表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/31

11 カレンダー代りの宝石箱

 ショコラは固めるとずいぶん日持ちするらしく、翌日綺麗な紙の箱を開けたら目が眩んだ。


 形は全て、違うブローチを象ったような凝った形だ。色は艶のある茶色で、薄めた茶色のショコラで細かな装飾が描かれている。


 これであの味なのだから、貴族の間で流行ることは間違いない。見た目も美しいし、ケーキや果物と合わせたりと応用も効く。


 たしか、日差しは避けて常温で保存、と言っていた。暑すぎるとショコラトールのように溶けてしまったり、冷えすぎると味が落ちると言っていた。万が一白くなってもカビでは無いけど味が落ちてるから、と言われたな。


 管理の難しい食べ物でもあるのか、と思いながら、自分の引き出しにしまっておく。


 カカオは少量なら安眠効果がある。寝る前に食べようと思った。


 紙の箱の中には、薬を包む薬包紙と同じものが敷かれていた。湿気にも弱いのかもしれない。


 繊細で美しく、それでいて本来は苦くて大した薬効もないカカオから、これができるとは思わなかった。


「復讐か……」


 たくさん泣いた。嬉しかった。殿下のお気持ちがどこから来たのかも、理解できた。


 こんなに想われて、大事にされていると感じるのは初めてかもしれない。


 身に付ける装飾品よりも、ショコラのほろ苦くも口溶けがよく甘さが濃厚に広がる幸せは、とても得難いものだ。


 この幸せな体験のために、無駄に溜め込んだ宝飾品を質に入れる人も現れるかもしれない、なんて考えたらおかしくなった。


 でも、それだけ私は昨日、幸せを感じた。悲しみや憎しみで思い出せば何度だって叫びたくなりそうな心が、落ち着いている。


 殿下の秘密の趣味……、料理人は男性であるけれど、殿下は王族だ。厨房に入る事を知られれば、貴族に舐められる。


 よく陛下もガブリエル殿下のお兄様も許可したものだ。王侯貴族の男性の趣味としては、褒められたものではない。だけど、このショコラの功績は、ガブリエル殿下の趣味があってこそだ。


(何か……私からも、お礼がしたい)


 カカオをきっかけに、ガブリエル殿下が目を向けてくれた我が領地の特産品たち。まさかコーヒーまで、ショコラと合わせるとあれ程までに噛み合うとは思わなかった。実は可食部が少なすぎるし、熟すとすぐに落ちてしまう。


 そしてお茶の代わりに飲まれていた、種を煎った苦味と酸味のある飲み物。あれに砂糖とミルクを入れれば美味しいけれど、ショコラと一緒なら流行るかもしれない。


 地元の事は、外から見た方がわかる事が多いのかな。まさかサツマイモまで……品種改良して糖度を増していったあれは、栄養価も高くて惣菜にも穀類と混ぜて粥にしてもいい味がする。


 地元の領地では、我が家でも平民の家でも手作りのおやつにもなっていたっけ……あぁ、そうだ。


 殿下に、レシピと一緒にそのおやつを差し上げよう。砂糖を使わない甘いお菓子。日持ちはしないから、会いに来られる日までに練習して、お茶請けにお出ししよう。


「スイートポテト……ふふ、そのまんまの名前だった。そうだった」


 幸い、領地からは定期的にサツマイモは届く。王都は国の中でも涼しいところにあって、うちの領は南の端、海に面している。


 砂浜で覆われた海岸は港には向かないが、よく考えれば良いものを食べて育ってきたものだ。


 サツマイモを育てて……品種改良までしているのは、他の穀類が満足に育たないうちの領位だろう。


 暑い土地、山と森と海に少しの平野がある自分の領地。自生していたものから、生きていくために必死で育てた食べ物たち。そして、それが宝の山だと、殿下は教えてくれた。


 私は引き出しを開けて、もう一度食べる宝石箱の蓋を開く。14個の宝石が詰まっている。


 殿下のお菓子作りの趣味は、確かに秘密の趣味だろうけれど、ここまでくれば職人芸だ。


 私のは簡単で恥ずかしいけれど、砂糖を使わないお菓子、と言ったら驚いてくれるだろうか。


 箱をしまって、さっそく厨房に向かった。できるだけ美味しいものを食べて欲しい。


 しばらく、昼食と夕飯は試作品で済ませる事になりそうだ。でも、ガブリエル殿下の試行錯誤の時を思えば、それもまた幸せな気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 古流 望さんの おかしな転生 と同じく、 スイーツって人を幸せにしますよね。 貴女の作品、とっても好きです。 これからも楽しませてください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ