番だからな」
ならば、あの時の侍女は知っていて私に付き合ってくれていたのだろう。ほっとした。
明日は、殿下ともお父様とも話すことがいっぱいある。ショコラ、という名前は、殿下の口からお父様に告げてもらおう。
ショコラが生まれたのは、ガブリエル殿下の成果だもの。




