11 カレンダー代りの宝石箱
ショコラは固めるとずいぶん日持ちするらしく、翌日綺麗な紙の箱を開けたら目が眩んだ。
形は全て、違うブローチを象ったような凝った形だ。色は艶のある茶色で、薄めた茶色のショコラで細かな装飾が描かれている。
これであの味なのだから、貴族の間で流行ることは間違いない。見た目も美しいし、ケーキや果物と合わせたりと応用も効く。
たしか、日差しは避けて常温で保存、と言っていた。暑すぎるとショコラトールのように溶けてしまったり、冷えすぎると味が落ちると言っていた。万が一白くなってもカビでは無いけど味が落ちてるから、と言われたな。
管理の難しい食べ物でもあるのか、と思いながら、自分の引き出しにしまっておく。
カカオは少量なら安眠効果がある。寝る前に食べようと思った。
紙の箱の中には、薬を包む薬包紙と同じものが敷かれていた。湿気にも弱いのかもしれない。
繊細で美しく、それでいて本来は苦くて大した薬効もないカカオから、これができるとは思わなかった。
「復讐か……」
たくさん泣いた。嬉しかった。殿下のお気持ちがどこから来たのかも、理解できた。
こんなに想われて、大事にされていると感じるのは初めてかもしれない。
身に付ける装飾品よりも、ショコラのほろ苦くも口溶けがよく甘さが濃厚に広がる幸せは、とても得難いものだ。
この幸せな体験のために、無駄に溜め込んだ宝飾品を質に入れる人も現れるかもしれない、なんて考えたらおかしくなった。
でも、それだけ私は昨日、幸せを感じた。悲しみや憎しみで思い出せば何度だって叫びたくなりそうな心が、落ち着いている。
殿下の秘密の趣味……、料理人は男性であるけれど、殿下は王族だ。厨房に入る事を知られれば、貴族に舐められる。
よく陛下もガブリエル殿下のお兄様も許可したものだ。王侯貴族の男性の趣味としては、褒められたものではない。だけど、このショコラの功績は、ガブリエル殿下の趣味があってこそだ。
(何か……私からも、お礼がしたい)
カカオをきっかけに、ガブリエル殿下が目を向けてくれた我が領地の特産品たち。まさかコーヒーまで、ショコラと合わせるとあれ程までに噛み合うとは思わなかった。実は可食部が少なすぎるし、熟すとすぐに落ちてしまう。
そしてお茶の代わりに飲まれていた、種を煎った苦味と酸味のある飲み物。あれに砂糖とミルクを入れれば美味しいけれど、ショコラと一緒なら流行るかもしれない。
地元の事は、外から見た方がわかる事が多いのかな。まさかサツマイモまで……品種改良して糖度を増していったあれは、栄養価も高くて惣菜にも穀類と混ぜて粥にしてもいい味がする。
地元の領地では、我が家でも平民の家でも手作りのおやつにもなっていたっけ……あぁ、そうだ。
殿下に、レシピと一緒にそのおやつを差し上げよう。砂糖を使わない甘いお菓子。日持ちはしないから、会いに来られる日までに練習して、お茶請けにお出ししよう。
「スイートポテト……ふふ、そのまんまの名前だった。そうだった」
幸い、領地からは定期的にサツマイモは届く。王都は国の中でも涼しいところにあって、うちの領は南の端、海に面している。
砂浜で覆われた海岸は港には向かないが、よく考えれば良いものを食べて育ってきたものだ。
サツマイモを育てて……品種改良までしているのは、他の穀類が満足に育たないうちの領位だろう。
暑い土地、山と森と海に少しの平野がある自分の領地。自生していたものから、生きていくために必死で育てた食べ物たち。そして、それが宝の山だと、殿下は教えてくれた。
私は引き出しを開けて、もう一度食べる宝石箱の蓋を開く。14個の宝石が詰まっている。
殿下のお菓子作りの趣味は、確かに秘密の趣味だろうけれど、ここまでくれば職人芸だ。
私のは簡単で恥ずかしいけれど、砂糖を使わないお菓子、と言ったら驚いてくれるだろうか。
箱をしまって、さっそく厨房に向かった。できるだけ美味しいものを食べて欲しい。
しばらく、昼食と夕飯は試作品で済ませる事になりそうだ。でも、ガブリエル殿下の試行錯誤の時を思えば、それもまた幸せな気がする。




