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反芻  作者: スカイバード
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いつもの仕事

時間がゆったりと流れる、ある沖縄の離島に行った際に、水牛車に乗りました。

この水牛はふだんどのようなことを考えているのだろう?

この島や、この仕事のことは好きなのだろうか?

そのようなことを考えていたら、このような話を思いつきました。


少しずつの分量で、10話程度で完結するので、ぜひお読みください。

 

 ブーゲンビリアの香りだろうか。心地よい風に乗って鼻腔をくすぐるその匂いにつられ、ふと足を止めた。ギシギシと鳴っていた車輪の音がやみ、セミの音が一層華やかに聞こえる。

 「まあ、このように気まぐれな奴なもんですからね、立ち止まることは日常茶飯事なわけですわ。まあのんびりとお待ちください。直に動き出しますから」

 相棒の竹男が真っ黒に日焼けした顔をほころばせて乗客の四人家族に向かって話す。まだ31歳と若いが、本土の高校を卒業した後すぐに生まれ故郷のこの島で今の仕事をしているため、観光客の心を掴むのも慣れたものだ。乗る前はいささか表情の硬かった10歳ほどの女の子も、乗る前から泣きわめいていて仕方のなかった7歳ほどの男の子も、今では竹男の話術と島の景観に心がほぐされた様子だ。いくら私の視野が広いといっても、先頭を歩いている私から真後ろに座っている人間の表情まで見ることはできない。だが、きっとこの旅を楽しんでいることだろう。私も仕事のし甲斐があるというものだ。

 「長いこと止まっているときは、糞尿をたらすこともありますからね、注目していてくださいよ」

竹男の冗談めかした言葉に四人家族はどっと笑った。そう、とにかく竹男は子供や家族を楽しませるのがうまい。流行のアニメやキャラクターをアドリブで説明に使うことも多々あるし、こうした子供に受けることも頻繁に口にする。中でもまだ幼いと見える子供二人は、目を輝かせて肛門のあたりに移動する。残念ながら、よく垂らすコータローとは違い、私はきちんと決められた場所で用を足す。糞尿に胸を膨らませている子供には申し訳ないが、ご期待には沿えない。悪いのは、私が普段道端で用を足すことがないにもかかわらず、騙すようなことを言った竹男だ。

 今も、「垂らすかー?垂らすかー?」と言っているもんだから余計にたちが悪い。あまり長い時間立ち止まっているのも過度に期待させてしまい悪いので、ブーゲンビリアの香りは諦め、再びゆっくり歩きだす。お目当てのものが見られなかった子供二人は残念そうな声を出したが、出さないものは仕方がない。それに私は女性だ。人様の前でそんなみっともないことができるわけがない。

 「今晩はどちらにお泊りになられますか?」

竹男が汗をぬぐいながら尋ねる。秋雨が続いていた昨日までの天気から一変し、今日は朝から暑い。

 「島の東の方の民宿に。離れがあるそうなので、そこに決めたんです」父親が答える。

 「なるほど、たしかに何かと都合が良いですからな」

 明日から二日間、この島では最大規模の祭りが開催される予定になっている。例年、島内の人々だけでなく、島外からもたくさんの観光客が訪れ島は賑わう。どうやら、今乗せている家族も、明日からの祭りに参加するようだ。ちょうど、その舞台となるお堂にさしかかった。ここまでくれば、あとはなだらかな下り坂を歩いて終わりだ。

 「どうですか、お子さんはこの島をお気に入りのご様子ですか?」

 「ええ、とても気に入ったようです。もっとも、これに乗る前は、特に下の子がずっと泣いていてどうしようかと思っていたのですが、この子を見てから見間違えるくらい落ち着いたんです」

どうやら「この子」とは私のことのようだ。

 「そうですか、そうですか。お役に立てて何よりです」竹男が自分のことのように喜んで私の背を撫でる。そして、おもむろに三線を取り出し、お客さんの方に向き直った。

 「では、この旅も終わりに近づきましたところで、一曲、歌わせていただきたいと思います。安里屋ユンタという曲です。どうぞ、お聴きください」

 いつもより念入りに調弦をした後、竹男は今まで何千回と歌ってきた曲を歌う。安里屋ユンタとは、この島に実在した絶世の美女、安里屋クヤマと、彼女を妻にしたいとしつこく迫った役人とのやり取りを歌にしたものである。そのおかしみのある歌詞を歌い上げる竹男の声は、30歳を過ぎた今では渋みも加わり、島に来た乗客を楽しませるには十分なものであり、実際、父親と母親はほう、と感心した様子だ。そのせいか、久しぶりの晴天に恵まれて気分も乗っていたのか、23番まであるその歌の、普段は2番までしか歌わないところを、今日は3番まで歌った。竹男は三線を置き、「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。毎日何度も繰り返している所作であるが、それには乗客への誠実さがいつも感じられる。四人家族からの拍手も温かい。

 竹男がホッと息をつき、拍手が鳴りやんだところで、私は丁度元の小屋に戻ってきた。この仕事に慣れてきてからは、寸分狂うことも滅多にない。私が停止すると、竹男が「お疲れ様」とばかりに再び私の背を撫でた後、四人家族に向き直った。

 「本日はこちらの水牛車に乗っていただき、誠にありがとうございました。お降りになられましたら、記念撮影をいたしますので、水牛の周りにお並びください」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆったりと時間が流れるような環境豊かな情景が想像できました。沖縄に行ったことはありませんが。水牛なんてマイナーな動物だなはじめは思いましたが、読んでみると一気に読んでしまいました。毎日1話…
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