1 卒業パーティーは針の筵でした
三年間通ったルイズ学園の卒業パーティー。婚約者のアイゼン様には、最後の一年避けられるようにして過ごした。
理由はわからない、あまりに突然の豹変に……まさか、パーティーのエスコートまで断られるなんて。
婚約者がいるのに家族以外の男性にはエスコートは頼めない。兄も弟もいないし、父は領地での諍いを解決するのに今は王都にいない。
一人きりでの入場に気分が乗らず、侍女たちに仕上げられて、馬車に乗り、開始ギリギリに会場に入った。
「待っていたぞ、フローラ・ジュペル伯爵令嬢。いや、フローラ・ジュペル!」
ここは国立の王侯貴族の通う学園。来賓には国王陛下もいるし、宰相も来ている。宰相……アイゼン様のお父様、ジクリード公爵。
会場の空気が、私が入ってきた事で冷えたのが分かる。まるで舞台役者のように、着飾った私たちは、静まり返る会場でただ二人舞台の上に立っているようだった。それも、悲劇の。
最初の台詞を放ったアイゼン様は、烏の濡れ羽色の髪に黒曜石の瞳の男性だ。見目もよく、地位の高い公爵家の嫡男の彼は、ちょっとだけ頭がお粗末な所を除けば正義感に溢れた素敵な方だ。ただ、今回はその頭がお粗末な所が悪く出てしまっている。
「お前は清廉な顔をしながら、このアンジュをいびり、虐め、貶めたらしいな。2年経ってようやくその罪を私に告白した勇気ある子爵令嬢は、お前と違い心から清らかで優しい女性だ。人脈もある。証人も証拠もある。言い逃れはさせないぞ」
また一人舞台役者が増えた。
私は白磁の肌に紺色の髪を長く伸ばし、ストロベリーアイと呼ばれる赤味の強いピンクの瞳をしている。顔立ちやスタイルもスラリとしていて、それなりに美人だと言われてきたが、可愛らしいというよりは美人で強そう、という評価らしい。従兄弟にそれでよくからかわれる。
対して今登場したアンジュ・ネイビア子爵令嬢は、入学当初から守ってあげたいと男子生徒に噂されるような可愛らしく可憐な姿をしている。
泣きそうに潤んだ大きな青い瞳に、薄茶色のミルクティー色をした巻毛を短くして、背は低く、それでも出ているところは出ているという、私とは正反対の女の子らしい女の子だ。同じクラスだったが、私は彼女と話したことは殆どない。
彼女はアイゼン様の腕に縋るようにして、潤んだ目で私を睨みつけてくる。
証人と証拠もあると言っていたが、はっきり言って身に覚えがない。むしろ、最後の一年は孤立してしまっていた理由が今更わかった。
見た目はしっかり者に見える私だが、他人の感情の機微にはとんと疎い。私と話す気分ではないのだろうと思ってやり過ごしていた。お陰で、勉強に没頭できたので、三年目にはよくテストで上位に入っていたが。
ぼんやりと何も言わずに、他人事のようにその様を聞いていた。陛下も宰相も何も言わない、そして、私のことが見えていないようにちょうど私とアイゼン様の真ん中のあたりを眺めていた。
その真ん中のあたりに、私見ました! とか、こんな風になっていたのを見つけました! とか、私が言ったことも無い罵倒をしたり暴力を働いた目撃証人や、ズタズタになって水の中にでも投げ捨てられたような教科書やノートが運ばれてきたりする。
……とても困った。証言や証拠のでっち上げは容易いが、まさかここまで根回しされているとは。
「これらの事由から、お前との婚約を破棄する。構いませんね? 陛下、父上」
無表情で座っていた陛下と、無表情で立っていた宰相閣下が頷く。これで、婚約破棄だ。
あっけなかった。10歳の時に婚約したから……八年間、婚約者だった相手は、どうやら私のことが嫌になってここまで根回ししたらしい。
それにしても、陛下も宰相閣下もこの茶番には余り興味がないようだった。何故かしら? と、冤罪で婚約破棄を言い渡されて内心傷ついている私と、冷静に状況を見ている私と、両方の私が首を傾げている。
「そうか。婚約破棄が正式に成立したんだね。それは僥倖、フローラ嬢、君はこれらの事に身に覚えは?」
「一切ございません、ガブリエル殿下」
また一人、舞台に上がった。この人こそが主役だと言わんばかりに輝くお人だ。
金色の髪に翡翠の瞳、理知的で整った顔立ちの、同学年に通っていたガブリエル・ド・ルイズ殿下。この国の第二王子だ。
「そう。なら公平を期するために王室の機関で証言と証拠の精査をしよう。今声を上げた者、そして、ジクリード公爵令息、ネイビア子爵令嬢、君らの発言に虚偽があった場合は王室侮辱罪に問う。父と、宰相に許可を求めたのだから」
ガブリエル殿下のお言葉に、先ほどまで意気揚々とされていた断罪側の皆さんの顔がさぁっと青くなる。
状況証拠としては十分だと思うんだけどなぁ、とぼんやり考えていると、ガブリエル殿下が私に近付いてきた。
え? え? と、思って陛下と宰相を見るとニコニコと機嫌良さそうにしている。
一体何が起きているのだろう、と思いながら私は困った顔で突っ立っていると、よりにもよってガブリエル殿下は私の前に跪いた。
「フローラ・ジュペル伯爵令嬢。私と、婚約して欲しい」
私はこの会場の扉を開く時に頭でもぶつけたのだろうか?
次々と起こるイベントに、私ははいともいいえとも言えず……、ということもなく。
「はい、ガブリエル殿下」
この孤独に助け舟を出してくれた男性を逃すほど、私は愚かでは無かった。
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